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黒崎政男×島田裕巳のオーディオ哲学宗教談義 Season3「私たちは何を聴いてきたか」<第1回>

公開日 2020/01/20 12:00 季刊analog編集部
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欧米コンプレックスの消滅

島田 哲学者は、アメリカ哲学をバカにしているでしょう。


宗教学者・島田裕巳氏
黒崎 うーん、いやいやパースやW.ジェームスとか。プラグマティズムですけれども。実用主義はアメリカの哲学と言えますよね。ヨーロッパ的な哲学の伝統とは随分違う。この話を始めると長くなるので省きますけど、当時はやっぱりヨーロッパに憧れましたからね。テレビでフランスの農民のおじさんが映って、フランス語をしゃべっているだけで、あぁ!って(ときめいた顔)。

一同(笑)


哲学者・黒崎政男氏
黒崎 ヨーロッパ・コンプレックス。1990年代までに明らかにそうだったのに、2000年に入ると、結構抜けているんです。英語コンプレックスも含めて、そういう種類のコンプレックスが不思議なことになくなって、日本の魅力を再確認する。例えば、日本料理の旨さなんか外国人にはわからないだろう、こんなに繊細なものを作るのなんて日本でしかできない。別に分からない人に無理にわかってもらわなくていいよ、みたいな自信というのが、その頃からありますよね。

音楽の話に戻りますと、私にとってはアメリカの音楽はジャズなんですよ。2017年にジャズ生誕100年ということで番組がたくさん組まれました。ジャズの最古のレコードは1917年に出ていますが、それは、白人の入れたディキシーランド・ジャズなんです。そのオリジナルのSPレコードをとにかく探し回りました。「オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド」っていうのが10曲くらい録音しているんです。それも収録2、3枚目のレコードは手に入るのですが1枚目はまったく手に入らない。富士レコードで聴いても、そんなの博物館レベルのものですって言われました。しかし、必死に探しまして、……うふ、ここにあるんです(にっこり)。

島田 それは、それは、おめでとうございます。

黒崎  ebayで2万くらいかな。落札するんですけれども、発送の段階で勝手にキャンセルになる。ebayがストップをかけるんです。落札額は戻されますが、ものはもちろん来ない。そんなことが2回くらいありました。このレコードに関してはアメリカが国外に流出しないようにしているのだ、と思って諦めかけていたら、少し前にebayを通さずにお店から直送というものを見つけて、やっと手に入った。ディキシーランド・ジャズ・バンドの1917年の1枚目のアルバム。ジャズレコードとして最古で最初のアルバムです。

で、なぜこのアルバムをそんなに欲しかったかというと……これのタイトルは「ライブリー・ステイブル・ブルース」。はじめ「賑やかに、安定したブルース」と思ったんですが、ライブリーは「lively」ではなくて「livery」。これは「馬車屋」という意味。「Livery Stable Blues」で「馬車屋のブルース」だったんです。それで、皆さん「馬車屋のブルース」ですよ。初めに読んだように「ライブリー」を「賑かな」と読めば、「愉快な馬車屋」と読めませんか。これは、宮沢賢治『セロ弾きのゴーシュ』の中に、登場しているのです。狸が楽譜を持ってきて弾いて、という。するとゴーシュが「愉快な馬車屋って、ジャズか?」と言うんです。その時賢治はジャズという言葉を知っていて、「愉快な馬車屋」って言わせていると。このレコードを指しているに違いないと思います。どんなに素晴らしい音楽かというと、それが、くっだらないんです。

一同(笑)

黒崎 ディキシーランド・ジャズって最初何をやっていたかというと、これコードは馬のいななきを真似しているんですよ。つまり、馬車屋とか、本物を模倣することが音楽であった。では聴いてみましょう。

〜オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド(1917年)「Livery Stable Blues」SPレコード〜蓄音器グラモフォンHMV102より再生


オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド(1917年)「Livery Stable Blues」
黒崎 ブルースという言葉を使っていて、それが、白人グループなんですね。彼らはレコードをコロンビア・レコードで録音したんですけれど、売れないだろうとお蔵入りにされた。そして、ビクター・レコードが売ったら大ヒット。これが商業用レコードとしてのジャズの始まりです。


グラモフォンHMV102でSPレコードを再生する黒崎氏
この10年後のレコードも聴いてみましょう。ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・ホット・ファイブの『ウエスト&ブルース』1928年。これら両方を聴くと、私は音楽がいかに変容しているかを感じるわけです。ディキシーランド・ジャズは単に外面を描写しているというか、まだ音楽になっていない。サッチモはこの時点でもう何曲も入れていますが、音楽が魂の表現になっている。この変容を聴いていただきましょう。ちなみにこのSPレコード、秋吉敏子さんがうちにいらした時(※)、これをかけたら、「サッチモの中でこのレコードこそが最高!」って。「これだけあれば何も要らない!!」って。

(※黒崎氏の自宅にNHKのTVカメラが入って、この様子は放映されました)

島田 ピアノはアール・ハインズです。

黒崎 サッチモのバンドは初期はピアノがリル・ハーディンでしたが、彼になってからグッと芸術的になってよくなりましたね。

〜ルイ・アームストロング『ウエスト&ブルース』SPレコード〜〜グラモフォンHMV102より再生


ルイ・アームストロング「ウエスト&ブルース」SP
黒崎 1917年の馬のいななきと似ているにもかかわらず、これは音楽になっている。自分の表現になっている。10年の間でここまできている。心を歌うものになっていった。ジャズはサッチモから始まったって思う出来事であります。

島田 ディキシーランド・ジャズの方は、なぜ馬のいななきを真似たのか、記録はあるのかな?


