【特別インタビュー】成熟したアナログ技術を今に継ぐ。ドイツ名門・トランスローターCEOが考えるハイエンドオーディオの未来戦略
トランスローターの2代目CEOの初インタビュー
ドイツの名門アナログブランド・TRANSROTOR(トランスローター)。1971年に創業され、創業50年を超えてなおアナログプレーヤーの自社開発を続けている歴史あるブランドである。同社の2代目CEOであるDirk Räke(ダーク・レイカ)氏が、香港オーディオショウに合わせて日本にも立ち寄ってくれたので、現在のトランスローターの戦略について語っていただいた。
トランスローターは、ダークさんの父親のJochen Räke(ヨハン・レイカ)さんが立ち上げたブランドである。もともとHiFiショップに勤める傍ら、趣味として自作のオーディオアンプ製作も手掛ける、生粋のオーディオファンであったそうだ。
当初はミッチェル・エンジニアリングのジョン・ミッチェルと協力して、同社のアナログプレーヤー「GyroDec」などの開発にも関わっていたそうだが、その後独立。ドイツ国内の販路をメインとして、新しくトランスローターブランドとして立ち上げたそうだ。現在に至るまで、アナログプレーヤーを中心に、トーンアームやフォノイコライザーなど、アナログ関連製品に特化して製品開発を行っている。
「トランスローターは小さな会社で、すべてハンドメイドで製品開発を行っています」とダークさん。「会社の規模は大きくありませんが、すべてのスタッフが非常に訓練されていて、HiFiオーディオへの同じ思いを持って製品開発にあたっています。そして、自分たちでクオリティコントロールをしていることも大切です」と胸を張る。
トランスローターの拠点は、ドイツの中西部ケルンの街にある。キース・ジャレットの「ケルン・コンサート」で有名なあのケルンである。ヨーロッパ中世においてもっとも繁栄していた都市の一つであり、ケルン大聖堂は、中世ゴシック建築の威容をいまに伝えるものとしてユネスコの世界遺産にも認定されている。古いものを大切に使い続ける、そんな気風の残る都市なのかもしれない。
ダークさんも、「私たちはひとつひとつの製品開発と、世界中のお客さんとのコミュニケーションを大切にしています。インターネットでたくさん売りたいとも考えていません。すべて手の届く範囲内で、良質なプロダクトを世界中の皆様にお届けしたいのです」と強く訴える。
パーツ類の多くはケルン周辺の専門工場に依頼して製造しているという。「ドイツには自動車関連メーカーが多いので金属加工に強く、精度の高いパーツを入手することができるのです」と強いものづくりの力に自信を見せる。金属の美しい研磨の仕上げもトランスローターの特徴だが、それもまたドイツの自動車産業で培われた高い技術によるものだろう。
「私たちは新しいイノベーションを起こすことを考えているわけではありません。コンピューターではなく古いエレクトロニクス、人間が長い時間をかけて作り上げてきた伝統的な機構には、今みても素晴らしいものがたくさんあります。10年間違いなく動作することができるでしょうし、スペアパーツも10年入手することができるでしょう。私たちは40年でも50年でも、長くユーザーに愛される製品を作りたいと考えているのです」

トーンアーム「TRA 9」開発の背景
トランスローターといえば、以前はSMEのトーンアームとの強い関係で知られており、SMEのアームが標準搭載されていることも多かった。だが、数年前から「TRA 9」というアームも自社開発をスタートさせている。その背景についても尋ねてみた。
「父の時代は、ドイツでのSMEのディストリビューションを担当していましたし、SMEから直接トーンアームを購入して取り付けていました。父と以前のSMEのオーナーは非常に親しかったようです。ですが、その後SMEがインドのCadenceという会社に買収されたことで、ビジネスのスタイルが変わってしまいました。ご存じの通り、トーンアームの単品販売は終了したのです。そこでどうしようかと考えて、自分たちでトーンアームの設計も行うことにしたのです」。TRA 9については4年以上、じっくり時間をかけて開発を行ってきたそうだ。
数年前、市川宝石(JELCO)が突如トーンアームの供給を停止したことは、世界のアナログブランドに衝撃を与えた。トランスローターはJELCOのアームを搭載していたわけではないが、そういったサプライヤーの供給リスクを鑑みて、自社で開発・製造できる技術を所持しておきたい、という思いを強くしたようだ。
TRA 9の写真を見せてもらうと、SMEを思わせるクラシカルで上品なデザインが目を惹く。「エソテリックなど、いろいろなターンテーブルに組み合わせてもらいやすいよう、シンプルで美しいデザインにこだわって開発しました」。地元の金属加工メーカーに依頼した美しい仕上げ、高精度のワンポイント・ベアリングによる滑らかな動きを大きな特徴としているそうだ。ダイヤル式のアンチスケーティングは、調整のしやすさにもこだわっている。ブラックのほか、クロム・ゴールド・ルテニウムと異なる仕上げも用意する。
自分たちの「ファミリー・ビジネス」を大切にする
成熟した技術を活用しながら、自分たちなりのこだわりを込めて丁寧にものづくりを行っていく、というトランスローターのスタイルは、輸入元であるエアータイトにも通じるところがある。彼らもまた、真空管アンプを中心とした、“枯れた技術”をいまに継ぐブランドである。
エアータイト社長の三浦 裕さんも、「エアータイトとトランスローターは非常に似たところがあると感じています。企画と設計はすべて自社で行い、部品類は信頼できるサプライヤーから取り寄せて、組立はすべて自社内で行っています」と共感を寄せる。トランスローターの社員数は約15名、エアータイトもほぼ同じくらいだという。
投資会社などの資本力に頼らず、自分たちの手の届く範囲内でものづくりを行う、「ファミリー・ビジネス」という言葉を、海外ブランドから耳にする機会が増えた。トランスローターやエアータイトもそのスタイルを守っているし、オーディオベクターのCEOや、T+Aのグローバルセールス担当からもその言葉を聞いた。
音楽を聴く手段が多様化する中で、ハイエンドオーディオブランドの生き残る道は決して平坦ではない。だが、高い自社開発の技術を武器に、規模や効率ばかりを追わず、信頼できる取引先と丁寧な仕事を行い、そして世界中のファンに届けていく。
トランスローターが世界で愛されるゆえんは、創業者・ヨハンさんから引き継いだそのブランドとしての誇りにあるのだと、改めて教えてもらった。

