1990年からの想い

音元出版社長 和田光征の「巻頭言」2019年3月:心機一転 音元出版の新組織

音元出版社長 和田光征
2019年03月12日

1990年からの想い


本年の2月6日、毎年恒例の小社の事業方針説明会を開催し、約50社・80名を数える業界関係者の方々にご参加をいただいた。事業部の責任者達が次々に行ったプレゼンで、未来に向けての万全な体制をご理解いただけたかと思っている。

そしてプレゼンの終了後、社長交代の話をさせていただいた。場内に一瞬どよめきが走ったが、2019年に小社が創業70周年を迎えること、そして私自身が75歳を迎えることが背景にあることを説明すると、当たり前のことと受け止めていただいた。私は社長を退任し、会長兼最高経営責任者(CEO)に就任することになるだろう。7月の定時株主総会の承認をもって、名実ともに新体制がスタートする。説明会にご参加いただいた方々をはじめ、業界の皆様の多大なるご支援・ご協力をお願いし、万雷の拍手を頂戴した。

新社長に就任するのは、現取締役副社長の樫出浩雅。副社長に就任するのは、現専務取締役の永井光晴。そして常務取締役の徳田ゆかりが、社長室長としてバックヤードを担当。さらに新たな取締役に、ファイルウェブdiv.執行役員の風間雄介、SP div.執行役員の平野勇樹が就任する。近未来への布石も打ち、万全を期した新体制である。

こうした小社の今日の体制に至る原点は、1990年にあることを記しておきたい。

私は1968年に23歳で小社・音元出版に入社、その2年後に、当時社内にあった新聞発行のチームが独立し、社を後にした。私も誘われたものの、採用してくださった社長への恩義で断った。25歳となった私は、1972年に「オーディオ専科」誌を創刊。編集業務と営業活動のすべてを担い大変だったが、こなしてきた。1976年には「オーディオアクセサリー」誌を創刊、スクランブルテストという名の大規模な商品テストを企画し、強いメッセージを発信した。

その後小社は順調に業績を上げていたが、1990年の正月、私は大病を患い入院した。命に関わる病である。会社も大ピンチ。その頃、社員も20名近くになっていたが、私の留守の間にクーデターが起きていた。着々と会社の乗っ取りの準備が進められていることが発覚。信用のおける社員に調べさせたところ、そこに加担していたのは14名と、社員の7割にも及んでいた。私はまず、病気と対峙し、必ず退院すると心に誓った。病院の先生の協力を得ながらプラス思考で過ごしているうち、治ることを確信していった。

1月20日頃になって、会長から「皆を集めるから会社へ出てきてくれ」と言われて出向くと、「和田君がこの先やる気がないのであれば、会社を解散する。和田君、どうだ?」と言う。「私は大丈夫です。25日には最終の検査結果が出ますので、それを受けて心機一転、“新生音元出版”の確立を進めます」と答えた。そして検査の結果が出た。病院の先生から「足先から頭のテッペンまでCTをかけたが完治です」とお墨付きをいただき、感謝のご挨拶をすると、会社に電話を入れた。会長は痛風を患い入院していた。私は信頼のおける社員に、クーデターに加担した人間のリストを渡し、翌日からそれらの人間を解雇する旨を告げた。

そして翌2月から、新生音元出版の立ち上げに向けて入社試験を行い、新しい社員を採用していった。今年社長に就任する樫出をはじめ、役員の永井や徳田も、この時に採用した人材である。また小社の屋台骨である総務・経理を担当してきた故・岩間ツウ子専務の功績も讃えたい。今年2019年の小社の心機一転組織は、1990年の危機を乗り越え、そこから育った社員が次を担っていく、まさに新たな旅立ちになることを記しておきたい。

「業界の建設的な発展に寄与する」社是のもと、新たな時代を逞しく、真摯に、全力で邁進して参ります。業界の皆様のご愛顧に感謝するとともに、新生音元出版に旧に倍すご支援ご厚情を賜りますようお願い申し上げます。

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