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PRポータブル・デスクトップの双方で優れた音質を実現

【特別インタビュー】FIIO「M27」誕生の背景は?「フラグシップとは何か?」を問う先に、目指す音が見えてくる

公開日 2025/12/09 06:30 筑井真奈
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FIIOのフラグシップDAPが4年ぶりに大幅刷新された。2021年に発表された「M17」から、アーキテクチャを再設計、ヘッドホン再生においてはもちろん、据え置きプレーヤーとしても格段の進化を遂げている。

そのサウンドの狙いはどこにあるのか?11月の「秋のヘッドフォン祭」に合わせて来日していた事業部長であるキーンさんとDAPチームの開発リーダーであるウェインさんに詳しく伺った。

DAPチームの事業部長であるキーンさん(左)と開発トップのウェインさん(右)。11月に開催された「秋のヘッドフォン祭」にて

フラグシップにふさわしい条件を突き詰めて誕生

FIIOは、現在5つのチームに分かれて製品開発を行なっている。キーンさんはDAPチームで、今回のM27やエントリーの「JM21」、デスクトップで使用する「R9」なども管掌範囲となる。

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ウェインさんの担当するポータブルDAP「JM21」や据え置きシステム「R9」

ちなみに昨年のヘッドフォン祭りでインタビューの機会を得たケヴィンさんは「ヘッドホンアンプ」担当。ほかには、ヘッドホン/イヤホンチーム、アナログプレーヤーなどを展開するレトロチーム、ポータブルアンプなどを中心に開発するチームにて構成されている。

フラグシップDAPとなるM27は、今年8月の「香港オーディオショウ」にてワールドプレミア、その後中国各地のオーディオショウでのお披露目を経て、ここ日本でも11月より正式発売がスタートした。すでに大きなヒットモデルになっているという。

筆者は香港にて最初に体験し、その腰の座ったサウンドクオリティに驚いたひとりだが、改めて国内でヘッドホン/スピーカー双方にてじっくり体験し、“スペックだけではない” 音楽性においても強烈な進化を果たしていることを目の当たりにした。

M17から4年の歳月をかけて進化したその理由について、キーンさんは、「フラグシップとは何か?」を問うところからスタートした、と語る。

「これまでFIIOのDAPの製品ラインナップは、ロー・ミッド・ハイと3つのプライスレンジに分けて開発を進めてきました。M27はその中でもトップラインとなります。そしてこの4年間、フラグシップにふさわしい条件は何か、ということを真剣に検討してきました」と力を込める。

つまり、フラグシップに求められるのは、これまでの延長線上ではなく、FIIOの行末を占うものである、という思いがあるのだろう。

「DAP製品は世界的に大成功を収めており、社長からは“さらに力を入れて製品開発するように”とプレッシャーをかけられているんです」と苦笑いするが、それだけFIIOのなかでも高い評価と信頼を得ていることの裏付けである。

 

FIIOがDAPの開発に着手した背景

FIIOがDAPの開発に着手した理由をキーンさんに尋ねると、「最初のきっかけはアメリカの代理店から強い要望があったからです」という。

FIIOのDAPの歴史は、2013年に発売された「X3」から始まる。「当時アメリカでUSB-DACが大きなヒットを飛ばしていましたが、音源はパソコンか携帯電話(スマートフォン等)しかありませんでした。iPodはすでに大きなヒットとなっていましたが、ハイレゾも再生可能な良質な音楽プレーヤーが欲しい、という声が高まってきたことから、FIIOとしてもその需要に応えるべくスタートしました」

当初の「X3」はLinuxベースのプレーヤーとして構築されていたが、2015年に発売された「X7」からはAndroid OSを搭載。FIIO Music以外のアプリもインストールが可能になった。

Androidベースにすることの難しさについては、「SRC(Sample Rate Converter)の回避が最大の課題でした」と振り返る。一般的なAndroid端末では、デバイスの仕様上48kHzに変換されてしまい、オリジナルの再生フォーマットで再生ができない課題が指摘されてきた。だが、FIIOはAndroid OSをベースに音声信号を処理する部分をカスタマイズするなどしてネイティブ再生を実現した。

現在のFIIOのDAPラインナップは、今回登場した30万円クラスのフラグシップ機から、廉価なSnowsky製品は約1万円程度と幅広い。これらはすべてキーンさんのDAPチームが手がけており、その旺盛な製品開発力には毎度驚かされる。

ちなみに、DAPの開発で一番難しい点について尋ねると、「Android OSのアップデートのたびにそれに対応していくのがとても難しい」そうだ。変化の早いコンピューターの世界へのキャッチアップは、オーディオ市場全体の課題ともいえよう。

 

