<TIAS>“2億円スピーカー”を作った男。YGアコースティクスのCEO、マシュー・ウェブスターが目指すもの
「東京インターナショナルオーディオショウ2025」の話題を集めた製品のひとつに、アジアでは初公開となるYGアコースティクスの「TITAN」の名を挙げる人は多いだろう。会場で、開発者にしてCEOのマシュー・ウェブスター氏の姿を見かけたので、製品の概要と開発の背景について話を聞いた。
トゥイーターを中心に、上下対称の仮想同軸構成
TITANは、幅540mm、高さ2150mm、奥行き1080mmの巨大なエンクロージャーに8基のスピーカーユニットを納めた密閉型フロアスタンド機。ベース部(プリンス)を含めて5つのブロックに分割されており、2枚の制振材を3枚の特殊アルミニウム合金でサンドウィッチした5層構造で構成。フロントパネルのみ75mm厚の航空宇宙グレードアルミニウム材を特殊な熱処理をした後に切削加工されている。
それゆえチャンネルあたり455kgと、同じく1億円を超えるマジコの「M9」を上回るヘビー級。会場には12個の専用フライトケースで搬入され、組み立てに8時間を要したという。
最下部の32cmウーファーを除いた7基のユニットは、トゥイーターを中心に仮想同軸構成で配置。ウーファーは28Hzより下の帯域を受け持つことと、仕様によって付属のアンプでアクティブ動作するため、4ウェイ+サブウーファー構成と考えた方がよいだろう。
ユニットは全て自社製で、トゥイーターはソフトドームの上にアルミ削り出しのエアフレームを置くLattice hybrid tweeter。150mmミッドレンジ、185mmミッドバス、260mmバス、320mmウーファーの振動板は全てアルミニウム削り出しのBilletCore。これらは既存のYGアコースティクス製品と同じものが使われており、特別に開発したものではないという。
クロスオーバー・ネットワーク回路は外付けで巨大なもの。内部は帯域ごとに基板を分割した5階建ての免震構造となっており、横方向にわずかに動き振動を逃す設計。これにより相互干渉を防いでいるという。
TITANは全帯域を1台のアンプで駆動するフルパッシブモデルのほか、最低域のみ出力1kWのベルカント製クラスDアンプで駆動するアクティブ・サブモデル。そしてデジタルセンターが付属するフルアクティブモデル「LIVE!」の3機種を用意する。日本に届いたのは、そのうちのアクティブ・サブモデルである。
音楽を全身で楽しめるスピーカーを作りたい
マシュー・ウェブスター氏の経歴を紹介する。英国出身で宇宙物理学の博士でもあるマシュー氏がYGアコースティクスと関わりをもつようになったのは、当時のフラグシップである「Sonja XV3 STUDIO」を導入したことから始まる。その後、2020年頃から参画し、2022年の7月に自身の会社であるケンブリッジ・アコースティック・サイエンセズ(CAS)とYGは統合。現在CEOとして活動している。
まずはYGアコースティクスにおけるTITANの位置づけから尋ねてみた。マシュー氏は「TITANはアルティメイトシリーズのトップエンドモデルにして、YGアコースティクスのフラグシップモデルになります」。今後、YGアコースティクスはアルティメイトシリーズをトップに、リファレンスシリーズ、ピークスシリーズが続く3グレード展開とするようだ。
続いて求めた音世界について。「音楽を愉しめるスピーカーを作りたいという想いがありました。今までは音楽を耳で愉しんでいましたが、全身で愉しめるスピーカーを作りたい。それが最初に考えたことでした」という。その結果が、従来のYGアコースティクスの作品の特徴であった、小型スピーカー+サブウーファーという構成ではなく、マルチウェイの仮想同軸配置とした理由だろう。
「もともとはピンポイントソースの研究開発がメインで、販売する予定はありませんでした。その時はジェミニ(ふたご座)という開発コードで研究していました」。恐らく上下対称のユニット配置から、ふたご座の名前が思い浮かんだのではないだろうか。
「研究開発には3年の時間を要しました。コンピューターで解析をし、試作し、試聴や測定して、また解析をする。これを繰り返してきました」。この開発過程において、従来はアルミと制振材の3層構造だったキャビネットを5層構造にするなど、今までのYGにはなかった手法が生み出されたという。
アルミのエンクロージャーなのにタイタンとはこれいかに?「タイタンは神話の世界では、力強さの象徴として取り上げられています。また、土星の第六衛星で、太陽系で2番目に大きな衛星としても知られている名前です。ジェミニよりもタイタンの方が相応しい名前だと思い名付けました」とマシュー氏。ふたご座やタイタンなど、天体に関する名前をつけるのは、氏が宇宙物理学の博士でもあるからだろう。
世界的にパワードスピーカーの需要が拡大している
今後、YGアコースティクスはどのように進化するのだろう。「アイデアはいっぱいあります。ローコストなスピーカーも作りたいですし、壁に埋め込むインウォールスピーカーにも興味があります」。
アルティメイトシリーズの動向も気になるが、低価格モデルに意欲的なことは、オーディオファンには嬉しい話だろう。ちなみに太陽系で最も大きな衛星はガニメデなので、それを作ることは?と尋ねると「今のところはない」とばっさり。
ハイエンドオーディオをけん引する存在となったYGアコースティクス。最後にオーディオは今後どのようになると考えているか尋ねてみた。「難しい質問ですね」と前置きをしながら、「現在のオーディオスタイルを愛する方は、高齢化が進んでいると思っています。そのいっぽうで、ラグジュアリーオーディオは年々勢いを増しているように思います。特に若い人は、ラグジュアリーオーディオの分野で増えています」という。
そして世界的にパワードスピーカーの需要が伸びていることを感じており、YGアコースティクスもLIVEシリーズを展開していることを強調した。だが「私達は総合オーディオメーカーは目指していません。だってスピーカーが好きだから」と、その日イチバンの笑顔を見せてくれた。
ブースを訪れた方に音の感想をきくと、「凄かった」という感想が最も多く、「見た目と違い普通の音だった」という声も耳にした。いずれも笑顔と興奮した面持ちで、それがTITANの音を雄弁に物語っているように感じた。