黒崎氏の所有するグラモフォンHMV102

ルイ・アームストロングのSPをかけようとする黒崎政男氏(右)
黒崎 フォードが自動車を造ることになったのが、ちょうどその頃ですよね。T型フォードが街に溢れたんです。NHKの「映像の世紀」などを観ても分かりますが、20世紀の初めって馬車なんですよ。それが全部車に置き換わる。当時その変化ほど大きいものはなかったんじゃないですか。馬車屋が沢山あって、馬を買うことは当たり前のことだったのに、ガソリンと運転手になるっていう。

島田 「ウェスト&ブルース」は、馬のいななきを元にしたトランペットの吹き方。途中で馬の足音みたいのも。ディキシーランド・ジャズのレコードを意識しているかな?

黒崎 確かにその可能性はありますね。この2枚のレコードの間にキング・オリヴァーっていうコルネット奏者がいて、サッチモはその弟子として入ったり。1920年代、つまりローリング・トウェンティーズのアメリカは、文化が消費社会に変わっていく真っ最中ですよね。世界の文化の中心がアメリカに移るわけですね。

黒崎 「ラプソディ・イン・ブルー」という有名な曲があります。作ったのはガーシュウィンという作曲家です。西洋クラシック音楽とついこの間出てきたアメリカのジャズと融合させた。それが「ラプソディ・イン・ブルー」だと思います。で、ここではそのガーシュウィンをある意味で継ぐバーンスタインを。

バーンスタイン指揮のマーラー「大地の歌」を聴きましょう。バーンスタインの登場は象徴的です。当時ヨーロッパを代表する指揮者ブルーノ・ワルターが、ナチスに脅迫されて30年代の後半にアメリカに亡命していた。で、アメリカでワルターが指揮棒を振っていたのですが、病気になる。急遽代役として出たのがバーンスタインでした。練習時間がほとんどなかったのにもかかわらず、それが大成功して、アメリカ・クラシック界の寵児になっていった。バーンスタインはアメリカ生まれアメリカ育ちの生粋のアメリカ人。それまではヨーロッパから亡命してきた人達ばかりだった。そんな中でバーンスタインこそ、アメリカが生んだアメリカの初の音楽のホープだった。その、バーンスタインが有名になっていって、とうとうウィーン・フィルと一緒に演奏をした。そのウィーン・フィルとの共演第一弾が、これからかけるマーラー「大地の歌」です。

この「大地の歌」は変わっていて、普通はテノールとアルトの女性で歌うところを、アルトの代わりにフィッシャー=ディースカウが、つまり男&男の組み合わせで歌っているんです。これはマーラー自身がそういう指示をしているので別に突飛なことをやったわけではないのです。フィッシャー=ディースカウという人は。ドイツの最高のバリトンで、個性が強くて、どれを聴いても「ディースカウさまー」って感じになります。オペラの端役でも。ヨーロッパ文化最高峰たるウィーン・フィルとフィッシャー=ディースカウ、それを生粋のアメリカ人バーンスタインが振った「大地の歌」、第4楽章を聴いてみましょう。1963年か64年くらいでしょう。また初期盤の自慢になりますけれども。私、もともとロンドン盤を持っていて、かなり良かったんですよ。でもどうせここでかけるなら、と思って、ちゃんと英DECCA盤を入手してきました。これがファーストプレスなんです。もう、香り立つような音がします。


バーンスタインとウィーン・フィルによるマーラーのLPの説明をする黒崎政男氏
島田 何の話しているんでしたっけ。

一同(笑)

黒崎 ファーストプレスの良さは、空間性の表現が優れていると思うんですよ。後になっていくにしたがって、立体感がなくなり、ぺらんとなってしまいます。

〜バーンスタイン(指揮)、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団『マーラー:「大地の歌」』〜KLIMAX LP12SE、KLIMAX DSM、


バーンスタイン(指揮)、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団『マーラー:「大地の歌」』

黒崎 ピアニシモがよくここまで取れているなと思いますけれども。素晴らしいですよね。……島田さんにはダメですか?

島田 これマーラーでしょ? 普通こんな風に演奏するの? あんまりマーラーという感じがしない。特に前半が、ウエストサイド・ストーリーみたいだった。マーラーの音楽の重さが感じられなくてリズムも軽やかで。

黒崎 あー。フィッシャー=ディースカウが馬に乗って走っているところでして。今日は馬ばっかりですけれども。それがあって彼が軽やかなのかと。

島田 演奏の仕方によってそうなってるの?

