時間を忘れて音楽に浸るひととき。フランコ・セルブリン「Accordo Goldberg」導入記
小型スピーカーへの特別な愛着
仕事でいろいろなスピーカーを聴くが、音の評価云々の前に音楽に没頭してしまうことがたまにある。最近聴いたなかではFranco Serblin(フランコ・セルブリン)の「Accordo Goldberg」がそのひとつ。時間を忘れて音楽に浸る幸福なひとときを過ごすことができた。

記憶をたどると、オリジナルのAccordoでも似たような経験をしたし、さらに遡るとソナス・ファベールの「Electa Amator」を初めて聴いた時もそうだった。40年近く前の話だ。交響曲を通して聴くことなど、普段の製品試聴では滅多にないのに、その時は気が付くと最後まで聴いていた。停止ボタンを押すのを忘れるほど演奏に引き込まれたのだ。
Electa AmatorとAccordoはフランコ・セルブリンが設計し、Accordo GoldbergはAccordoをベースにブランドの後継者が改良したモデルだ。セルブリンが作ったスピーカー、特に小型モデルの音に私の耳は強く反応するようだ。

そもそも小型スピーカーへの愛着が芽生えたのはElecta Amatorがきっかけだった。発売後ほどなく購入し、それまで聴いていた3ウェイスピーカーとの音の違いに衝撃を受けた記憶がある。近年はリファレンスとしてウィルソン・オーディオのフロア型スピーカーを主に使っているが、小さなスピーカーへの特別な思いはいまも消えていない。
消えるどころか、昨年春にAccordo Goldbergの音を聴いて以来、音の良い小型スピーカーをもう一度使ってみたい気持ちが日ごと強まり、抑えがたい状態になってしまった。いろいろなスピーカーの試聴を重ねるなかで候補を絞り込んでいったが、最終的には第一印象が強かったAccordo Goldbergの購入を決めた。このスピーカーを選んだ理由と、到着後ほぼ1ヶ月、寸暇を惜しんで鳴らし続けた現時点での音の印象を紹介しよう。

音楽の美味しいところを出し惜しみしない
Accordo Goldbergを選んだ最大の理由は、音楽の一番美味しいところを出し惜しみしないことにある。妙な表現に聞こえるかもしれないが、まさにそう言うしかない。物理特性はさておき、音楽を楽しく生き生きと聴かせることにかけて他の追随を許さないのだ。

オリジナルのAccordoもまさにそんなスピーカーの代表格だ。良い意味で控えめにならず、聴きどころや美しい音を積極的に聴かせる。ハイファイの視点で音を検証しようとする前に、歌の表情の豊かさや独奏楽器の音色の美しさに耳が引き寄せられ、それがずっと持続するのだ。物理特性はさておきなどと言ったが、歪んだり濁ったりすると演奏から注意が逸らされるので、それと真逆のAccordoやAccordo Goldbergは基本的に歪みや誇張が非常に少ないスピーカーなのだ。
それならAccordoを選ぶのもありなのだが、こちらは何年か前に真剣に検討した結果、思いとどまった経緯がある。低音楽器の存在感がいま一つ薄いと感じたことが主な理由だが、Accordo Goldbergはそこが確実に改善されている。
Accordo Golbergを選んだもう一つの理由としては、このスピーカーの生産現場を昨年春に訪ねてブランドを率いるマッシミリアーノ・ファヴェッラ氏と出会い、その真摯なもの作りの姿勢に感銘を受けたことが大きい。その話は昨年StereoSound誌に書いたので繰り返さないが、彼はセルブリンの哲学を次の世代のリスナーに伝えることを自らの使命と考えていて、音楽を愛する熱意もセルブリンに迫るものがある。
Accordo GoldbergはLignea、Accordo Essenceに続いてファヴェッラが設計を手がけた第3作だ。新開発とはいえAccordoの設計思想を忠実に受け継いでいて、無垢ウォールナット材の吟味や細部の美しい仕上げなど、こだわりの強さはオリジナルと変わらない。ウーファーは15cmから18cmに大型化したが、キャビネットの形状と寸法比はAccordoと共通。ただし、クロスオーバーネットワークはスタンドから本体内に移設している。ちなみにウーファーは前面のフレーム外周端で測ったサイズが約18cmで、歴代のElecta Amatorとほぼ同じだ。

