SHUREはマイクやインイヤーモニターなどのトップブランドとして確固たる地位を築いている。その技術とノウハウから生まれた高遮音・高音質イヤホンでもまた、その分野を代表するブランドとして知られるようになった。そのSHUREがついにヘッドホン市場に参入した。

同社には以前から「ヘッドホンも作って欲しい」という要望が多数寄せられていたという。期待の声が大きければ大きいほど、製品の開発にはプレッシャーがかかるはず。その開発は生やさしいものではなかっただろう。逆に考えれば、「期待を裏切らない」と自信を持てる製品が完成したからこその、発表であったはずだ。それでは早速チェックしていこう。

ラインナップは一挙4モデル。全モデルともプロ向けの製品だが、プロが求める音質や耐久性、使い勝手を満たした結果、我々オーディオファンにとっても魅力的な製品となっている。

なお今回発表された各モデルの心臓部、ドライバーユニットは全て同社製だ。良質な部材のセレクト、高精度な組み立て、各段階で繰り返されるヒアリングによって、同社の基準を満たすサウンドが作り上げられている。

まずは「プロフェッショナル・モニター・ヘッドホン」と銘打たれた3モデルから見ていこう。


シリーズのエントリーモデル「SRH240」
SRH240はラインナップのエントリークラスという位置づけで、ラインナップの中で最も軽量。ケーブルも短めで、ポータブルユースにも使いやすそうなモデルだ。装着感も他モデルより軽い。耳全体を覆うタイプのイヤーカップはスタジオでの音漏れを防ぐためだが、同時に遮音性も高めている。これらの特徴は屋外リスニングにおいてもうれしいポイントだ。他モデルより小型軽量でありながら、ドライバー口径は他モデルと同等の40mmを確保。小型軽量化のために音質を犠牲にするような仕様にはしていない。

 

実際の音の印象だが、クリアで抜けの速い音像が、爽快な音場を生み出す。ライブ演奏の空気の濃密さは少し薄れるがその分、見通しが良い。客席の雰囲気、咳払いなどまで細々と伝えてくる律儀さは、さすがモニター機といった印象だ。ドラムスの配置の立体感、シンバルの適度なシャープさといったあたりも精密感のある描写だ。

ウッドベースの低いポジションでの弾むようなラインにもしっかり追従し、音程や感触をしっかり届けてくれる。タム類もよく弾み、心地よく抜ける。全体的な厚みや重みは上位モデルには及ばないが、上から下まで帯域バランスには癖を感じさせない。これなら音場全体も、ひとつひとつの音像も、それぞれ的確に捉えることができる。モニター用として適正な音でありながら、リスニングでも十分に楽しめる音だ。


SRH440とSRH840は、筐体が放つ雰囲気からして、明らかにプロ仕様。重厚なルックスが実際の頑丈さをうまく表現している。またケーブルとイヤーパッドは取り外し・交換が可能。過酷な現場で傷みやすい部分を交換可能としたロングライフ設計だ。ケーブル端子部にはロック機構が備えられており、不用意には抜けない。

 
プロ用モニターならではの頑丈な構造とデザインを備える「SRH440」  

SRH440の雰囲気を踏襲しつつも、より高級感と快適性を高めた「SRH840」

イヤーパッドは厚みと柔らかさを増しており、音漏れはさらに少なく、遮音性も高めており、長時間使用時の疲労軽減にも配慮している。SRH840はヘッドバンド裏のクッションも厚みを増し、重量は増えているにもかかわらず、それを打ち消すだけの快適性を実現している。プロの道具には音質だけでなく、長時間・長期間の利用における装着感や使い勝手の良さなども求められる。その点にもしっかり応えていると評価できる。

 
SRH840はヘッドバンドの厚みを増しており、長時間の使用でも快適な装着性を維持する   SRH440/840はケーブルの抜き差しが可能で、ロック機構も備えている


SRH440の音は、SRH240のクリアネスはそのままに、「さすが上位モデル」と膝を叩きたくなる美点がいくつか加わる。アコギの弾け方は軽く、倍音域は適度にきらびやか。シンバルは鋭さも残すが、しなやかさも得たリッチな響きだ。

中低域の力強さは明らかに上回る。ウッドベースには身の詰まった重みが加わり、実体感がぐっと強まる。アタックのゴリッとした圧力もさらに高まる。ドラムスは皮の抜けに加えて胴の響きが太い。それらが合わさり、リズムのドライブ感が強烈さを増す。ボーカルも厚みを増し、より肉感的。声が、歌い手の胸のあたりで響いているように感じられる。

音の印象を一言で表すならば「ダイレクト感」だろうか。モニター機として正当派。それでいて味気のない、つまらない音にはしておらず、前述のようにリッチな響きや歌声の深みも感じられる。バランス感覚の良さを感じさせる仕上がりだ。


SRH840(写真)とSRH440は片耳モニターや本体の折りたたみにも対応。イヤパッドも交換できる
フラグシップモデルのSRH840はどうだろうか。まずは音場の濃密さが印象的。音場の余白を満たすかのように、音の粒子を全体に拡げる。その成分がもたらすリッチな感触は、高域はもちろん中低域にも及ぶ。それでいて過剰な装飾という感じはしない、上質な豊かさだ。特にシンバルの粒子は微細に、豊富に感じられる。こういった細かな成分までの描写が、前述の濃さにつながるのだろう。

音色の印象も「濃い」と言い表せる。音像が適度な大きさを保ったまま、重みを増すのが良い。この特徴によって、ひとつひとつの音の密度、説得力が高まる印象だ。ベース、ドラムスの各パーツの音色がそのように重みを増すため、リズム全体の重量感もぐっと高まる。

