【特別企画】山之内正が試聴レビュー

AKGのプロ向けモニターヘッドホン新フラグシップ機「K812」が辿り着いた頂点を聴く

山之内正
2014年02月26日
音楽制作の現場でハイレゾ収録への関心が急速に高まっている。アーティストが意図した音をそのまま聴き手に伝えられるメリットがきわめて大きいからだ。


AKGオープンエアー型ヘッドホンの新フラグシップモデル「K812」
モニターヘッドホンはそんな音作りの現場に欠かせないアイテムの一つだが、どんなヘッドホンでもいいというわけではない。スピーカーでは聴き取りにくい微小な音を漏らさず再現する能力に加え、原音のバランスをそのまま伝える忠実な再現性も求められる。もちろん、耐久性や信頼性への要求も高い。

そんな厳しい条件を満たすヘッドホンとしてAKGを選ぶプロフェッショナルが多いことはよく知られている。そして、そのAKGがハイレゾ録音を視野に入れて開発したプロ用モニターヘッドホンのフラグシップとして「K812」が新たに登場した。プロ機器なので入手経路は楽器店や一部ネット通販などに限られるが、究極のハイファイ再生を追求するヘッドホンリスナーはぜひマークしておきたい製品だ。


外観チェック
頭にフィットする軽やかな装着感。細部まで仕上げの精度が高い

実際に手にしてみると、K812は外見から想像するよりも軽く、装着後もその印象はまったく変わらない。53mmの大口径ドライバーを採用したオープンエアー型ながらイヤーパッド形状の工夫で密着性を高めていることが、その装着感の軽さに貢献しているようだ。


イヤーパッドは独特の形状で、耳の周囲に心地よく密着する
また、ハウジングとヘッドバンドをつなぐ部分に使われている金属製自在継手の動きがなめらかで、装着後すぐ頭部にフィットする点にも好感を持った。シンプルな構造だが細部まで仕上げの精度が高く、たわみやガタツキはどこにも見つからない。いかにも信頼性が高そうな作りは、スタジオの過酷な環境を想定したものだろう。2年間の長期保証がそれを裏付けている。

ハウジングとヘッドバンドをつなぐ自在継手は堅牢な金属製で動きもなめらか


ケーブルは片出し式で、着脱にも対応する

信頼性の高いLEMOコネクタを採用している


音質チェック
遮るものがなにもないダイレクトな音調は衝撃的。
全ての音が目に見えるような生々しさがある


ラックスマンのP-700uと組み合わせ、KLIMAX DSで再生したハイレゾ音源を中心にK812の再生音を聴く。

山之内 正氏

まず、遮るものがなにもないダイレクトな音調に強烈な印象を受けた。パット・メセニーのKIN(←→)(FLAC 96kHz/24bit)は、すべての音が視覚化され、楽器のイメージが形を伴って目に見えるような生々しさがある。そのリアルな雰囲気は、たとえハイエンドクラスのヘッドホンでもそう頻繁に体験できるものではない。

個々の楽器の実在感が高く、しかもそれぞれの楽器の音像が3次元の立体的な広がりを持っていることにも感心させられる。ガラス一枚を隔てたスタジオで実際に繰り広げられている演奏をリアルタイムでモニタリングしているようなダイレクト感があり、マスターをそのまま聴いている錯覚に陥るのだ。特にアコースティックギターの瑞々しい音色と、アップストロークとダウンストロークを精密に鳴らし分ける精度の高さには感嘆させられた。パーカッションは鋭いアタックのあとに余韻が上方に抜けていく感覚をリアルに再現し、その刺激が耳に心地よい。

ジャニーヌ・ヤンセンが独奏を弾くJ.S.バッハのヴァイオリン協奏曲(FLAC 96kHz/24bit)は、ディテールを隅々まで描き出す緻密な描写力に圧倒された。すべてのフレーズに息を吹き込んだ生命力あふれる演奏の魅力をストレートに伝え、一人ひとりの呼吸が寸分の隙なくピタリと揃っていることにもあらためて気付かされる。


解像感の高さと、なめらかで深みのある音を見事に両立
単に高域で輪郭を強めた音調とは一線を画す


鮮烈さと解像感の高さが際立つ一方、K812の音調は神経質さとは無縁で、ヤンセンの独奏ヴァイオリンはむしろ柔らかさとなめらかさをたたえている。一般的に鋭い立ち上がりと柔らかく深みのある音色はなかなか両立しにくいのだが、本機はその難しい課題を見事にクリアしている。


鋭い立ち上がりと豊かな音色の両立は実際の楽器の鳴り方に近いので、それが現実感を際立たせる効果も大きい。息を潜めるような弱音のなかでも一音一音の粒立ちを鮮明に浮かび上がらせながら、最高音の音域まで無機質な硬さはなく、単に高域で輪郭を強めた音調とは一線を画している。


音響的な限界点に近い領域までマージンをしっかり確保
ハイレゾ音源の広大なダイナミックレンジを余裕でカバー


さらに、かなり大きめの音量で聴いてもフォルテシモがけっして飽和しないこともモニターヘッドホンとして重要な資質の一つだ。音響的な限界点に近い領域までマージンをしっかり確保することで、ハイレゾ音源の広大なダイナミックレンジを余裕でカバーしている。

なにも介在しないダイレクト感は、見通しの良さやずば抜けたS/N感とも表裏一体の関係にある。加藤訓子のCANTUS(FLAC 192kHz/24bit)から無音以上に静けさを意識させる静寂感を引き出すのはその好例だ。その静寂には演奏者が意図した通りの深みがあるので、クロタルやヴィブラフォンの音像がより立体的に感じられるのだ。ヴィブラフォンの複雑な倍音列を忠実に描写する精度の高さ、クロタルが発音する瞬間の純度の高さと金属固有の硬質感からは、ドライバーユニットの歪みを徹底的に抑え込んでいることがよくわかる。

K812と他のヘッドホンの決定的な違いは、距離感の再現性にも聴き取ることができる。デヴィッド・チェスキーが録音したBinaural+(FLAC 192kHz/24bit)はバイノーラル録音のメリットを活かし、広大な空間再現と深々とした遠近感が際立つ音源だ。通常の観賞用ヘッドホンでもステレオ録音とは別格の距離感が出てくるのだが、K812はそれに音場の見通しの良さが加わり、まさに空気が一変する感覚を味わうことができる。

たとえばモーツァルトの《アヴェ・ヴェルム・コルプス》を聴くと、オルガンの低音がはるか遠方から空気を揺るがすなか、手が届きそうな位置から合唱の歌声が聴こえてくる。両者の間の距離は少なく見積もっても20メートル以上はありそうだ。その間を満たす空気の密度も含め、礼拝堂のなかに実際に入らなければ体験できないような臨場感が体験できるのは、K812の再生レンジが驚異的に広く、暗騒音領域の音の揺らぎを正確に再現していることに理由がある。

モニターヘッドホンに求められる条件を高いレベルで満たしながら、鑑賞用途でもきわめて高いクオリティを実現したK812は、まさにマスターと家庭用音源の間の距離が限りなく近付くハイレゾオーディオ時代にふさわしいヘッドホンである。