ユーザーの声を踏まえてアーキテクチャを新設計

それでは、最新の「M27」の開発の背景を聞いてみよう。M27のコンセプトについてキーンさんに尋ねると、「ポータブルだけではなく、デスクトップ環境下でも優れた音質を実現できることです」という答えが返ってきた。

DAPはバッテリーを搭載しており、いつでも持ち運んで良質な音楽と共に過ごすことができる…と同時に、自宅では据え置きのアンプやスピーカーと組み合わせて、家族と共に、あるいはひとりでもゆっくりと音楽を楽しんで欲しい、という狙いがあるようだ。

そのために、アーキテクチャを新規開発。そして今後このアーキテクチャをベースに、下位モデルへの展開を行なっていくようだ。クアルコムの最新のSoCチップ「Snapdragon 778G」設計を採用。ESSのDACチップは最新フラグシップの「ES9039PRO」をデュアルで搭載、アンプについても自社開発の「HYPER DRIVEアーキテクチャ」と、今までにない技術をフルに投入している。

「今製品の開発にあたっては、ESSやクアルコムのチームと、密接にコミュニケーションを取りながら進めてきました」とウェインさん。単に最新のICチップ、スペックの高いパーツを載せればよい、というわけではなく、それぞれをどう使いこなし、音質向上に繋げていくのか。その手法が明確に洗練されているのを感じられる。

例えばそのひとつの結実が自社開発の「HYPER DRIVEアーキテクチャ」である。これまでのFIIO製品では米国THXの特許であるTHX-AAA技術を積極的に採用してきたが、今回のM27ではついに自社開発のアンプ回路に回帰した。キーンさんはその理由について次のように語る。

「THX-AAAの採用は当社にとって大きな挑戦であり、その音質や性能について顧客から高い評価を得てきました。ですが、変化の激しいポータブルオーディオ業界での目まぐるしい顧客ニーズの変化に迅速に対応するためには、ヘッドホンアンプの基幹技術を自社開発し柔軟に市場に投入することも重要であると考えています。そこで、M27の開発にあたっては、HYPER DRIVEアーキテクチャーと名付けた新しい回路構成を採用することにしました」

HYPER DRIVEアーキテクチャーには4つのキーコンセプトが設けられているという。(1)マージンを広く取った強力かつ堅牢な電源回路、(2)超低インピーダンスのヘッドホン出力、(3)銅ブロックの高速放熱による高い動作安定性、(4)超低損失リレー回路による信号純度の徹底。

「ポータブルオーディオのリスニング体験において、これらの要素はどれも高いレベルで達成されるべきもので、M27の開発にあたってこれらを満たすために新たにアンプ回路を考案しました。今後のFIIO製品に向けてHYPER DRIVEアーキテクチャーをモジュール化して展開できないか、可能性を模索しているところです」

もうひとつ重視したのは、各地のオーディオショウ(香港のほか、深圳、広州、北京)にプロトタイプを出展し、来場者の生の反響を聞くこと。もちろん日本の代理店であるエミライも協力して、使い勝手や音質について意見交換を行なった。そのM27にはその成果も反映されている。

香港オーディオショウでのFIIOブースの様子。ユーザーの「生の声」は製品開発において非常に重視している

「(M17の発売から)4年間の間に、イヤホンやヘッドホンも大きく進化しました。以前はM17で満足していたお客さんも、ヘッドホンが進化したことで“ちょっと物足りないな”と思われることも増えたようです。ヘッドホンの進化に合わせて、DAPもしっかり進化していかなくてはならないと考えています」(ウェインさん)

手に持つとずっしり重量感がある

今回の開発にあたり、オーディオプレシジョンの「APx555」というハイスペックなアナライザーも導入。測定とリスニング、そしてユーザーの声を丁寧に掬い上げながら、「FIIOとしての目指すべき音質」を練り上げていったようだ。

ちなみに香港で発表してどのような声がありましたか?という質問には、「早く出してほしい!という声が一番多かったです」と誇らしげに笑顔を見せる。

製品開発スピードの速さに毎度目を見張るFIIOだが、あくまでM27については、しっかり納得いくまで音質を追い込んでの発売となったようだ。

M27(上)とM17(下)のヘッドホンジャックの違い。M27では2.5mm出力がなくなったほか、ボリュームノブの長押しで電源オンオフができるようになっている

M27(上)とM17(下)の入出力端子の違い。POWER INはUSB typeCに変更

ステージングの広がり、楽器の位置関係の明瞭さ

M27はチタンボディとアルミボディの2パターンを用意。サイズは共通だが、持つとチタンの方がずっしり重い。

左から前フラグシップの「M17」、中央がアルミボディの「M27」、右がチタンボディの「M27」

早速試聴してみよう。今回はYOASOBIの「夜に駆ける」と、ジョン・ウィリアムズ&ウィーン・フィルによる「レイダース・マーチ」(インディージョーンズのテーマ曲)の2曲をメインで選定。

