「NERV防災」「ポケモンスリープ」など人気アプリのデベロッパは「App Storeの価値」をどう見る?
私たちが日常的に利用するモバイルアプリが、今では世界経済に成長をもたらす大きな原動力になっている。
モバイル通信事業者の業界団体であるGSMAアソシエーションが発表した「2025年モバイルエコノミー」のレポートによると、2024年にモバイル技術と関連するサービスが世界経済にもたらした効果は約6.5兆ドル(約1000兆円)にも上ったという。同じレポートでは、2030年までにこの数字が約11兆ドル(約1,610兆円)まで増加し、世界のGDPの約8.4%を占めるまでになるという予測も示している。
アップルが2008年に設立したApp Storeは、モバイルアプリ市場の中で最も大きなサービスのひとつだ。2025年6月に発表された最新の研究レポートによると、2024年に世界のデベロッパがApp Storeを通じて売上げた総額は1.3兆ドル(約201兆円)に到達したという。
App Storeでビジネスを展開する日本国内のデベロッパは2024年には80万人規模に到達しており、その数は過去5年間で80%増加したとも伝えられている。このほど、筆者はApp Storeでモバイルアプリのビジネスを展開する日本のデベロッパに取材する機会を得た。大手企業のデベロッパのほか、実際にはApp Storeでは約9割を占めるという小規模デベロッパにも、各社がApp Storeでビジネスを展開する理由を聞くことができた。
小規模デベロッパのアプリも成功できる理由
(株)マネライズは代表取締役の濱北哲郎氏が設立したアプリデベロッパだ。「家計簿 シンプルマネー」にToDoアプリ「Checkal」など、ユーザーの日常生活をサポートするアプリが好評を博している。
濱北氏はアプリの企画開発、設計とデザイン、マーケティングにカスタマーサポートまで1人でこなすエンジニア兼経営者だ。会社を経営しながら、アプリの「品質と開発スピード」も常にケアしなければならない。両立を達成するために、濱北氏はアップルがデベロッパのために提供する公式開発ツールを積極的に活用しているという。
例えば「家計簿 シンプルマネー」はiPhone、iPad、Macの各プラットフォームに対応するアプリだが、SwiftUIの開発プラットフォームを用いることにより、1つのコードベースで複数の異なるプラットフォーム向けのアプリが迅速に開発できる。「デバイスのスクリーンサイズに合わせて、フォント表示の最適化なども行うきめ細かさ」なども、濱北氏はSwiftUIの特徴として挙げている。
「家計簿 シンプルマネー」アプリのコンセプトは、使い勝手はシンプルにしながら日々の“お金の管理”を快適にできる環境を提供することだという。プライバシー性が高いお金の情報を扱うアプリなので、ユーザーの安全とプライバシーを守るための不正防止の取り組みにも注力するApp Storeに開発者として信頼を寄せていると濱北氏は語る。
(株)ファーストシードはイベントやリマインダーのスケジュール管理を直感的に行えるカレンダーアプリ「FirstSeed Calendar」や、カンバンボードインターフェースを採用したタスク管理アプリ「FirstSeed Tasks」を手がける日本のデベロッパだ。代表取締役の大榎一司氏を含むエンジニア3名、デザイナー2名という小規模な開発体制ながら、多くのユーザーに高い評価を受ける人気のアプリを送り出してきた。
両方のアプリはともにユーザーのプライバシー保護を重視し、必要最小限のデータのみを端末上で取得して扱う。CloudKitやEventKitなどOSに標準搭載される機能を使ってサーバーと通信することで、端末間のデータ同期を安全に効率よく行う。
大榎氏はApp Storeをアプリ配信の拠点とすることで「私たちのような小規模なデベロッパが世界中にプロダクトを届けることができる。App Store内の決済システムが使えることにより、世界各国で異なる通貨や税制のシステムを意識することなく収益が得られる。デベロッパがプロダクト開発に専念できる環境が整っている」と語る。
