動と静の鮮やかな対比。ロングアームの美学が光る、サエク「WE-712」を聴く
アナログブランドとして50年を超えるサエクコマースより、新たにロングアーム「WE-712」が登場した。2025年に発売された「WE-709」同様のダブルナイフエッジ構造を引き継ぎつつ、ロングアームならではの美点が追求されたモデルとなっている。
そのサウンドを、山之内 正氏が自宅のアナログプレーヤーに装着して音質を検証した。
オーディオ趣味を深めるダブルアーム
カートリッジを変えて音の違いを楽しむのはレコード再生ならではの醍醐味で、デジタルでは真似ができない。MM型とMC型、ステレオとモノラルを使い分けたり、光カートリッジを試すなど、選べるバリエーションは昔よりも増えているのでなおさらだ。
カートリッジ交換は難しい作業ではないが、針圧とインサイドフォースキャンセラーの調整、アームの高さ調整、フォノイコライザーの設定変更など、それなりに手間がかかる。慣れていれば数分で交換できるが、その時間をもっと短くし、できれば瞬時に聴き比べたいと思うこともある。
プレーヤーを2台用意すればレコードの載せ替えとフォノイコライザーの入力切り替えだけで併用できるが、2台分の置き場所を確保するのが大変すぎる。
それよりも現実的なのが、1台のプレーヤーで2本のトーンアームを使い分けるダブルアームのスタイルだ。それぞれのトーンアームにカートリッジを取り付けたまま簡単に切り替えられ、レコードを載せ変える手間もかからない。同時に針を落とせば瞬時のAB比較もできてしまう。トーンアームを1本追加するだけでプレーヤーのグレードが上がったように見えることも大切な要素と言って良い。
流麗な美しさがいっそう際立つロングアーム
私が愛用しているラックスマンの「PD-191AL」は、左後方にオプションのアームベースを取り付けることで本体を改造することなくダブルアーム化ができる。ただし、同ベースは12インチのロングアーム用なので、使えるトーンアームの選択肢は多くない。
そんななか、サエクの新しいロングアームが有力な候補として浮上。昨年、WE-709を試聴したとき、12インチのロング仕様を開発中と聞いていたので、楽しみにしていたのだが、それがついにWE-712として発売されたのだ。
感度と剛性を両立させたダブルナイフエッジ機構など、主要なパーツはWE-709と共通だが、アームパイプ、ウェイト、ラテラルバランス機構はロングアーム化に最適なサイズと形状に設計し直している。アームリフターとその支持機構もWE-709と変わっていないように見える。
ロングバージョンとして再設計しても機能美とバランスの良さをまったく失っておらず、むしろ流麗な美しさがいっそう際立つようになった。特にWE-709で新たに設計されたダブルナイフエッジ機構とインサイドフォースキャンセラー機構周辺はWE-712でも特別な精密感があり、思わず見とれてしまう。
ベースに取り付ける前にカートリッジとヘッドシェルを取り付けた状態で前方を下にして持ち上げ、アームが床と垂直になるようにラテラルバランスを調整する。特にロングアームは左右のバランスを正確に調整することが大切なので、この作業には重要な意味がある。
ライトとヘビー2種類のカウンターウェイトとラテラルバランサーが付属し、ヘッドシェル込みで17 - 32gまで対応するほか、トランス内蔵タイプのSPU向けにオプションのウェイトが別途用意されるとのこと。針圧調整には針圧計が必須だ。
演奏のディテールをもらさず引き出す優れた解像度
ロングアームはショートアームに比べてトラッキングエラーが少なく、反りのあるレコードをかけたときのアームの不規則な上下動も小さいなど、音質上の長所がある。その点も意識しながら、フェーズメーションの「PP-2000」を取り付けて再生音を確認した。
ムローヴァが独奏を弾くヴィヴァルディ「四季」は、普段聴いているWE-407/23とPP2000の組み合わせよりも合奏の重心が低めで、ソロヴァイオリンの澄み切った音色との対比がひときわ鮮やかに感じられた。潤いを保ちつつ、一番高い音域まで少しのくもりもなくスーッと伸びていく音色は当時のフィリップスレーベルの美点で、弱音でも音色の吟味をきわめるムローヴァの豊かな感性が浮かび上がってきた。
通奏低音のチェンバロは音量こそ控えめながら音形が明瞭に浮かぶ。演奏のディテールをもらさず引き出す優れた解像度はサエクのアームの美点のひとつだ。
ドゥダメル指揮、ロサンゼルス・フィルハーモニックの「ピーターと狼」を聴くと、落ち着きのなかに豊かな表情を込めたヴィオラ・デイヴィスのナレーションにまずは魅了され、動物たちを演じるソロ楽器が立体的に定位する3次元のステージ表現にも感心させられた。
ユーモラスな動きや大胆な抑揚は、ダイナミックレンジに余裕がなければリアルに再現するのが難しい。WE-709もそうだが、フォルティッシモと静寂、そして動と静の対比の鮮やかさはWE-712においても抜きん出た長所だと実感する。
ドミニク・フィス=エメ「バード」はヴォーカルの息遣いをリアルに再現すると同時に、声とベースどちらもボディ感豊かな響きを引き出すことにも長けている。声もベースも発音は明瞭だが、「sh」や「t」の発音がきつくならず、ピチカートの基音が薄くなることもない。トランジェントの良さと低音から中低音にかけての豊かな響きが両立したサウンドで、PP2000の偏りのない音調をそのまま伝えていることに気付く。
ショルティがバイエルン放送響を振った「アルプス交響曲」の復刻盤では、コントラバスなど低音楽器の実在感が強く、この演奏の彫りの深い表現とスケールの大きさを見事に引き出して見せた。ホルンやトランペットは弱音では柔らかさと落ち着きが感じられ、クレッシェンドが最高潮に達すると鋭さと明るさが前面に出て絢爛とした輝きに転じる。
その音色の変化を正確に再現するには、反応の良さと正確なアタックの再現が欠かせない。PP2000とWE-712どちらも優れたトランジェントの持ち主なので、ここまで説得力のあるクレッシェンドを引き出すことができるのだ。
専用ベースでWE-712を取り付けるとPD-191ALのダストカバーは使えなくなるが、アームを追加することで生じる不満はそれぐらいしか見つからない。
複数のカートリッジを日常的に併用できるメリットの大きさ、ロングアームならではの優れたトレース能力と安定した再生音が同時に手に入るアドバンテージは計り知れないものがある。
(提供:サエクコマース)


