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音づくりと聴かせ方の工夫で場の印象すら操作する

“聴景”とは何か。心地よい空間を創る音とは? 神山健太氏のスタジオを訪ねる

公開日 2026/09/03 06:30 遠藤義人
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オフィス、ホテル、住宅、医療施設など、空間ごとに最適な “音の風景” を設計する “聴景デザイナー” の神山健太さん。音で居心地のいい環境を作るためにどのような考え方でどのような工夫をされているのか、そもそも神山さんその人はどんな方なのだろうか? 聴覚にまつわる不思議を探究している身としては話を訊きに行かずにはいられず、都内のスタジオにお邪魔した。

神山聴景事務所 聴景デザイナーの神山健太さん

快適さ・過ごしやすさをつくる聴景デザインの手法とは

都内の一角。株式会社聴景デザイン代表の神山健太さんのスタジオには、音楽制作を行うためのPC一式とともに、レコードジャケット、そしてベースなどの楽器が置かれていた。そう、神谷さんはもともとミュージシャンである。

そんな神山さんが事務所を立ち上げ、聴景デザインを本格的に稼働しはじめたのは、2019年頃。きっかけは、立川駅の北口から昭和記念公園へと繋がる一帯に広がる半屋外の複合施設「GREEN SPRINGS」に関わる案件だった。

「あれは結構難しかったですね。そもそも屋外で音楽を作ることは想定していなかったんですよ。今まで通り音楽を作ってもあまり響かないことが想定されました。また、建築デザイナーの方が植栽をとても大切にしていて、それを汚すような音にしないでほしいという要望がありました。端的に言うと、一般的なクラシックやジャズといったものは空間に調和しないからNGだったんです。

「GREEN SPRINGS」https://greensprings.jp/

もっとも、僕の音楽にはもともとそういう要素はありません。自然音や周囲の環境に調和するような周波数帯や音色、音量にこだわって制作しました。大切なのはそこに居る人たちが快適で心地よくに過ごせるようにすること。その意味で、音が目立っちゃいけないんですね」(神山さん)

2023年11月、東京・天空橋にグランドオープンした羽田イノベーションシティ(HICity)にあった「AI_SCAPE(アイスケープ)」も。コックもウェイターもロボットという実験施設で、この場所はプレス内覧会に私も参加していた。

取材当時はまったく意識していなかったのだが、偶然にも、神山さんがサウンドデザインを手掛けていたと知った。確かに厨房はたくさんのロボットが忙しなく稼働していたにもかかわらず、楽しく居心地がよかった記憶しかない。

羽田イノベーションシティ(HICity)内「AI_SCAPE」https://ai-scape.jp/

「そういうご感想であれば狙い通りです。体験型レストランだったので、明るくて踊れそうな感じの音楽にしました。奥の方にロボットがたくさんあり、アーム音がやや耳障りだったんです。

そこで、あの場所だからこそ楽しめる音響的な工夫を考えるために、まず一旦あのアームの音を録音したのを覚えています。ビーっという動作音を録音して音源に組み込んだんです。録音した音で消すのではなく、むしろ音源に入れ込むんですよ。

毒をもって毒を制する手法をとると、本物の音なのか音源なのかわからなくなります。生音をそのまま使うのではなく、いわばサンプリングしてノイズを組み込んだ音源を作り、それで作曲するんです」(神山さん)

フィールドレコーディングなどとは異なり、録音した音をそのまま使うことはほぼない。何度も聴き直しては作曲家として脳内で再編集して、シンセサイザーなどで表現する。そのため、スタジオ制作で7割方完成したところで、曲を現場に持参して流し、効果を確認しながら繰り返し再編集して仕上げる作業が残りの3割を占めるのだという。地道な作業だ。

「タイムリミットギリギリまで削っていく。ちょうど、彫刻刀で作品を仕上げていくイメージです」と神山さん。

スタジオの様子

ステレオは活用すれば場の印象を操作できる

もうひとつ面白いのは、ステレオで音源を作成し、各チャンネルを離れたエリアに配置する手法だ。

「音源は原則としてステレオで制作します。そのうえで、2本のスピーカーの設置場所を検討します。たとえばHICityなら、ひとつをロボットの近くに置いて、もう一つは人が食事するテーブル側に置き、両者の音量を可変できるようにするんです。

すると、ロボット側のスピーカーの音量を高めにすることでアームなどの動作音がマスキングされます。一方、テーブル側は会話もしやすくなり、音量をさほど上げなくて済むようになるのです」(神山さん)

この方法なら、最小限2本のスピーカーを駆使することでステレオ音源を空間に合わせて自由自在に配置できる。ホームオーディオの世界では、リスニングポイントを先に設定して、その位置で最適な音場を造るためにマルチチャンネルを構成する。対して聴景デザインにおいては、そこで過ごす人の気持ちに寄り添い聴かせ方を工夫することで、空間の印象自体を変えてしまう。

建築の構造を変えなくてもカーテンの引き方を変えるだけでインテリアの印象が変わるといったような、照明のゾーニングと調光の考え方に近い。音には、目に見えない形で、場の印象を一変させる力があるのだ。

「僕も色々試行錯誤して見つけた手法です。店舗のほかオフィスでもそうですが、多数の人が入れ替わり立ち替わり訪れる空間にステレオで流すという考えは、一般的にはほとんどありません」(神山さん)