比較的新しい録音であること、それからヘッドホン再生も狙ったと思われる音作りと、ステレオ的なステージングを狙った音作り、その対極的なサウンドを体験したいと考えたからだ。必要に応じて他の楽曲も利用している。

まずはヘッドホン再生から。冒頭にも述べた通りM17からの進化には目を見張る。特に高域の伸びやかさや低域の沈み込みは深い。

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FIIO Musicのアプリからの再生画面と音声出力の設定画面。3.5mm/4.4mmの出力についてはヘッドホンのほかライン出力としても利用できる

白眉はクラシック録音である。クラシックに関して、これまでヘッドホン再生で限界を感じることも多かったが、今作はあたまひとつ抜けた感がある。特にステージングの広がり、楽器の位置関係の明瞭さなどは、いままでのヘッドホン再生とは隔世の感がある。

チタンとアルミについて比較すると、チタンの方が深みを感じさせ、アルミのほうが爽やかな印象である。

甲乙つけ難いところもあるが、例えばアイナ・ジ・エンドの「革命道中」の狂気はチタンがより引き出してくれる一方、Adoの「うっせぇわ」のチタンはちょっと暑苦しい。米津玄師「KICK BACK」の沈み感はチタンが良いが、CANDY TUNEの「倍倍FIGHT!」のご機嫌さはアルミに分あり。

左がチタン、右がアルミボディ。チタンの方が若干重い。素材による音質の違いが出てくるのも興味深い

それではスピーカーシステムで聴くとどうなるか。iFi audioのUSB-DACにデジタル出力し据え置きシステムに投入する。

ここではウィーン・フィルのCD再生と比較してみるが、これはもうM27の空間再現力の美点が光りまくる。正直にいえばM17とCDでは、さほどの差は感じられなかった。しかしM27では、音の晴れやかさ、楽器の質感、そして空間再現性の全てにおいて違う世界を聴かせてくれた。

M27からデジタル出力してスピーカーシステムに出力

ちなみにM27の底部には3箇所のUSB-C端子が設けられているが、音質的には明らかに右端(USB HOST)が上。USB3.0のほうはデータのやり取りに使用するのが良いだろう。

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USB typeC端子から外付けのUSB-DACに接続した時の表示。OKをタップすることでデジタル出力が可能になる。またUSB出力についても排他モードやDSD出力モードなどを設定できる

あえて M27の課題を述べるとするならば、Macとのデータのやり取りが少々不安定…というか転送のアプリ「Android File Transfer」が認識したりしなかったり、という問題が発生した。これは、Googleが「Android File Transfer」の提供を終了し、最新のOSでは対応できなくなったことによるものと考えられるが、デバイスに対して楽曲をインストールしやすい環境は用意してほしい。

 

高い専門性を持ったスタッフが柔軟に開発に取り組む

スピーカーでの試聴を重ねながら、キーンさんのインタビューで印象的な言葉を思い出していた。FIIOの製品開発はなぜそんなに速いのか、という問いに対し返ってきた答えは、「チームを専門化させることでスピードアップさせています」との由。

ハードウェア、ソフトウェア、UI、機構、テストなど、それぞれに高い専門性を持ったスタッフを育成し、柔軟な発想による開発を促しているという。

さらにそれに加えて、数年前より「10名ほどの新しい技術の先行開発チーム」が始動。M27についても、その先行開発チームが1年以上前から積み上げてきた技術が、惜しみなく投入されているそうだ。

そういえば先日、イギリスのスピーカーブランド・PMCのCEOにインタビューした際にも、「R&Dのチームと、具体的な製品開発のチームを分けている」という言及があった。それは、「基礎研究のチームが、短期的なプレッシャーを考えずに研究に邁進できることが重要だから」という理由であると。

フラグシップとは何か。それはブランドの未来を形作るものである。それは短期的な製品開発だけでは辿り着けない長期的視野と、そして何よりもフィロソフィーが必要となる。

中国のオーディオメーカーの動きは速い。マーケットに対して矢継ぎ早に製品を送り出し、時々私たちオーディオファンの心を幻惑する。

だがマーケットからの要望に応えていくばかりでは、真に画期的なアイデアは生まれ得ない。地に足のついた地道な基礎研究と、それにもとづくフィロソフィーが、ブランドの行末を見定める。

FIIOの目指すところは何か、それをM27は改めて教えてくれた。

(提供:エミライ)

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