ゲヒルン(株)日本国内での防災情報配信に特化したアプリ「特務機関NERV防災」を開発したデベロッパだ。体表取締役の石森大貴氏は、2011年に東日本大震災が発生した当時からTwitter(現:X)上で防災情報を発信していた。
Twitter上では防災気象情報が全国に一斉・一律に流れてしまうため、「利用者の現在地や登録地点に基づき最適化した情報だけをフィルタリングして届けたい」という独自の発想から、「特務機関NERV防災」をアプリを開発した。
石森氏は自身が特別な色覚特性を持つことから、同じように様々な色覚特性を持つユーザーにも見やすい色づかいのアプリを提供することに注力してきたという。石森氏は、アクセシビリティを高めるための手本としてmacOSやiOSのデザインと配色、その他様々なアップルの指標を参考にしていると語る。
ユーザーの安全とプライバシーが守れる
App Storeでビジネスを展開する大手企業のデベロッパにも声を聞いた。
SNSサービスの「mixi」や人気モバイルゲーム「モンスターストライク」、会話AIロボットの「Romi Lacatanモデル」などを展開する(株)MIXIは、スマホで撮影した家族の写真を簡単に共有できるオンラインフォトアルバム「家族アルバム みてね」をApp Storeで2015年から提供している。今年10周年を迎えた。
同社のみてね事業本部 本部長である佐藤僚氏は「スマホを使って孫の写真を簡単に見たい」というシニアユーザーの声を受けて、アプリのユーザーインターフェースをシンプルなデザインに保つことに取りわけ注力してきたと話す。
「家族アルバム みてね」は、2025年1月時点でグローバルの登録ユーザー数が2500万人を突破した。
佐藤氏は「大勢のユーザーの皆さまにとって大事なお子様の成長記録を扱っているので、プライバシーを堅く守ることも何より大切」とアプリが大事にするコンセプトを説く。
そのうえで、iOSをはじめとするAppleデバイスの設計がクローズドであることが「セキュリティ面における大事なアドバンテージでもある」と佐藤氏は続ける。
さらに、アップルが2023年の世界開発者会議で発表した「プライバシーマニフェスト」についても佐藤氏は言及する。
プライバシーマニフェストは、App Storeから提供されるアプリがどのようにユーザーのデータを取り扱うかを明示するための新たな仕組みであり、デベロッパに対してユーザーデータの収集・使用方法を透明化することを義務付けている。
このルールができたことで、アプリの開発者、SDKの提供者と、アプリや端末を使うユーザーとの間に信頼性が担保された情報共有のバイパスが築かれる。佐藤氏は「デベロッパとしてこれを歓迎したい」と述べた。
(株)ポケモンは、ゲーム感覚で“眠る”ことにより睡眠計測を行い、睡眠リズムや生活習慣を整えることにも役立つアプリ「Pokémon Sleep(ポケモンスリープ)」をApp Storeでも提供している。先の7月20日にはアプリのグローバルリリースから2周年の記念日を迎えた。
ポケモンスリープは、眠る時にまくら元にスマートフォンを置くだけで、睡眠を計測・記録するゲームアプリだ。iOS版アプリは、2024年の9月24日からApple Watchで計測した睡眠データを、iPhoneのヘルスケアアプリに取り込んで、より正確な計測ができるようになった。
ポケモンスリープ推進室 シニアディレクターの小杉要氏は「スマートウォッチを併用するユーザーは、スマートフォンアプリ単体のユーザーよりも睡眠計測の継続率が高い」という、独自調査の結果について触れた。
ポケモンスリープはiPadでも楽しめる。筆者は“ポケスリ”の熱心なファンなので、いつ・どこでもポケモンたちが集めた食材ときのみがチェックできるように「iPhoneで楽しむ派」だが、iPadの大きな画面でカビゴンやたくさんのポケモンたちの姿が見られることも好評を得ているという。
様々なアプリの楽しみ方をユーザーに提案しやすいことも、多くのデベロッパにとってApp Storeでビジネスを展開することのメリットとして捉えられているようだ。