黒崎 普通はここまで速くはないよね。ってことはバーンスタイン、気に入った? 良かったね!

島田 好きとか嫌いとかじゃなくて、オーソドックスな演奏の仕方はこうなんですか?って。

黒崎 エクストラオーディナリーなものではないですね。でも音が気持ちよくないですか? 不純なわけじゃないですよ。

島田 いや不純とか言っていないですよ。

黒崎 初期盤のこと。こういうものを1万円ちょっとで手に入れてしまうと最高の喜びというか。幸せ〜! って。LP12をUrikaUにしてからますます酷いです、初期盤病。

島田 それは自分でよく分かっているんですね。

黒崎 というわけで、アメリカについて、その特徴が出るものを探してきました。アメリカでレコードっていうと、いろんな音楽ジャンルを取り扱った「マーキュリー」レーベルがありました。実はマーキュリーが残した音の凄さというのはとんでもないものでした。女性のウィルマ・コザートという音楽プロデューサーが天才的だったこともあるし、この頃ウィルマ・コザートは、2、3本のマイクしか立てていないので、空間をちゃんと捉えて楽器もそれぞれ録れている。奇跡的なことが起こっていたんですね。今日かけるアルバムは、マーキュリーの技術者達が、列車に機材を積んで、なんとモスクワに乗り込んで録音しています。

「ニュー・ファーストタイム・エヴァー」「ファースト・レコーディング・エヴァー・メイド・イン・ロシア・バイ・アメリカン・テクニカル・アンド・ミュージカル・スタッフ」つまりロシアで初めてレコーディングしている。


『NEW! FIRST TIME EVER!』の解説をする黒崎氏
島田 質問。直接鉄道で行けない。交通機関は重要かと。

黒崎 船かもしれません。アメリカ製の装置を持って行ったんです。マイクも、全部。で、録音技師も行きました、「完璧なマーキュリーの録音です、モスクワという場所で、1962年に録りました」と書いてあります。

島田 冷戦がいちばん深刻な状況だった頃では。

黒崎 そうなんです。キューバ危機の直前じゃないかと思います。雪解けムードなどと言って、実は核ミサイルがアメリカに向いていたという。ケネディがそれをなんとか乗り越えるのが62年。その直前だから、奇跡的なことですよ。ソ連にアメリカの録音機材が入るといういうのは。そして、アメリカの力を示しているレコードだと言えます。バイロン・ジャニスというアメリカ人のピアニストをソリストとして連れて行っています。指揮は、キリル・コンドラシン。モスクワの人。オケはモスクワ・フィルハーモニー。曲はプロコフィエフ。ロシアの作曲家プロコフィエフ ピアノ協奏曲3番1楽章を。

島田 プロコフィエフは好きですよ。

〜バイロン・ジャニス(ピアノ)、コンドラシン(指揮)、モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団『NEW! FIRST TIME EVER!』より「プロコフィエフ:交響曲第3番 第1楽章」


バイロン・ジャニス(ピアノ)、コンドラシン(指揮)、モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団『NEW! FIRST TIME EVER!』

裏面
黒崎 何度聴いても素晴らしい音。透明感の中にこんなソノリティというか、音の響き。ピアノの音色の素晴らしさ。寒いモスクワで、バイロン・ジャニスが弾いている様が見えるくらい、のいい音じゃないですか。

島田 なんかあんまりロシアっぽくない。明るい音楽になっている。ピアニストのせいなのか。録音がアメリカ人だからなのか。バーンスタイン指揮のマーラーと似たような感覚。

黒崎 だんだん、島田さんもクラシックを聴けるようになったんじゃないですか? クラシック音楽が親しいものになってきているのでは?

島田 親しくなってきているのは確か。いずれにしても、僕にはこれはロシア色を感じられない。脱色されているような気がします。

黒崎 でもロシアを聴きたいわけじゃないでしょ?

島田 こう見えてロシア、好きなんですよ。ロシアっぽいものが好きです。それより、意外と黒崎さんの趣味ってアメリカ的なんじゃないのかな。

黒崎 うん?最後どんでん返しをしようって思ってる?

島田 アメリカ的な明るさに傾いている、もう、ヨーロッパ哲学なんか要らない、っていう気持ちと重なっているような気がする。

黒崎 それは、たまたまですよ。つまり、アメリカがロシアに行って録ったのを聴いたらいいなって。私にしてみれば島田さんが、クラシック音楽を聴いてこんなのダメって言わなくなっていることを嬉しく思います。それにしても当時、この音が聴けているとは思えません。録れていた。レコードに刻まれていた。でも再生は「いま」じゃないかなと思うのです。絶対当時、こんな音で聴けていなかった。こういう音楽は混濁して団子状になっていたでしょう。こんなに明瞭に、まるでそこで起こっているように鳴っている、これはオーディオの力だと思いますね。

島田 明るく、はっきりしているものなんですね。いままでの装置でもそうだったのかな。

黒崎 もしかしたらこれまでオーディオ装置のせいで、曖昧模糊として受け取っていたけど、本来はそうでもないのかも。そんなわけで、今日はアメリカ的なものということをテーマにしてお話ししました。


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