HOME > インタビュー > 黒崎政男×島田裕巳のオーディオ哲学宗教談義 Season3「私たちは何を聴いてきたか」<第1回>

サウンドクリエイトの名物イベント

黒崎政男×島田裕巳のオーディオ哲学宗教談義 Season3「私たちは何を聴いてきたか」<第1回>

2020/01/20 季刊analog編集部
  • Twitter
  • FaceBook
  • LINE


世界的な「宗教消滅」

黒崎 宗教の観点から考えると、ヨーロッパはキリスト教世界でしょ? EUにトルコが加盟するときに「EUじゃなくなる」という意見があったくらい。キリスト教の重みってアメリカよりヨーロッパの方が大きいんじゃないのかな。

島田 大きいはずなんですけどね。でもクラシック音楽の衰退とキリスト教の信仰の衰退に、何らかの因果関係があると思うわけです。教会音楽というものが現代に通用しなくなっているのではないか。

宗教学者・島田裕巳氏

黒崎 3年くらい前に島田さんが書かれた本で『宗教消滅』というのがありましたでしょう。すごく興味深く読みましたけれど、ドイツで、ものすごい教会離れが進んでいると。ドイツはプロテスタントなのにですよ。フランスもそうだと書かれていましたか。ヨーロッパはキリスト教が崩壊するくらい宗教離れが進んでいると。いまでもそれが進行しているんですよね。ドイツの「教会税」は、信仰しているだけで所得税の7%をもっていかれる。皆払いたくないから、どんどん教会離れが進む。

島田 キリスト教の崩壊であると同時に、ヨーロッパ文明の崩壊であるということです。音楽も同じで、ヨーロッパからいい音楽家がなかなか出て来なくなった大きな要因でしょう。

アメリカの音楽の本質はゴスペル

黒崎 ふむ。では、アメリカは健全なキリスト教か、と言われると疑問があります。国力はアメリカが一番強いということがあるから音楽も……。

島田 そう。ジャズから始まって、戦後にロックが生まれて、ロックというものがゴスペルの流れを引いている。そのロックが核となってどんどん拡散して、ヒップホップとかいろんなものへ発展して世界に大きな影響を与えている。さっきの「USA」なんかも、アメリカの曲じゃないのに、アメリカを歌う。あそこに「アメリカ」以外の国名は入り得ないわけです。他の国なんてあり得ない。

黒崎 「カモン・ベイビー・ジャパーン」なんてね。ないですね。

島田 そういう意味では、音楽を発展させないと、国力も落ちていく。

黒崎 どっちが先かは分からないけど。プレスリーでも変わっていきましたよね。

島田 プレスリーを評価したのはバーンスタイン。プレスリーが居なければ、いまの自分はない、ウエストサイドストーリーを作曲することはできなかった、と言っています。バーンスタインがプレスリーの影響を受けなかったとしたら、そんなに重要な音楽家になっていなかったんじゃないかな。

黒崎 プレスリーの登場で、世界中にロックが広まったと思います。

島田 ホワイト・ゴスペル、ブラック・ゴスペルがありますが、プレスリー自身は白人で両方取り入れた人です。ゴスペル愛好家で、ゴルペル・アルバムを3枚も出しています。彼はグラミー賞もとっていますが、ゴスペル部門でしか受賞していないんです。彼のコンサートのバンドは大抵ジョーダネアーズなどのホワイト・ゴスペルのバンドなんですが、ライブが捌けたあとバンドメンバーとゴスペルを歌い続けるというのが彼の楽しみだったようです。ゴスペルにどっぷり浸かっていた、そういうミュージシャンだからこそ、彼のロックが世界へ影響を与えたのです。

黒崎 島田さんの説は、アメリカ音楽の本質はキリスト教を発端としたゴスペルの影響があると。

島田 多分に。そのキリスト教はヨーロッパのものはなく、アメリカのキリスト教に変わっているわけ。

黒崎 それはユダヤ人や黒人も含めて。

島田 そうです。アメリカで幼少期から育たないと、こうした音楽ができない。クラプトンみたいに。そう考えていくとヨーロッパのロックってクラシックの影響が大きいんじゃないかと思います。その一例を聞いてみましょう。レッド・ツェッペリン。こちらは、ブリティッシュ・ロックです。

〜レッド・ツェッペリン「グッド・タイムス・バッド・タイムス」TIDAL〜KLIMAX DSMより再生

レッド・ツェッペリン『レッド・ツェッペリン』

島田 ヨーロッパのロックはこういう感じです。この曲は70年代のもの。ちょっと指揮者がいるみたいな、そんな雰囲気があります。クラシック的な作り方じゃないかな。

黒崎 ヨーロッパのロックといったらビートルズがいますね。世界を席巻して音楽を変えましたね。

島田 彼らの音楽にゴスペルは感じられないですが、憧れはあって、後期にはビリー・プレストンというゴスペル歌手が入ってきます。5人目のビートルズと言われました。そうすると、ビートルズの音楽がアメリカ的な方向に向かっていくんです。

黒崎 いま鳴らしたスピーカーは何? 

