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“サザン”も使うビクタースタジオにて開催

ヴィンテージマイクも活用、徹底した音へのこだわり。水咲加奈『immersive』先行試聴会をレポート!

公開日 2025/04/14 07:00 飯田有抄
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音楽が生まれたその場所で、最新アルバムを味わう

ストリーミング配信での音楽再生が主流となりつつある昨今、好きな曲を好きな順に聴いたり、プレイリストを活用している人も多いだろう。アーティストのフルアルバムをまるっと一枚“聴き通す”のが、なかなか難しくなっている人もいるかもしれない。チョイ聞きもいいけれど、やはり “推し”のアーティストのアルバムなら、しっかり時間を確保して、しかも最高の音質で対峙したいというもの。

シンガー・ソングライターの水咲加奈さんは、そんな音楽ファンに嬉しいイベントを3月30日に開催してくれた。4月16日リリース開始の最新フルアルバム『immersive』を全曲、それも非常にスペシャルな場所で聴けるという先行試聴会である。

プロデューサーの保本さん、録音エンジニアの中山さんと共に『immersive』を先行試聴(c)林孝輔

そのスペシャルな開催場所とは、知る人ぞ知る伝説のスタジオ「VICTOR Studio 401」だ。ここは、あの桑田佳祐さんが数々の名曲を生み出してきたスタジオで、ミュージシャンたちの間でも“サザンスタジオ”と呼ばれ、入ることもなかなかに難しい空間なのだという。

今回試聴するのは、モニタースピーカー Genelec 1035Aのあるコントロール・ルームだ。巨大なミキシング卓が堂々と据えられたこの部屋に足を踏み入れるやいなや、「音楽制作の本場」に潜入している気分になった。

『immersive』の収録にも使用されたビクタースタジオ401ルーム(c)林孝輔

なぜこの部屋で水咲さんの試聴会が実施できることになったかといえば、サザンオールスターズ等トップミュージシャンの録音・ミキシングを手掛けてきた中山佳敬さんが、今回の水咲さんのアルバム『immersive』を手掛けているからだ。

この日は、水咲さんのプロデュースを2020年から続ける保本真吾さん(SEKAI NO OWARI、ゆず、Official髭男dismなどの楽曲アレンジを手掛けている)も登壇し、録音秘話についてのトークもなされた。

401スタジオの高さは、6.8mもあり、ビクタースタジオのなかでも最大規模の贅沢なレコーディング環境(c)林孝輔

ピュアな歌声のパワーと、ピアノの複雑さが感動的

会の冒頭に水咲さんが登場したので、まずはアルバムに込めた思いやコンセプトなどの説明があるのかと思いきや、ササッとシンプルに挨拶を済ませたあと、すぐに「聴いてください!」と試聴が始まった。スタジオ内の照明はやや落とされ、存分なボリュームで音楽が放たれる。

今回のアルバムは10曲構成だ。水咲さんが保本さんとタッグを組み始めた頃からの楽曲や、最新作のミュージックビデオが話題となった「あおい」のほか、新たにアレンジがなされた曲や新曲も並ぶ。

 

水咲加奈さんは福井県出身。コロナ禍で厳しい現実を突きつけられたミュージシャンたちだが、保本さんが音楽制作の展望を呼びかけたことで集ったアーティストの一人だ。上京前からの「ピアノ弾き語り」のスタイルを基調とし、ポップな楽曲やロックなテイストまで、今や幅広い音楽性を聴かせる。

どんなテイストの楽曲にも、どこかに悲しみや怒り、美しさと強さがあり、ピュアな歌声のパワーと、ピアノの複雑さが感動的だ。筆者が水咲さんを知ったのは、偶然ラジオで流れた一曲だ。強い衝撃を受けたのを覚えている。

さて、VICTOR Studio 401のGenelec 1035Aで聴いたフルアルバムは、そのタイトルの通り、まさに音楽に「没入」する体験だった。

1曲目の「シャッター」は、カメラのシャッター音を用いたユニークさの際立つ作品であり、すでにシングルでリリースされている「舞踏会」や「鏡よ鏡」は、音源に磨きがかけられたかのような印象で、水咲さんの声のピュアさとギターサウンドなどが鮮やかに引き立つ。大音量で再生されたが、洗練された音質のため、歪みなどは生じず、真っ直ぐに届き、身体全体が振動するのがわかった。

「BGM」はこのアルバムで初リリースされる新曲で、水咲さんのピアノと歌が染み入る。複雑なコード進行に宿る狂気めいた天才性を瑞々しく聴き出すことができた。どの楽曲も、解像度の高い重低音が印象的だった。

こだわりのヴィンテージ機器も活用し音を追求

10曲を通した試聴会のあとは、水咲さんと保本さん、中山さん3名でのトークが1時間ほど行われた。制作者の思いや工夫が聴けるのはとても貴重だ。

マイキングなど専門的な音楽制作についての質問も飛び交う(c)林孝輔

今回のアルバム『immersive』のコンセプトについて水咲さんは、「忙しなく喧騒の中で生きる中で、音楽に浸り、音楽と体が一つになって、深海の底に沈むような感覚を得てほしい。そして一旦無になって、『明日もがんばろう』と感じてもらえるアルバムにしたかった」と語る。(ちなみに、オーディオ界隈では「イマーシヴ」というと、マルチチャンネルによる「立体音響」「空間オーディオ」を連想してしまうが、その技術を意味するものではないのであしからず)。

保本さんは「アメリカのレーベル『モータウン』の音をイメージしたり、あえて打ち込みのような音でドラムを収録したり」といった、明確なサウンド・イメージをもって制作にあたるプロデューサー。

今回も真空管マイクをはじめ、こだわりのヴィンテージ機材なども取り入れて音作りを進めた。たとえば「シャッター」では、ノイズも楽音の一部として生かしたり、ベース音は実は水咲さんの声を使用している。ギターの弦を擦るようなサウンドも、マンドリンのような独特の効果を上げている。「アンビエントを意識して、有機的な音楽を目指した」という。

中山さんは、保本さんの抱くサウンド・イメージをしっかりと受け取りながら、「自分の好きな感じで」ミックスしたという。

「水咲さんの音楽は、深く深く入っていく感じのものが多いので、『音楽家』は引き上げる1曲にしたかった。『BGM』のピアノの音は、王道的なポップな方向にも振ってみた」と語る。

録音ではマイクの設置に中山さん流の独自の工夫も多いにあるようだ。例えば、キックドラムを録音する際に、内側(イン)と外側(アウト)のほか、バウンダリーという床の響きを撮るマイクも使用するのだとか。

全体のまとまりがありながらも、一音一音がすっきりと分離して聴こえる音作りは、多くのミュージシャンとのコラボレーションの中で、中山さんが長年磨いてこられた感性と、経験値が生み出す賜物なのだろう。

話題は「曲間」にも及んだ。曲と曲の間の沈黙にあと0.5秒足すか足さないか、水咲さんも保本さんも真剣に議論しながら作っていったという。これこそ、アルバムを一枚の作品として捉え、通して聴くことを大切にする世界観だ。

録音技術に関する専門的な話の飛び交う充実の内容ではあったが、最後に保本さんは「いい音やいいピッチが、必ずしもいい音楽になるわけではない。究極どんな機材を使っていても、その時の自分の感情や思いが有機的に封じ込められればそれでいいはず」と伝え、中山さんは「表現者に力があるので、ラフ・ミックスを超えられないことだってある。ミュージシャンが作る、もとの音楽の力が大切」と語った。

水咲さんは「それぞれの思い、パーソナルなものの集合体が、共感を生む作品になると信じている」と結んだ。音楽と思いが生き生きとダイレクトに届く、貴重なイベントとなった。

水咲加奈 最新アルバム『immersive』

【収録曲】
01. シャッター
02. 舞踏会
03. 鏡よ鏡
04. BGM
05. あおい
06. 泳げ
07. 音楽家
08. 透明な落葉
09. 終点
10. クリスタル

4月16日 配信スタート
5月25日 東京渋谷WWWワンマンライブにて、CD販売 

水咲加奈

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