商業施設の館内では、緊急放送などのためにスピーカーが必要だとしても、たいていモノラル。もちろんホームオーディオでも、スピーチをしっかり伝えるなどモノラル音源の良さが際立つことはある。しかし2chステレオが主流なのは、人の耳がふたつあることによる方向感や立体感、広がり感といったステレオ効果を求めるからである。

そういった考えに囚われている身からすると、聴景デザインの駆使するステレオ音源の制作と配置の手法は新鮮だ。2chの有効活用により、表現の幅も広がり、様々な空間ごとのカスタマイズがしやすくなる。

様々な現場を取材すると、建築環境における音に対する意識が希薄で、重要性自体が理解されていないと感じることが多々ある。それは先に述べたとおり、音がインテリアデザインのように目に見えないことに加え、言語化するにしても感性の領域での空中戦になりかねないからだと思う。神山さんも指摘する。

「啓蒙活動しなきゃいけないのですが、日本では良し悪しの判断材料がデータになりがち。でも、データはあくまで検討材料にしかならなくて、聴景デザインの成否は、感性のあるお客様とコミュニケーションを密に取ることができるかに掛かっています。あるプロジェクトで上手くいった事例がすでにあったとしても、それがほかのお客様の空間にそのまま当てはまるとは限らないのです」(神山さん)

ホームシアターのカスタムインストールもまさにそうで、そのひとのその空間に合わせた素晴らしいエンターテインメント空間を作ろうとするなら、絶対にパターン化できない。しかし成功したならば、感性のある人は必ず満足してくれる。

「今年の春、リビタさんと『音の借景』というリノベーション住宅の『音のインテリア』を手掛けました。そこでは、その部屋専用の音楽も制作したのです。内覧用にmp3音源をメモリで渡していたのですが、高額物件にも関わらず驚くほどすぐに売れてしまい、慌てて音源をCDに焼いて提供しました。住宅に合わせた音楽というものが一定の評価を受けたのが、とても感慨深かったです」(神山さん)

リビタ「音の借景」(朝日広尾マンション) https://sumai.rebita.co.jp/case/asahi_hiro/

ルーツはアンビエントミュージックと建築への憧れ

神山さんが聴景デザインを担うに至った経緯を改めて尋ねた。

「僕はもともとアンビエントミュージック(環境音楽)を制作していました。すると次第にイベントのBGMを作ることも増えて、その延長線上で、飲食店などの商業施設の空間に合う音楽を依頼されるようになったんです。

そこで気づいたのは、内装が洗練されている店舗は多いのに、そこで流れている音楽は有線放送など一般的な音楽をBGMとして流しているだけだということでした」(神山さん)

なぜ神山さんは、空間との関係で音楽を意識することになったのだろうか。

「空間における音楽のあり方に強く惹かれていた理由を自分なりに分析してみると、幼少期の建築に対する憧れみたいなものが影響しているのかもしれません。小学校低学年の頃に将来の夢として、レゴブロックで建物を作ると宣言をしていたぐらいなので。

そんな経緯もあり、自分がやってきたアンビエントミュージックと称されるジャンルの音楽が、もしかしたら、もともと空間向けとして作られてきた、そういう概念の音楽でしたので、結びついたのかもしれません」(神山さん)

そもそもアンビエントミュージックをやることになったきっかけを尋ねた。

「学生時代に、親が持っていたベースでバンド活動を始めました。それこそ親の影響で、R&Bやジャズ、とくにブラックミュージックが好きになりました。電子音楽ももちろん好きだったので、卒業してから電子音楽を聴く機会が増えていく中で、アンビエントミュージックと出会ったんです。

それまで、ビートのある曲ばかり聴いてきた僕にとって、ブライアン・イーノのようなビートがなくてもちゃんと楽曲として成り立っている作品は、大きな衝撃でした。無限に表現できるのがすごく面白いなぁと。ですからはじめから、ジャンルを決めつけたことはなかったんです。

そうして曲の制作を始めたのが20歳ぐらい。できあがった作品を音楽の趣味が合う友達に聴かせたら『意外といいじゃん。ちょっと続けてみなよ』と言われ、その表現方法が軸になっていまの創作に繋がっている感じがします」(神山さん)

神山さんの曲はApple MusicやSpotifyでも聴ける。実際に聴いてみると、当然だが、聴景デザインの作品とは大きく異なる。

「もちろん、僕のバックグラウンドの影響はあると思いますが、そもそも曲を作る出発点が違いますから。自分が言いたいことを表現するのと、お客様のために創るという動機・目的がまったく違います。2割ぐらい自分の要素が入っていればいいかな、ぐらいで。もっとも、僕の音楽を知っている人が聴くと『あのサウンド、神山さんっぽいね』と言われます」(神山さん)

単なるBGMではない、この環境に居る人のためにカスタムメイドしたアンビエントミュージック。ポップスや大衆化を否定するものではないが、今後もリノベーションの住宅や商業施設のほか、コロナ禍やビルの老朽化に伴う建て替えなどで需要が高まっているオフィス環境でも、神山さんの “目立たない” 音楽が広まっていくことだろう。

また、8月27日にこれまで制作した環境音楽をまとめたアルバムもリリースされたのでお聴きいただきたい。

[環境音の風景(商業施設 ver.)]SpotifyApple Music
ショッピングモールやラウンジ、屋外広場など実際にこれまで商業施設へ提供した楽曲を再編成した全10曲のアルバム。空間に寄り添い、人の流れや周囲の音と調和することで、心地よい体験を生み出すための作品集を制作した。空間ごとに異なる役割や雰囲気に合わせて設計された、多彩なサウンドスケープを収録
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