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連載「米谷紳之介が旧作から選ぶオススメの1本」

BD『ストレイト・ストーリー』、カルトの帝王が描く“老い”の美学。デヴィッド・リンチを偲んで

公開日 2026/06/08 06:30 米谷紳之介
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映像ソフトがVHSからDVD、Blu-rayへと進化するなか、過去の名作映画もそれぞれのパッケージで発売されてきた。そんな旧作ソフトの中から、米谷紳之介氏が特におすすめする作品をご紹介。今回お届けするのは現在発売中の『ストレイト・ストーリー』(BD)。何年経っても色褪せない名作の魅力をホームシアターで再発見しよう。

 『ストレイト・ストーリー 4Kリマスター Blu-ray』

IVBD-1358 6,380円(税込) アイ・ヴィー・シー

●製作:1999年/米 ●ジャンル:洋画ドラマ ●監督:デヴィッド・リンチ ●出演:リチャード・ファーンズワース、シシー・スペイセク、ハリー・ディーン・スタントン ●本編ディスク:112分、スコープ ●本編音声:英語DTS-HD Master Audio 5.1ch、日本語Dolby Digital 2.0ch 字幕:日本語 特典:封入ブックレット、監督インタビュー、メイキング、予告編

鬼才デヴィッド・リンチ最大の問題作!? 自ら監修した4Kリマスターで登場

いつか、というより近いうちに書きたいと考えている本のテーマが「映画に見る老いのかたち」。ありていに言えば、男女を問わず、映画に出てくるカッコいい老人、こんな生き方ができたらいいよなと思わせてくれる魅力的な高齢者について書いてみたい。

たとえばクリント・イーストウッドの『グラン・トリノ』や『運び屋』など候補作はいくつもあるのだが、これだけは外せないと思う作品の一つが、デヴィッド・リンチの『ストレイト・ストーリー』だ。

「カルトの帝王」だとか、「ビザールのプリンス」だとか評され、デビュー以来、唯一無二の悪夢的世界を表現し続けたリンチの作品群にあって、『ストレイト・ストーリー』は最大の問題作だという逆説的な言い方もできる。タイトルそのままに、ストレイトにハートウォーミングな感動作なのだ。

(C)1999 STUDIOCANAL - Picture Factory

リチャード・ファーンズワース演じる主人公の名前もアルヴィン・ストレイト、73歳。ある日、彼は長年言葉も交わさないほど疎遠になっていた兄のライル・ストレイト(ハリー・ディーン・スタントン)が倒れたとの報せを受け、兄に会うために旅に出る。

しかし、アイオワからウィスコンシンまで350マイル(約560km)に及ぶ長旅だ。そのうえ、彼は車の運転ができないし、歩くのにも杖を2本必要とするほど脚は悪い。直行のバスや鉄道も運行していない。そこで、彼が選んだのが時速8キロのトラクター。

これまでアメリカ映画は多くの旅を描いてきた。馬、汽車、車、バス、オートバイ、ヒッチハイク……。おそらくトラクターによる旅は、この映画が初めてである。途中でトラクターは故障するし、修理するための十分なお金が財布に入っているわけではない。雷や雨など自然の厳しさにも直面する。

それでもアルヴィンが旅を続けられるのは、誠実な人たちとの出会いがあるからなのだが、彼は必要以上に他人の好意に甘えようとしない。自分が高齢であることや身体が不自由であることを言い訳にせず、あくまで自力で兄に会いに行こうとする。

『東京物語』にも通じるハードボイルドなトラクター旅

(C)1999 STUDIOCANAL - Picture Factory

アルヴィンの行動原理にふさわしい言葉を選ぶなら、それは「ハードボイルド」だ。ハードボイルドは煙草を始終ふかし、バーボンを浴びるほど飲み、どんなに痛めつけられても弱音をはかないタフな私立探偵の専売特許ではない。

ぼくなりにハードボイルドの条件を挙げれば、こんなところである。

・つらいことがあっても、黙ってそれを飲み込み、顔に出さない。
・幸福が忍耐や我慢をともなうものであるのを知っている。
・人生の残り時間を素直に受け入れ、年齢に抗う悪あがきをしない。
・孤独や一匹狼であることを恐れない。
・大事な人と過ごす時間を大切にする。

こうして書いてみて、ふと、これらの条件のほとんどが小津安二郎の『東京物語』で笠智衆が演じた主人公・平山周吉にも当てはまることに気づいた。アルヴィンと平山の世俗を超えたカッコよさの根底にはハードボイルドな精神が宿っているといったら、無理があるだろうか。辛酸を経験し、諦念を知っているから、人はハードボイルドになれるのだ。

『ストレイト・ストーリー』も『東京物語』も旅を描いた映画であるのは偶然ではない。旅は人の内面を炙り出す。

(C)1999 STUDIOCANAL - Picture Factory

アルヴィンが進むのは、麦畑が広がる穀倉地帯。オスカー2度受賞の名手フレディ・フランスのキャメラがとらえたアメリカの田舎の景色はシンプルゆえに、美しい。それがトラクターのゆるやかな速度で流れていく。何度でも観たくなる理由の一つもここにある。

映画の冒頭に現れる星空は、その後も繰り返し描かれる。星空の下では人間はちっぽけな存在に過ぎず、地球上のすべての命は平等だと言わんばかりである。

ラストの兄弟のやり取りがいい。おんぼろのトラクターを見た兄がつぶやく。

「俺に会うために、あれでやって来たのか」
「そうだよ」

このあと、画面は満天の星空に変わる。

言葉なんていらない。人生、一緒に星空を眺める人がいるだけで幸せじゃないか。そんなメッセージが聴こえてくる。『ストレイト・ストーリー』は昨年1月に帰らぬ人となったリンチの遺作ではない。しかし、ぼくには彼の遺書にも思える。

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