Accordoより縦×横×高さがそれぞれ10%ほど拡大しているので、高めの専用スタンドに載せた状態で床からトゥイーターの中心まで1030mmに及ぶ。意外にも普段使っている「Sophia 3」より数cmほど背が高いのだが、高めの椅子に変えるとトゥイーターの位置はほぼ耳の高さに揃った。数字以上にAccordoより大きく感じるのは、この高さが主な原因だと思う。ちなみにスタンドのサイズはAccordoとまったく同じだ。

歌の表情の豊かさで発音も明瞭
セッティングはまだ最終ではないが、ほぼ落ち着いた。後方と側方は壁から1mほど離し、やや強めの内振りに設置する。その状態でキャビネットの4面いずれも壁と平行にならない。実によく考えられた形状だ。低音の量感とステレオイメージの精度は前後左右の距離と角度で大きく変わるので、調整しがいがあり、セッティングを追い込んだときのオープンで上質な低音と楽器メージのフォーカスの良さは格別だ。

Accordo GoldbergはAccordoよりも低音域に余裕があるが、大型スピーカーのようなスケールの大きな音や深々とした低音が出てくるわけではない。バスレフ型なので設計次第でさらに量感を引き出せるはずだが、それよりも明らかに質感重視の低音にベクトルが向いている。ブックシェルフ型でもここまで出せる!と言わんばかりに低音の量感を誇示するスピーカーが増えているが、その流れとは対極にあるのがAccordo Goldbergだ。しかも、質感を確保したままAccordoよりは下支えが厚いので、自然にハーモニーが整う。ここはとても重要なポイントだ。
40Hz以下はさすがに急激に減衰するが、過剰なふくらみや遅れがない良質な低音がふわりと広がり、ハーモニーを支える十分なエネルギーがある。たとえばヴァント指揮、ベルリン・フィルのブルックナー(交響曲第4番、1998年ライヴ録音)がわかりやすい。リマスタリングされたLPで聴くと、低弦と管楽器群のバランスの良さを実感でき、下支えに不満を感じることはない。
声の音域は、バスからソプラノまで、このスピーカーの魅力を存分に味わえる一番美味しい領域だ。旋律楽器もそうだが、歌の表情の豊かさはAccordoと互角か、もしかすると上回るかもしれない。表情を伝えるうえで重要な要素の一つが発音の明瞭さで、そこもAccordo Goldbergはチューニングが行き届いている。唇の動きが目に浮かび、ドゥヴィエルのモーツァルトやリッキー・リー・ジョーンズのライヴ音源など、よく聴いている録音で息遣いやブレスの艶めかしさがより際立つ。
やり過ぎると下品になるが、その一歩手前で踏みとどまっている。絶妙なチューニングの感性を恩師のセルブリンから受け継いだのだろう。

使い始めてまだ1ヶ月ほどだが、短期間での音調の微妙な変化に気付いた。鳴らし始めた当初は特にピアノの高音域が硬く、大きめの音量で聴くと刺激的なきつさが耳につくことがあったのだが、50時間ほど鳴らした時点でその硬さが消え、楽器の個性や録音の特徴を正確に聴き取れるようになった。
その後も少しずつだが音に柔らかさが加わると同時に中高域の透明感が上がるなど、変化は続いている。組み合わせるアンプの個性にも敏感に反応することがわかったが、それについては別の機会に紹介することにしよう。奥の深さを秘めたスピーカーを手にすると音楽を聴くのがますます楽しくなる。