女性ボーカルの柔らかさ、それが纏うふわっとした響きなども、本機が強みを発揮するポイントだ。ワイドレンジでありつつも、特に重要なミドルレンジの表現力も抜け落ちていない。

まとめてみると、「いかにもモニター機らしい音」なのはSRH440だろう。クリアでダイレクト感のある音調だ。一方でSRH840は、モニター機としての素養は備えつつも、レンジ感の広さや中低域の厚み、音場の濃さ、音色の適度な柔らかさなど、もう一歩踏み込んだ音と感じる。オーディオに近い感触と言ってもよいかもしれない。単純にラインナップでの上下(価格差)で選ぶのではなく、両者の傾向の違いを理解した上で選択したい。


メカニカルなデザインとゴールドの本体色がクラブでも映えそうな「SRH750DJ」
さてラインナップにはもうひとつ、DJ向けのSRH750DJが用意されている。デザインも大きく異なり、片耳モニターにも対応するなど、プロDJが求めるデザインと仕様を満たしている。本体の頑強さやケーブルおよびイヤーパッドが交換可能な点は、SRH840/440と共通だ。

ドライバーユニットは、このモデルだけ50mmと径が大きい。DJが求める低域側の応答性をクリアするためだろう。他モデルを圧倒する最大許容入力(3000mW)もまさしくDJ仕様である。

高域方向のクリアさは、ラインナップ中でも特に秀でていると言える。シンバルのカツコツという硬い芯の存在、ベル系の音色の輝きが音場に飛び散る様子などから、様々なニュアンスを感じ取れる。

低域は過剰には持ち上げていない。ウッドベースはむしろ抑えの効いた描写だ。エレクトリックは腰の強さを増す。いずれにしても、大口径ドライバーを、量感よりも質感を高める方向に用いていることに好感を持った。

DJ向けということで特殊な音作りなのかと想像していたのだが、偏見あるいは杞憂だったようだ。ストレートな高音質ヘッドホンとして紹介できる。ラインナップの中で、オーディオファンにとってのダークホースかもしれない。

 
DJ用モデルだけにSHUREロゴも大きく目立つようにプリントされている   SRH840/440と同様、SRH750DJも折りたたんで持ち運びできる

全モデルに共通する長所として、密閉型にしては音場の窮屈さや圧迫感が少ないことも特筆しておきたい。長時間のリスニングでは、特にその恩恵を感じられるだろう。

こうしてしばらく聴いていると、これらの製品がプロ向けのものである(オーディオ向けのものではない)ということなどは、全く気にならなくなる。想定用途など関係なく、ただ良質なヘッドホンだと感じられ、あとは楽しむのみだ。

一方、頭から外して手にすると、その頑強さや質感はまさにプロ機のそれであり、安心感がある。交換可能なケーブルやイヤーパッドも、その安心感をさらに高める。今回、プロからの高い評価を得るだろう製品群を試してみたわけだが、我々オーディオファンとしても見逃す手はない。高音質な密閉型ヘッドホンに、有力な選択肢が一挙に4つも登場したのである。


SRH240
●型式:密閉ダイナミック型 ●ドライバー口径:40mm ●感度(1kHz):105dB/mW ●再生周波数帯域:20Hz〜20kHz ●最大許容入力(1kHz):500mW ●インピーダンス(1kHz):38Ω ●入力コネクター:3.5mmステレオミニプラグ(金メッキ) ●ケーブル:両出し2mストレートコード(脱着不可、OFC) ●質量(ケーブル除く):約181g ●付属品:標準プラグアダプター(ニッケルメッキ)
 
SRH440
●型式:密閉ダイナミック型 ●ドライバー口径:40mm ●感度(1kHz):105dB/mW ●再生周波数帯域:10Hz〜22kHz ●最大許容入力(1kHz):500mW ●インピーダンス(1kHz):44Ω ●入力コネクター:3.5mmステレオミニプラグ(金メッキ) ●ケーブル:片出し3mカールコード(脱着式、OFC) ●質量(ケーブル除く):約272g ●付属品:標準プラグアダプター(金メッキ)、キャリングバッグ、3mカールコード
   
SRH840
●型式:密閉ダイナミック型 ●ドライバー口径:40mm ●感度(1kHz):102dB/mW ●再生周波数帯域:5Hz〜25kHz ●最大許容入力(1kHz):1000mW ●インピーダンス(1kHz):44Ω ●入力コネクター:3.5mmステレオミニプラグ(金メッキ) ●ケーブル:片出し3mカールコード(脱着式、OFC) ●質量(ケーブル除く):約318g ●付属品:標準プラグアダプター(金メッキ)、キャリングバッグ、3mカールコード、交換用イヤーパッド(1組)
  SRH750DJ
●型式:密閉ダイナミック型 ●ドライバー口径:50mm ●感度(1kHz):106dB/mW ●再生周波数帯域:5Hz〜30kHz ●最大許容入力(1kHz):3000mW ●インピーダンス(1kHz):32Ω ●入力コネクター:3.5mmステレオミニプラグ(金メッキ) ●ケーブル:片出し3mカールコード(脱着式、OFC) ●質量(ケーブル除く):約227g ●付属品:交換用イヤーパッド(1組)、3mカールコード、標準プラグアダプター(金メッキ)、キャリングバッグ
 

取材・文/高橋 敦

埼玉県浦和市(現さいたま市)出身。東洋大学哲学科中退。大学中退後、パーソナルコンピュータ系の記事を中心にライターとしての活動を開始。現在はデジタルオーディオ及びビジュアル機器、Apple Macintosh、それらの周辺状況などに関する記事執筆を中心に活動する。また、ロック・ポップスを中心に、年代や国境を問わず様々な音楽を愛聴。 その興味は演奏や録音の技術などにまで及び、オーディオ評に独自の視点を与えている。