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インタビュー

『アイアン・フィスト』世界同時配信イベント

Netflix本社でヘイスティングスCEOにインタビュー。「バッファリングという言葉をこの世から無くしたい」

山本 敦
2017年03月21日
Netflixオリジナルコンテンツの最新作『アイアン・フィスト』のオンライン配信封切りに合わせて、Netflixのテクノロジー、並びにコンテンツ製作への取り組みをジャーナリストに公開する本社ツアーが3月15日・16日の2日間にわたって開催された。

アメリカのNetflix本社を訪問。コンテンツ製作やテクノロジーの舞台裏を取材した

大きなビルが7棟立ち並ぶ広大なNetflix本社の敷地

筆者もこのイベントに参加することができたので、初日に行われたドルビー・ラボラトリーズへのツアーに加えて、本稿を含む2回のレポートでNetflix本社を訪問した取材レポートをお届けしたい。

全世界190以上の国・9300万人以上に向けて配信するNetflix

今回ジャーナリストが招待された場所は、Netflixが米カリフォルニア州のロスガトスに構える本社。アメリカの中でも上位に数えられるアッパークラスの街であるロスガトスには、サンフランシスコ国際空港から車を約1時間飛ばすとたどり着く。Netflixが構える7つの大きな本社ビルディングは、静かで緑に恵まれた街並みに溶け込むように建っている。

カリフォルニア州ロスガトスの雄大な自然の中にNetflixの本社がある。社員はマイカー通勤のほか、市街地からのシャトルバスによる送迎サービスも用意されている

ロスガトスは、1997年に創立したNetflixを育んできた場所だ。当時、現在のCEOであるリード・ヘイスティングス氏と、ソフトウェア会社の役員だったマーク・ランドルフ氏が、共同でオンラインDVDレンタルサービスを起業。安価な月額料金でDVDが無制限にレンタルできるNetflixは、どこへ出かけるのにも車が必要なアメリカの広大な土地に暮らす人々にとって、自宅で手軽にエンターテインメントが楽しめるサブスクリプションサービスとしてヒットした。

会員それぞれの評価に基づき、好みに合わせた映画のオススメ情報が届くレコメンドシステムも2000年に導入。現在のオンラインをベースとしたNetflixのサービスの土台が徐々に固められていく。

2007年にはPCで映画やドラマが視聴できるストリーミングサービスを開始。直後の2008年にはXboxやBDプレーヤー、STBなどマルチデバイス展開への第一歩も踏みだし、現在のインターネットをベースにした動画配信のビジネスモデルへと大きく舵を切る。

現在、日本国内ではPCのほか各社のインターネット接続機能を備えるスマートテレビ、BDレコーダーなどのAV家電、Apple TVやChromecastなど外付けストリーミング機器、スマホやタブレットなどモバイル機器のほか、PlayStation、Wii、Xboxなどゲーム機器などで広くNetflixが楽しめる環境ができあがっている。

Netflixは動画コンテンツの内製にも力を入れている。2012年には初の“Netflixオリジナル作品”を製作。2014年には映画のオリジナル作品を手がけ、劇場と同時のオンライン配信を実現させた。この年にはオーストリアやベルギー、フランス、ドイツなどヨーロッパの主要国でNetflixの配信がスタートする。

日本にNetflixが上陸したのは、まだ記憶に新しい2015年秋のこと。オリジナルドラマ『火花』、人気のリアリティーショー『テラスハウス』に代表されるような日本発のオリジナルコンテンツも続々と誕生している。

2016年には130カ国でのサービスインを実現し、2017年現在では全世界190以上の国・9300万人以上の会員がNetflixを楽しめる環境にある。Netflixのコンテンツが毎日視聴されている時間は、1億2500万時間以上にものぼる。

優秀なスタッフたちが伸び伸びと働くNetflix本社のオフィス

今回のツアーに参加したジャーナリストは、かなり自由にNetflixの本社内を見学することができた。筆者も開放的な仕事環境を目にして、全米屈指のテックカンパニーの器のデカさを思い知らされた。

Netflixの本社ビルは「A」から「G」まで7つのビルに分かれている。AとBがNetflixのはじまりの頃に立てられた西洋風建築のビルで、C以降のビルはコンテンポラリーな様式に統一されている。Fは今年の1月に竣工したばかりで、Gは3月20日オープンを予定している。

創業当時のビル「A」「B」と新しいC以降のビルの敷地が川を隔て離れているので、それぞれのビルの間を移動する手段として社員が自由に使えるカートも用意されている

どのビルも背丈は4階建て前後のビルなので、周囲の美しい景観を壊すことなくロスガトスの街に馴染んでいる。この広大なスペースにヘッドクオーター機能のほか財務・経営管理のオフィスがあり、そして何より数多くのエンジニアをはじめとするテクノロジーサイドのスタッフが働いている。その数は現在も急速に膨らみながら1800人前後に増えているそうだ。

それぞれのビルは、例えばゲストを迎えるレセプションを構える「E」は“ノースアメリカ”といった具合に世界各地域のエリア名で呼び分けられている。レセプションエリアに訪れると、Netflixが受賞したアカデミー賞やエミー賞の煌びやかなトロフィーが数多く並んでいた。

レセプションには数々のトロフィーが並ぶ

レセプションを抜けてさらに建物の奥の方に足を踏み入れていくと、従業員のためのミーティングルームが数多く並んでいる。こちらの部屋もひとつずつ名作映画のタイトルで呼び分けられている。自分がNetflixの社員なら、自分の好きな映画のタイトルが付いた部屋に毎日入り浸ってしまいそうだ。

社員の共有スペースはデザインもユニーク。ミーティングルームはそれぞれに名前とコンセプトが付けられている

社屋にはもちろん、大小数々のラボがひしめき合っている。「Netflix推奨テレビ」のパフォーマンスを検証する時などに使われる、電磁波が完全に遮断できる専用室「SHU」など特殊な機能を持つ部屋も多い。

一切の電波干渉を遮って機器のテストができる検査室「THE SHU」

スマホやタブレット、スマートテレビにゲーム機などNetflix対応機器の動作検証をサポートする特別室もある

レセプションと同じ「E」棟の1階には、Netflixの視聴対応デバイスに精通する特殊部隊「N.E.R.D.S(Netflix Emergency Response Desktop Support)」のサポート設備が固められている。

社員は皆、一人ずつ与えられているデスクのほかにもカフェテリアや共有スペースなど自由に場所を行き来しながら仕事ができる。飲食物も常に無料で提供されているので、Netflixの社員たちは一様に、とにかく会社に出てくれば食うことには困らないのだという。羨ましい限りだ。

それぞれのビルにリッチなカフェテリアがある。真新しいビル「F」のカフェテリアは壁にオリジナル作品のキャラクターをペイントしている


飲み物・食べ物はテイクフリー。もっとも東京のオフィスのように歩いて行ける距離にコンビニや食事処があるわけではない

なおNetflixは福利厚生にも力を入れている。男女ともに産休は1年間与えられ、その間の俸給は満額が支給される。ダウンタウンからの通勤はシャトルバスによる送迎もあり、EV通勤の社員のために充電ステーションも設ける。ほかにも細かなところでは、社員はPC用のペリフェラル機器が必要なら自販機で買えば無料で補充できる。

広々としたオフィスで働くNetflixの従業員。パソコン周りの備品なども社員は無料で提供される

CEO・ヘイスティングス氏が語る「ユーザー本位」の成長戦略

本社ツアーに集まったジャーナリストをCEOのリード・ヘイスティングス氏が出迎え、Q&Aセッションにも応じながらNetflixの近況を語った。

NetflixのCEO リード・ヘイスティングス氏

ヘイスティングス氏は「テレビの誕生により、人々はわが家で映像エンターテインメントを楽しめるようになりました。ところが、直近の10年前後で高速インターネットが全世界に普及してから、動画視聴のパラダイムシフトが起きています。映像コンテンツは毎日・毎週決められた時間に放送されたものを視聴するのではなく、私たちがいつでも見たい時に見られる『オンデマンド型』視聴スタイルが当たり前にものになりました。私はこのオンデマンドのスタイルこそが、人々にとってより自然な動画の楽しみ方だと考えています」と思いを述べた。

Netflixの挑戦は「インターネット動画を視聴する際にストレスに感じられる“バッファリング”という言葉をこの世から無くしてしまうこと」であるとヘイスティングス氏は続ける。

「当社が2007年にオンラインストリーミングを始めた頃は、まだWindows PC用のアプリケーションからコンテンツをマウスでクリックして、いくつかのTVショーを見られるという時代でした。今ではスマホやタブレットを使って、ユーザーの視聴環境に自動で最適化された動画ストリーミングを楽しめる時代になりました」。

「ユーザーの方々が、どんな環境でもなるべく良い画質で、バッファリングなどの再生エラーに悩まされることなくご利用いただける環境を整えていますが、やはり私たちの究極的な目標は“バッファリング”という言葉を遠い過去のものにしてしまうことだと考えています。近い将来には、今日集まっていただいた皆さんが子供たちから『バッファリングって何?』と聞かれることになると思いますよ」。

Netflixが常日頃から注力しているテーマとして掲げている“パーソナライゼーション”と“ユーザーインターフェース”についてもヘイスティングス氏は「それぞれインターネットのパワーを最大に活かしてこそ体験を改善できるもの」とコメントしている。具体的な取り組みについては、各担当のスペシャリストたちによるセミナーで語られた内容を、あらためて別項で報告したい。

「Netflixは、世界で最も先進的なコンテンツスタジオであり、テクノロジーの企業でもあります」とヘイスティングス氏は強調している。「よくNetflixはどちらの方向に進みたいのか?と訊ねられることがありますが、私は優秀で成長性に富む企業にとって、複数の特徴を高次に融合しながら伸ばすという視点を持つことがとても大事だと考えています」というヘイスティングス氏。ツアーのQ&Aでも、Netflixのコンテンツ戦略に関連する質問が多く投げかけられた。

「映画産業に進出する計画」についての質問に対して、へイスティグス氏は「直近の20〜30年間のあいだ、テレビ産業に比べて映画産業の革新は乏しく、エコシステムも確立されてこなかった」と指摘。映画産業のコンテンツクリエイターと対立する考えはないとしながらも、「カギを握るのはインターネットの時代に合わせたデリバリーシステムを構築することだと思います。そこに何らかの提案はしてみたい」と回答した。

Amazonプライム・ビデオやYouTubeなど、他社の動画配信サービスとのライバル関係について訊ねられたヘイスティングス氏は「これだけ数多くの仕事とエンターテインメントに日々囲まれているコンシューマーの“可処分時間”を考えた場合、Netflixのライバルは他社の動画配信に限らず、より広い目線でSNSサービスや音楽、ゲームなども含まれていると捉えるべき」と切り返した。そのうえで、まだ多くの人々に動画視聴の魅力を伝え切れていないとしながら、「これまで通り、ひたむきにコンテンツやユーザーインターフェースの使い勝手など、Netflixのすべての要素を磨き上げていくことが肝要です」とコメントした。

先ごろスペイン・バルセロナで開催された「MWC2017」の基調講演に登壇したヘイスティングス氏は「2017年にはコンテンツ製作に60億ドルを投じていく」と宣言している。さらにテクノロジー側の開発・改善については10億ドル以上の予算を確保したという。

「コンテンツに関する予算については、これから新規にオリジナルコンテンツをつくるためだけでなく、世界190カ国のユーザーが、Netflixのリッチコンテンツをどの地域にいても楽しめるような環境を整備することにも使いたいと考えています。例えば、いま北米とカナダだけで楽しめるディズニー系のコンテンツは、世界各国で期待の声が多くあることもわかっています。グローバルでの配信権利のまわりをクリアにするためには色々なことに取り組まなければなりません」。

ユーザーが物語を視聴しながらストーリー展開を選択したり、コンテンツに対してインタラクティブに働きかけることができる動画コンテンツについては、現在、教育系のタイトルを実験的にひとつ製作して反響をうかがっているという。

ヘイスティングス氏は「Netflixはコンテンツ、ユーザーインターフェースなど全てを改善していくためにユーザーの視点をとても大事に考えています。インタラクティブコンテンツについてもユーザーが必要とするものなのか、あくまでユーザー本位の目線に立ちながら慎重に検討していきたい」とジャーナリストからの質問に答えた。

『アイアン・フィスト』の世界同時配信解禁。盛り上がったカウントダウンイベント

本社ツアー2日目のクライマックスには、作品の舞台のイメージに合わせて華やかに飾られたNetflix本社内の特別会場「War Room」で『アイアン・フィスト』の世界同時配信のカウントダウンが実施された。このように大がかりなローンチイベントは、Netflixとマーベルがタッグを組んだ最初の作品『デアデビル』以来になる。

深夜に行われた『アイアン・フィスト』の解禁イベント。イベントに集まったジャーナリストや関係者たちで大いに賑わった

『アイアン・フィスト』は当初世界22カ国の言語で配信される。会場には17日午前0時の封切りに備えて、各地域ごとにローカライズされたNetflixのプラットフォームを映した大型テレビが並べられた。

またNetflixのエンジニアもひときわ真剣な面持ちでノートPCの画面に表示されるグラフをチェックしていた。配信開始の前後にトラフィックが問題なくさばけているか、レコメンド機能が正確に動作しているかなど、デバイスごとの動向をリアルタイムにチェックするために集まっているのだという。

深夜0時の解禁までのトラフィックをモニタリング。Twitterでの反響なども担当者がチェックしている

Netflixの山真紀氏は、日本法人とも密なコミュニケーションを重ねながら、日本向けのユーザーインターフェースや配信まわりの技術などローカライゼーションを担当している。「日本でNetflixを愛用いただくユーザーの方々に最高の体験をお届けできるように、操作画面のフォント表示、サブタイトルのリップシンクなど細かなチューニングを日々改善しています」と山氏は語ってくれた。

Netflixのエンジニア、Rex Lam氏(左)と日本向けのコンテンツのローカライゼーションを担当する山真紀氏(右)

主演のフィン・ジョーンズも『アイアン・フィスト』の配信開始をビデオメッセージで祝福。やがて午前0時の配信スタートを迎えて、会場は最高潮にヒートアップした。

深夜0時を迎えて『アイアン・フィスト』が解禁。一気にアクセスが押し寄せた


主役のダニーを演じるフィン・ジョーンズもお祝いのビデオメッセージを寄せた

日本の配信も無事にスタートした

今回のツアーはNetflixの中核を支えるスペシャリストが、最新のテクノロジーをいくつかのテーマに分けてジャーナリストたちに紹介するセミナー形式で行われた。わずか1日の間にびっしりと詰め込まれた各セミナーの詳しい内容については次回のレポートでお伝えしたいと思う。

(山本 敦)

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