島田 RCAか。ARCではなく(笑)。

スタッフ 1940年台に作られた38cmのスタジオモニターのオリジナルです。逸話があってボストン交響楽団の演奏を途中でこの12台のスピーカーでの再生にすりかえしても聴衆に分からなかったという。ブラインドで。またプレスリーはこのスピーカーを聴きながら音を作ったといわれます。銘機と言われたものです。NHKの放送局で使われたダイヤトーン2S305もこのスピーカーを元に作ったと言われております。

RCA LC-1

黒崎 2台あるということは、揃えたのですか。

スタッフ はい、前のオーナーさんが揃えられました。アンプはオクターブのシングルアンプV16というプリメインアンプです。出力管はEL34。出力は5Wですが、十分な駆動力を持っています。RCAスピーカーの能率はもともと高いということもありますが。

オクターブV16

島田 後半に使うのは?

スタッフ ブロッドマンはオーストリアのスピーカーです。ブロッドマンという名は19世紀のウィーンでベートーヴェンやウェーバーなどを顧客にもったピアノ製造工房でした。ベーゼンドルファーもこの工房で学んだと伝えられています。2005年にスピーカーメーカーとしてのベーゼンドルファーから独立し、この名を掲げ、独創性に溢れた優れた品質の製品を世に送りファンを増やしています。スピーカーの底面やサイドに入れられた4mmのスリットから低音を出すというのが彼らの特許です。吸音材を一切使っていないスピーカーです。

ブロッドマンVC1

黒崎 私これを気に入ってしまって。こっちでも聴いてみたいです。

スタッフ では少しアンプのバイアスを変えて。

〜レッド・ツェッペリン『レッド・ツェッペリン』より「グッド・タイムス・バッド・タイムス」〜リンKLIMAX DSM、オクターブV16、ブロッドマンVC1で聴く

レッド・ツェッペリン『レッド・ツェッペリン』

ブロッドマン VC1

黒崎 いい音するね。

島田 ブロッドマンの方が合ってない?

黒崎 どっちもいいけど。ビートルズを彷彿とさせますね。なるほど、島田さんの説では、音楽には根本にゴスペルがあるのとないのがあって、アメリカが席巻している世界では、ゴスペルの入っていない人たちはゴスペルを真似るということですね。

島田 真似られないのはヨーロッパ人。

黒崎 日本人は真似ているということ?

島田 いわゆる民族音楽をやっているほかの国の人たちは、これにつながっているんです。

黒崎 では、ヨーロッパだけに民族音楽があるわけじゃない、と。

島田 そうです。クラシックにも民族音楽的要素が入っているものがあります。「新世界」とか。

黒崎 なるほど。ヨーロッパだけが特殊であった、と。

島田 はい。歴史をレクチャーしていただいて非常によかったですが、ヨーロッパがすごく特殊なんじゃないか。クラシック音楽そのものが非常にヨーロッパ的であると思います。音符、音階、スケールも含まれていますね。その変化が20世紀に起こって、21世紀も続いています。これからの音楽ってものを考えるにあたって、そうしたものがどう影響していくか。これまでの常識は当てはまらないんです。クラシックも発想を変えたほうがいいんじゃないかと思います。

黒崎 ふむ。つまり、島田さんから見ると、私が言っていること、つまり、「クラシック音楽こそがまっとうで、音楽の基本であり根本である。その他の音楽は派生だ。」このような発想は、歴史的に長いスパンで見ると、ヨーロッパという地域性に根ざしたものであり、かつそれは既に終わっているのかもしれないね、という話ですね。よく分かりました(笑)。

島田 はい。

黒崎 反論もありますけれども、おっしゃりたいことは、なかなか面白い指摘だと思います。

島田 こぶしを効かせるというのは悪いことという見方もあるわけです。少し前のことですが「わだつみの木」という歌でブレイクした元ちとせはご存知ですか。この人はもともと奄美で島唄を歌っていたのです。ものすごい歌唱力で、こぶしを効かせるんです。それがだめかと一時こぶしを封印したのですが、やっぱり自分の原点は島唄であるということでこぶしを効かせた歌を歌ったらヒットした。こぶしを効かせる音楽というのは、アメリカ音楽だけじゃなくて、世界的に見て、民謡など、音楽のヒエラルキーの中では下層と見られているものが多いわけです。でも本当に活力のある音楽というのは、そういうところから生まれてくるものなんじゃないかな。

黒崎 うん、まったく否定、というわけじゃないです。別の視点からいうと、調性の音楽というのがありますね。ビートルズの音楽もそうです。楽譜に書けるというくくりがあります。でもひとつ「アメリカ」という視点で見るということはあると思います。だって我々「ヨーロッパ」中心主義からすると……。

島田 ヨーロッパ中心主義なんて、いま、クラシック音楽愛好家くらいしかないよ。

黒崎 美術愛好家。絵画なんて、皆そうですよ。芸術の発生が良くも悪くもヨーロッパが原点だから。それがピークを過ぎていることも衰えていっているのも、よく分かるけれども、でもそれを鑑賞する、受容ということでいえば、タイムラグはどうでもいいわけじゃない。古い絵画を鑑賞する。いまはオーディオがあるからこそ、古い時代の、ヨーロッパが生き生きとしていた時代の音楽を聴けるんじゃない。

島田 その聴き方が問題だなあ、と思って。

黒崎 かなり直截的な問題提起をされますね……(笑)。

宗教学者・島田裕巳氏(左)と哲学者・黒崎政男氏(右)


次ページ欧米コンプレックスの消滅

前へ 1 2 3 4 5 次へ

この記事をシェアする

  • Twitter
  • FaceBook
  • LINE

トピック: