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黒崎政男×島田裕巳のオーディオ哲学宗教談義 Season2「存在とはメンテナンスである」<第3回>

公開日 2019/01/25 19:26 季刊analog編集部
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ストレージ(存在)とストリーミング(流れ)

黒崎 ところで、今日は、ストレージとストリーミングという話題がもうひとつの大きなテーマです。TIDALなどのクラウド上にある音楽配信サービスで音楽を聴くことと(ストリーミング)、物質として固体化した(ストレージ)レコードを聴く差について考えてみようと。荒井由実を聴きながら、ということで。

島田 そうですね。

黒崎 過去のレコードを今聴き直すっていうのは、一体何をしていることなのかと。私の今の行為……初期盤を一生懸命収集して、1950年代、60年代の演奏を聴くことは、いったい何をしているのか? こんななかで、島田先生が、俺だって昔聴いたのを聴くって(笑)。ということで、ユーミンを聴くことになりました。

黒崎 これお持ちの方っていらっしゃいます? 荒井由実『COBALT HOUR』。3枚目くらい。一番はじめに入っている曲「COBALT HOUR」を聴きます。

〜荒井由実『COBALT HOUR』LPより「COBALT HOUR」を聴く〜
システム:LINN KLIMAX LP12(+URIKAU)、LINN KLIMAX SYSTEM HUB 、LINN KLIMAX EXAKT 350

荒井由実『COBALT HOUR』LP

島田 最新のオーディオで、冒頭の飛行機の音がどう聴こえるのかなと思って。飛行機の音はすごいけど、歌のほうはマスタリングのせいか、エコーがかかり過ぎているのが分かって、昔聴いていた時の雰囲気が全然感じられない。

黒崎 当時こういう装置でかけられることを前提としていなかったんじゃない。ああ、ここでエコーかけた、リバーヴかけた、っていうのが赤裸々。

島田 そう。だから、この場合は「過去」というものを粉砕しちゃう。

黒崎 ある意味ではね。

島田 これは1975年の録音でね、ここからは個人的な話ですが、僕は大学卒業する頃に、大学行きながらヤマギシ会という運動団体に入っていました。高田馬場に会の案内所があって、そこにあったラジカセで、そこにひとつだけあったカセットテープが荒井由実でした。やることがなかったから、繰り返し聴いていたわけ。僕が21歳の頃です。要するに青春真っただ中に関わっているわけです。なのに、今この音で聴くと「何よ〜これ」みたいな。

黒崎 もしかしたら、ユーミンのレコードにも初期盤と後盤の問題があるのかもしれないけど。

島田 黒崎さんは、「アナログは変わらない」って言うじゃないですか。だけどどうですか、これを聴いて。

黒崎 装置が変わったというのもあるよね。

島田 あなたにもこの荒井由実のレコードと同様の体験があったんじゃないの?

過去に収集したLPレコードを初期盤で聴き直す

黒崎 私の場合は逆で、青春時代にずっと聴いていたドイツ・グラモフォン、アルヒーフ・レーベルのバッハBWV1079「音楽の捧げもの」(演奏カール・リヒター、オーレル・ニコレetc.1963年録音)のファーストプレスをつい最近手に入れたんですけれども(興奮)、さらにいい音がしていたの! もう感動して! さっきのユーミンとはまったく逆の体験。バッハの音楽も、カール・リヒターの演奏も、録音もすっばらしいんです。ぜひ、聴いてみましょう。

島田 今聴いた方がすごいんでしょ?

黒崎 いや、当時からもすごかったんですよ。このリチェルカーレが終わった後のカノン。楽器も銘器を使用している。ヴァイオリンとチェロとヴィオラ・ダ・ガンバの組み合わせ。でもこの初期盤の音はほんとにすごい。

〜カール・リヒター(指揮)/『バッハ:音楽の捧げ物』LPより「王の主題による無窮カノン」を聴く〜
システム:LINN KLIMAX LP12(+URIKAU)、LINN KLIMAX SYSTEM HUB 、LINN KLIMAX EXAKT 350

リヒター(指揮)/『バッハ:音楽の捧げ物』LP

黒崎 特に今の作品なんて、極めて精神的な演奏にかかわらず、ほとばしる情感がすごい。今回、聴き直して、また新たな感動があります。知的で数学的な構造をした曲なのに、そこから溢れ出る精神性と情念が同時に襲ってくる。素晴らしい演奏ですね。

私はCDが出てきた時にLPを捨てて、その後SPレコードに行ったので、LPは20年も空白があるんですけれども。2年前リンのLP12をきっかけに再びLPを始めました。昔聴いていたものを全て買い直したわけです。最初は、昔聴いていたのが300円や400円で買える! と思っていたんです。ところが、ふと、オットー・クレンペラーのマーラーの『大地の歌』のファーストプレスを買ってしまった。そしたら、あまりの音の生々しさとリアリティに、びっくり。LPレコードの初期盤という世界へ入っていってしまったんですよね。そしてファーストプレスを聴き続けていくうちに、過去を思い浮かべるとともに、新たな感動を覚えるものがある。

さて、もう一曲。これも若い頃よく聴いたもので、当時それほど良い録音と思っていなかったもの。ジョージ・セル指揮、ロベール・カサドシュのピアノでモーツァルトの「戴冠式」というピアノコンチェルト。有名なレコードなので、お持ちの方も多いと思います。こんなにピアノの響きが愛らしい音だったか!と驚いたんです。ではこの、26番の方の3楽章を聴きましょう。

〜セル(指揮)、カサドシュ(ピアノ)『モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番「戴冠式」』LPより第3楽章を聴く〜
システム:LINN KLIMAX LP12(+URIKAU)、LINN KLIMAX SYSTEM HUB 、LINN KLIMAX EXAKT 350

カサドシュ(ピアノ)『モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番「戴冠式」』LP

黒崎 私が青春時代に聴いていた印象はもっと荒々しくて、こんなに細やかに軽やかに弾いていたとは思わなかったんです。これは非常に嬉しい体験でした。初期盤を手に入れてから、何回も何回も聴いているんですよ、気持ち良くて。

カサドシュのレコードへの思いのたけを語る黒崎氏

島田 ……。

一同 (笑)


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