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<2023年オーディオ業界提言>

完全ワイヤレスの更なる普及と“耳を塞がない”イヤホンの可能性。ヘッドホン市場は「ボーダーレス化」が加速

2023/03/04 野村ケンジ
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完全ワイヤレスイヤホンが更なる普及へ。パーソナライズや空間オーディオにも関心高まる



コロナ禍、半導体不足、円安と、オーディオ製品に関して2022年は厄年といってもよいくらい波乱に満ちた1年だったが、そんななかでも完全ワイヤレスイヤホンについては格別の好調さを示していた。

オーディオ&ビジュアルライターの野村ケンジ氏。TBSテレビ開運音楽堂「ノムケンLab」のアドバイザーや、ポータブルオーディオイベント「ノムケンLabアカデミー」主催、ラジオDJとしても活躍中

もともと2020年くらいから大きく販売を伸ばしていたが、2022年はイヤホン/ヘッドホンの販売台数のうち過半数を超えるなど、まさに普及の年となっていた。AirPods Pro第2世代を筆頭とするスマートフォンメーカーの製品は、空間オーディオやヘッドトラッキング、パーソナライズ(個人個人の特徴に合わせて自動的に最適な音質を作り上げるもの)、ANC(アクティブノイズキャンセリング)機能のクオリティアップなど、多機能/高機能さで更なる進化を果たした。

ボーズの「QuietComfort Earbuds II」など、アプリを使って「パーソナライズ」できるモデルも増えている

いっぽうで、有線に迫る音質を実現したとアピールするfinal「ZE8000」や、音質はもとより聴覚保護にも配慮されたヤマハ「TW-E7B」など、個性際立つ製品も登場。全体的には、1万円を切る価格でハイブリッドANCを搭載する中華系が増えてきていたり、最安値の製品群が2,000円前後まで低価格化していたりと、普及期ゆえの競争激化が顕著となった1年でもあった。

finalの「ZE8000」は「8K SOUND」という高精細なサウンドを実現するとしている。ブラックとホワイトを用意

ヤマハの音質指針「TRUE SOUND」に基づきながら、リスニングケアにも配慮された完全ワイヤレス「TW-E7B」。4色のカラバリを用意

このように完全ワイヤレスイヤホン1色に染まっていたように見える2022年のポータブルオーディオだが、実は様々な “新しい兆し” が誕生していた点も見逃せない。というのも、完全ワイヤレスイヤホンの圧倒的な便利さとは裏腹に、まだ発展途上の製品ジャンルでもあるからだ。

カナル型ゆえ遮音性は高いものの街中やオフィスで使いづらいとか、長時間装着するのが苦痛だったり、ANCに違和感を憶えるひとがいるとか、落としやすく紛失しやすいとか、様々なメーカーが多様な対策を行っているものの、いずれも決定打にはなっていない。

さらに、最近はバッテリー寿命にも注目が集まっている。省電力化によって連続再生時間が延びたものの、リチウムイオン電池自体の寿命により、毎日使い続けていると(スマートフォン同様に)2 - 3年ほどで再生時間が半減してしまうといわれ、大切に使っていたとしても5年と持たない “使い捨て” 製品となってしまっている。

当然、これだけ台数が売れると廃棄の方法も問題となってくるだろう。現在、バッテリー交換が可能な製品も検討されているようだが、法律的な問題もあって今すぐ解決できる様子はない。いろいろと “ややこしい” 存在となってしまっているのだ。

耳穴を塞がない「骨伝導イヤホン」の可能性が広がる



社会や環境の問題は今後に期待するとしても、使い勝手の面で完璧ではない完全ワイヤレスイヤホンの弱点を補える製品に注目が集まったのが、2022年後半の特徴であり、先ほど紹介した “新しい兆し” のひとつ。その “完全ワイヤレスイヤホンの対抗馬” の代表格といえるのが、骨伝導イヤホンだろう。

AVIOTの骨伝導イヤホン「Openpiece Playful」。耳穴を塞がないために周囲の音を確認しながら音楽を楽しむことができるもの。カラーバリエーションも豊富でファッションアイテムとしても楽しめる

骨伝導イヤホンは、その名のとおり頭骨を振動させることで直接音を伝えるシステムを持っている。耳穴を塞がないため、街中での使用に適しているのが特徴だ。

聴覚補助製品などとして以前から存在していたが、Shokz(旧AfterShokz)の登場により音質が大幅に改善されて音楽鑑賞用として利用されはじめ、昨年各社から一気に製品がラインナップされることとなった。いまや、ながら聴きやBGM用途、オンライン会議等で活用される有力製品となりつつある。

骨伝導イヤホンにも弱点はあり、低音域が弱かったり、音漏れが大きくオフィスや電車内では使いづらかったりするが、環境や好みによっては断然使い易いため、完全ワイヤレスイヤホンと弱点を補う関係が成り立っている。

また、Shokzからは更なる音質アップを果たした「Openrun Pro」や、オーディオテクニカからも(骨伝導とは異なる)軟骨伝導技術を利用した「ATH-CC500BT」なども登場、音楽鑑賞用イヤホンとしての実力も高まってきている。今後も期待できるジャンルといえるだろう。

