世界に発信するアジアの監督たち 〜マレーシア編〜 アミール・ムハマド監督インタビュー (9) (10)

2004年01月06日
俳優以外の多くのマレーシアの人々が出演した映画「ビッグドリアン」で、兵士の反乱について語るマレーシアの詩人、Salleh Ben Joned (写真:James Lee)
アミール・ムハマド監督インタビュー
Interview with Amir Muhammad

インタビュー・文 / 山之内 優子
by Yuko Yamanouchi


9. おもしろければ、映画の分類は問題ではない。


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−ムハマド監督自身は、身近な人や、ものを取るドキュメンタリーを認めますか?

監督:難しいね。というのは、監督がおもしろいと思ったからといって、見ているほうもそれを面白がるとは、限らないからね。
 セルフ・ドキュメンタリーという言葉の定義がわからないんだけれど、例えば、誰でも、他人の撮影したホームビデオをお金を払って見ようとは思わないですよね。
 もし、ホームビデオのをようなものを作ってそれが、面白いとしたら、それは、映画に観客の方に近づいているものがあるわけです。どんなにプライベートなものでも、パブリックな次元を持っていますしね。

−つまらないジャンルがある、というわけではないと?

監督:僕は、SF映画は、普段は見ないんだけれど、もし面白く作ってあれば、見たいと思う。面白ければ、それがSFであるかどうかなんて忘れてしまうでしょう。
 セルフ・ドキュメンタリーというものも同じだと思う。もしそれが上手く作ってあれば「なんだって僕は誰かの作ったホームビデオなんか見ているんだ!」なんて考えない。
 だから、このようなラベルをつけて考えることが、誤解を生むと思いますよ。

−実際に、いわゆるセルフドキュメンタリーといわれているような映画をご覧になりましたか?

監督:ええ。山形で2本見ましたが、すごく退屈だった(笑)。自分以外の他のものに興味を持ちはじめれば、人生は、もっと面白くなるんじゃないかな?(笑)




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10. 素材をどう加工するかが問題だ




−ムハマド監督のショートフィルム「6 Shorts」(2002)は、ご自分の個人的な体験を題材にしていますね。

監督:ええ。でも僕ひとりだけのことではなく、そこには、いつもある種の政治的なものが含まれている。そして個人的なエッセイに近いものですね。

−そのような個人的なエッセイと、誰かが自分の身近なものを撮影したようなフィルムとは、どんな差がありますか?

監督:はいはい(苦笑)。誰でも、カメラで自分の家族を撮ることはできますが、問題は、それをどのように加工して映画にするかです。家族それ自体は、退屈なものではない。どの家族も、ある面ではそれぞれ面白い。しかし、その家族の何に興味を持ったか、それをどのように提出するかなんです。
 ある意味では、どのドキュメンタリーでも、主題として選ばれるものは結局は、自分に近いものになる。文字通り自分の家族ではないとしても、主題はどこか自分の一部であるものです。ある意味では、家族のように、ですね。



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