進化するMEMSドライバー最前線。フルレンジユニットで狙う、音質&ノイキャン性能の次なる可能性
xMEMSの次世代MEMSドライバーがまた一歩前進した。
MEMSドライバーは理論的にはフルレンジ再生も可能だが、現在トゥイーターのみに用途が絞られている。それは音圧が取りにくいのでANC(アクティブノイズキャンセリング)に対応できないという問題があるためだ。
その課題を打破する技術が、昨年レポートした超音波変調方式の「Cypress」ユニットだ。今回は、その「Cypress」の最新情報をお届けする。
MEMSスピーカーの製造を手がけるRaykingとは?
MEMS次世代ドライバー「Cypress」の超音波変調方式について説明しよう。
簡単にいうとMEMSスピーカーは振動部分が小さいので音圧を取りにくい。しかし、高音域に強いので超音波領域で超高速に振動することで音圧を稼ぐ、という考え方だ。
しかしこのままでは人が聴くことができないので、それを可聴帯域に復調する点がポイントだ。
xMEMSはこの次世代ユニット「Cypress」を量産化するために、中国のMEMSマイクの大手Raykingと昨年9月に戦略パートナーシップの提携をした。
今回はRaykingの担当者にインタビューするとともに、「Cypress」を実際に搭載した試作TWSを見せてもらうことができた。
Raykingは深センの近く、世界の工場とも呼ばれる東莞市にあり、MEMSマイクの製造を主とするメーカーだ。MEMSマイクでは中国の最大手だという。
しかしMEMSマイク市場は飽和しつつあるので、最近MEMSマイクの製造技術を応用できるMEMSスピーカーも手がけるようになり、xMEMSとパートナーシップ契約をした。
分担としては、xMEMS社がMEMSスピーカーとICを提供、Raykingは共同開発モジュールとしての組立とキャリブレーションを行うというものだ。
Raykingが製造するMEMSユニット「Monster」
その共同開発モジュールとは、xMEMSのフルレンジMEMSスピーカー「Cypress」と、MEMSに必要な昇圧用IC「Alta-S」をパッケージ化したモジュールで、「Monster」と呼ばれる。これは20Hzの低域で140dBを超える音圧レベルを実現でき、強力なANC性能をサポートできるという。
「Monster」はMEMSらしく、ユニットサイズはとてもコンパクトだ。ユニットから出ている長い部分はインターフェースや電源を接続するための配線である。実物写真の二つのユニットは表面と裏面をそれぞれ見せている。
「Monster」3つの利点
まず今回のインタビューで明らかになった、Cypressモジュール「Monster」の利点を、グラフを見ながらまとめよう。
まず「図3A Cypress THD」を見て気がつくのは、THDがとても低いということだ。これはMEMSスピーカーの「シリコン・ドライバー」としての特性からも明らかだ。
次に「図3B Cypress時間応答」を見て分かるのは、極めて入力波形に正確なことだ。図の左側の赤丸部分が入力波形だが、続く黒いダイナミックドライバーの出力波形は入力波形に対してオーバーシュート(行きすぎ)するとともに、振動がなかなか収束しない。それに比べて赤いCypressドライバーの波形は入力波形と極めて近似していて、振動もすぐに収束する。それだけ入力に正しい音が得られるわけだ。
そして「図3C Cypres ANC周波数特性」において分かるのは、ANCとMEMSドライバーがいかに相性が良いかということだ。
ANCのキャンセリング性能は逆位相で正確に打ち消すことがキーとなる。しかし位相が大きくブレると、どれだけ振幅(音圧)を合わせてもタイミングがズレてしまい、キャンセル効率が大幅に落ちる。
従来のダイナミックドライバーが周波数によって位相変化が大きいのに対して、「Cypress」MEMSドライバーは多少変化するものの、ダイナミックドライバーの変化とは比較にならないほど小さい。
またMEMSドライバーにおける機械的な音の出る速さはダイナミックドライバーの150倍速いとされており、ANCの逆位相を素早く出すことができる。それだけANCの設計が楽になるということだ。
さらに見逃されがちなポイントは、MEMSドライバーはダイナミックドライバーに比べてハウジング内の空気バネの影響を受けにくく、設計自由度が高いため、ベント穴を入れても低域の音圧低下が抑えられやすいということだ。つまり、パッシブでのノイズ低減効果をより高く保ちやすい。
これまでMEMSドライバーは音圧感度不足のために、ANC対応のためにはハイブリッド構成にせざるを得なかった。しかし、実は極めてANCとの相性は高いということだ。
つまりフルレンジドライバーでANCの実装も可能な「Cypress」ユニットは、ANCを搭載したTWS(完全ワイヤレスイヤホン)のドライバーとしての適性が極めて高いということだ。
Monster搭載の完全ワイヤレス試作機をチェック
次に実際に開発中の「Cypress」ユニットを搭載したデモ用のTWSを見せてもらうことができた。これは「Monster Gen2」と呼ばれるもので、Raykingで開発中のユニットだ。内部にはフルレンジで、大きさは通常のTWSと同じである。
音質チューニングはまだまだのようで、音質的にはまだ細かくコメントできないが、思った以上に低域に厚みと量感がある。楽器音もMEMSらしく正確だ。またANC機能も実装はされているようだが、使用はできなかった。
まだ作り込みはこれからのようだが、製品化が待たれる。今年はCEATECでxMEMS社がブースを持つということなので、そこでなんらかの発表があるかもしれない。
ハイブリッドが常識だったMEMSドライバーの世界で、「Cypress」ユニットはついにシングルフルレンジで本気のANC搭載を可能にした。
MEMSドライバーを用いた新たなANCの登場、パッシブ性能の向上、そしてMEMSドライバーらしい音質性能の高さ、すべてが揃った今、2026年以降のTWSは大きく変わろうとしているのかもしれない。
CEATECでの続報、そして実際に製品が店頭に並ぶ日を、楽しみに待ちたいと思う。