“軟骨伝導”を活用、新しいながら聴きスタイルとして注目のオーディオテクニカ「ATH-CC500BT」

また、耳を塞がない完全ワイヤレスイヤホンというユニークな製品が登場してきたことにも注目したい。Cleer社の「ARC」という製品がその典型例だが、こちら、耳掛け型装着の完全ワイヤレスイヤホンながら、ドライバーユニットを内蔵する部分が耳穴よりも上(頭頂部寄り)に配置されるため、外音がしっかりと聞こえてくる。骨伝導同様にオフィスや街中で使用しやすい製品となっているため、こちらにも注目が集まっている。今後は製品数も増えてくるだろう。

耳に引っ掛ける形のオープン型完全ワイヤレスCleer「ARC」。柔らかく耳にフィットするのでワークアウトなどにも利用できる

もうひとつ、ライフスタイル視点では “寝ホン” という使い方にも注目が集まっている。いわゆる、睡眠導入に利用する専用イヤホンがBoseから登場したことがきっかけで、いまでは “寝転がりながら使える小型イヤホン” もその範疇に含められていたりもする。

睡眠環境の改善も現代社会の課題のひとつ。寝ながら使える完全ワイヤレスイヤホンも各社からさまざまな製品が登場してきている。AZLAの「ASE-500」は柔らか素材で耳穴にも優しくフィットする

寝転がりながらゲームや映画を楽しむひと、寝落ちするまで音楽を聴き続けたいひと、良好な睡眠をサポートして欲しいなど活用パターンが様々で、音質だけでなく装着感や長時間使用時の安全性、外れにくさ、紛失のしにくさなど、チェックポイントがケースバイケースとなるため、まだまだ成熟が必要なジャンル。今後の発展を期待したいところだ。

音質面ではやっぱり有利!有線イヤホンにも再び脚光



また、完全ワイヤレスイヤホンの反動か、有線イヤホンが再び注目されている点も興味深い。音質と遅延の両面でまだまだ有線が有利であること、充電が必要ないシンプルさなどから、あえて有線イヤホンを選択する音楽好きやゲーマーなどが増えつつあるようだ。

とはいえ、イマドキのスマートフォンは大半がイヤホン端子を持っていないため、有線イヤホンを接続するためのUSB接続ヘッドホンアンプが必要となる(過去iPhoneなどには付属していたアレだ)。

スティック型、あるいはドングル型と呼ばれる、USB接続の超小型ヘッドホンアンプ(ここではスティック型DACアンプと呼ぼう)もちょっとしたブームが来ており、各社から様々な製品が登場してきている。しかも、中心となっているのは音質的に良好な1万円以上の価格帯。なかには4 - 5万円するものもあって、ストリーミングアプリ等も手軽に活用できるだけでなく、音質的にもDAP(デジタルオーディオプレーヤー)の代わりになると好評を博している。

スティック型DACもLightning対応/USB typeC対応モデルと各社から様々なラインナップが登場している。写真はiFi audioの「GO link」

コンパクトなサイズからは想像できない良質サウンドを持ち、ノートPCでも役立ってくれるスティック型DACアンプだが、Androidスマートフォンでは96kHz/24bit以上のハイレゾ再生が難しかったり(iPhoneだとハイレゾ対応音楽再生アプリの活用のみで大丈夫)と、まだまだ改善の余地があったりもする(今後Android OSや音楽再生アプリ側で解決できる可能性も?)。

新しいエンタメ体験をもたらすオーディオ製品に期待!



このように、完全ワイヤレスイヤホンを中心に様々な動きがあった2022年だが、はたして2023年はどう動いていくのだろう。それは、ある意味で完全ワイヤレスイヤホンの進化次第といえる。

完全ワイヤレスイヤホンの弱点として音質が挙げられることが多いが、LDACや96kHz/24bit対応のaptX Adaptiveなど、ハイレゾ相当の音質を伝送できるコーデックが既に実現されているし、さらに先日OPPOが発表したオーディオ向け独自SoC「MariSilicon Y」では、192kHz/24bitやロスレスの伝送が実現可能だという。こと高音質化に関しては、ある程度の可能性が見えている。

いっぽうで、室内で上級クラスの開放型ヘッドホンを楽しむ風潮も増えてきた。もっと極端な例をいえば、イヤホンからオーディオを知ったひとたちのなかには、屋外でも室内でも同じイヤホンで音楽を楽しんでいるユーザーも少なからずいたりもする。

FiiOの「Q7」は、“トランスポータブル”なDAC/ヘッドホンアンプで、バッテリーを搭載しておりポータブル(持ち運び)としても利用できるが、DC電源を接続し据え置き機材としても活用できるなど、ポータブルと据え置きをシームレスに使い分けできる

そんな風潮に呼応してか、主だったDAPメーカーが据置型のプレーヤーをリリースしているし、ヘッドホンアンプも高額モデルを中心に据え置き型(バッテリーレス)モデルが増えつつある。このように、2023年はポータプルとホームオーディオの境界線がますます曖昧になっていく、オーディオ製品のボーダーレス化が加速する1年となりそうだ。

dCSの「LINA system」は、デジタルテクノロジーで世界をリードするイギリスのdCS社が送り出してきた3筐体式のヘッドホン再生システム。総額約560万円。スピーカー再生で培われた技術がヘッドホンアンプに投入されることにより、ヘッドホン再生の次元がまたひとつ開けることを感じさせてくれる

総論としては、ITメーカーの高機能化や新しいエンターテインメント体験を期待しつつ、オーディオメーカーならではの底力を存分に発揮する画期的な新製品の登場に期待したい。

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