第9回山形国際ドキュメンタリー映画祭特集(2)

2005年12月30日

ジャン・ペレ氏(2005年10月13日。山形中央公民館YIDFF会場事務局にて)
「私映画からみえるもの スイスと日本の一人称ドキュメンタリー」
監督・ディレクターインタビュー 第2回 
スイス人映画祭ディレクター、ジャン・ペレ氏インタビュー1

ジャン・ペレ (Jean Perret):スイス・ニヨンで開催されている実験的で革新的なドキュメンタリー映画祭、ビジョン・デュ・レール(VISIONS DU REEL)映画祭のディレクター。山形国際ドキュメンタリー映画祭(YIDFF)に何回も来場している。今回の特集はペレ氏とYIDFFとの交流を背景に実現した。

日本側のコーディネーターの藤岡氏によるとヨーロッパの映画文化の基本に映画について議論をすることがあるという。

今回の映画祭の特集上映のため、スイスの監督たちと来日したペレ氏は今回の山形での、この特集のほとんど全ての上映に立会い、上映後のトークと3日間連続シンポジウムを司会を担当した。上映後のトークでは、見たばかりの映画について率直な感想を口にされ、それは観客である私が見逃していたような細部で映画にとってはとても大切な意味を持つシーンや部分についてであることがしばしばであった。
 
また時には、共通点や共感できるところを当り障りなく言うのではなく、日本の若い女性監督の映画について「わからない」といったり、自身の感想も率直に口にされた。それは監督のコメントを引き出すためのちょっとした挑発であったかもしれない。

ディレクターが日本とスイスの監督作品の相違点や疑問点もあえて口にされたことで、日欧の文化や各監督の個性の違いについて、ユーモアのある気持ちで興味深く思う雰囲気が作られたようだ。各作品の素晴らしい点については、観客が見逃してしまうような点にも言及し、惜しみなく賞賛されていた。

 
ジャン・ペレ氏インタビュー
目次

1 さらけ出す行為は何かを隠す行為でもあるのです。
2 リアルなものを見せるドキュメンタリーは、互いを理解をするために最善の道
3 日本の監督のドキュメンタリーに日本の伝統とのつながりを見る
4 映画とは時間と空間の中で動く人間の生命の営みです。
5 声と言葉は意味を持ち、身体、ソウル、心を持っています。
6 文化は乱されるのを待っています。だから良い映画祭とは風のようなものです。
7 映画は生命の複雑さと美を理解するための場所
8 膨大な映像に囲まれているからこそ自分を知るための映像が必要
9 夢を見る方法。
10 映画まで行き、そして戻ってくる往復の時間が大切です。



1  さらけ出す行為は何かを隠す行為でもあるのです。

− 特集について、それから国際映画祭についてうかがいたいと思います。まずこの特集の英語のタイトル "All about me ?" にクエスチョンマークを付けられたのはなぜですか。

ペレ クエスチョンマークがないと、「私のすべて」という意味になってしまうからです。自分自身のすべて、誰かのすべてに関わり切ることはあり得ないと思うんです。クエスチョンマークを付けることによって、私たちのすべて?いや、そうではないでしょう?という意味を含めて、一人の人のことについて語り切れないことという意味合いがあります。

同時に作家たちは自分たちのプライベートな部分をいろいろな形で表現しようとします。アイデアであったり、身体であったり、苦しみであったり、それを観客の前にさらけ出そうとします。さらけ出すというその行為のなかに、なにかを隠すという行為も同時にあるのです。さらけ出されているもの、そしてそこに見えてこない部分があるということ。

映画というものが一人の人間についてすべてを出せるかというと、それはあり得ないと思います。そこが凄く面白い部分で、誰もがその人の中に光と影の部分があるように存在しているのだと思います。

(2005年10月13日山形市にて。取材・構成:山之内優子)
(次回はジャン・ペレ氏インタビュー第2パートを掲載)