<インタヴューズ>この人がいなければ、CDもDVDも、BDも存在していなかった!(中島平太郎 1)

2005年03月31日
月刊AVレビュー連載
「インタヴューズ。」
〜デジタルAVの「知」に会う〜


元ソニー常務・日本オーディオ協会会長/現・CDs21ソリューションズ会長/中島平太郎氏 (C)内田俊一(ライトスタッフ・サービス)

第1回 中島平太郎(その1)


インタビュー/山名一郎



日本におけるデジタル光ディスクの「始祖」

中島平太郎さんのことを、本誌の読者の方はどのくらいご存じなのだろうかと思った。NHK技研の音響研究部長を経て放送科学基礎研究所所長、1971年にソニーに転じ、同社常務、アイワ社長、オーディオ協会会長、スタート・ラボ社長等々……。

こうした履歴よりも私たちと中島さんとの知らず知らずの親密な関係は、中島さんが、日本におけるデジタル光ディスクの「始祖」であるということだ。デジタル光ディスクとはCDであり、CDなくして現在のデジタルAVの隆盛はあり得ない。「インタヴューズ。」の第一回は、中島平太郎さんに、デジタルの黎明期といま、そしてこれからを聞く。


中島平太郎さんが定めた光ディスクの指針

ごく素朴に考えてみて、もしも中島平太郎さんがいなかったなら、CDはもとより、DVDもブルーレイ・ディスク(BD)も存在していなかっただろうことは容易に想像できる。

CDは当然、当初はオーディオディスクとして規格化された。けれどそれはLPレコードの単なる代替としてではなく、いまで言うところのヴァーサタイルディスクへと偉大な質的転換を果たし、DVDに継承されていく。現在、DVDを少し気取って「デジタルヴァーサタイルディスク」と呼んだりするが、最初にその方向性を明確に打ち出したのはCDであったのだ。

それにまた、一般コンシューマー向け記録メディアにおける「R」という概念を持ち込んだのもCDが初めてで、そのコンセプトを最初に打ち立てたのも中島さんである。

それまでの記録メディアは、リライタブルであるのが常識だった。ところが「追記型」の「R」は一度しか書き込みができない。初め、この機能性には相当違和感があったが、いまとなれば、パソコンで使われる記録メディアの大半(9割程度)はCD‐Rだし、DVDレコーダーで録画したコンテンツの保存先の多くは、リライタブルメディアではなくDVD−Rであり、BDやHD DVDの記録メディアの主役もおそらく「R」となるだろう。

こうした、現在でも連綿とつづくデジタル光ディスクの指針を定めたのが中島平太郎さんであった。


NHKでもソニーでも、デジタルは異端の技術だった

>中島さんはNHK技研の時代に、世界初のデジタルオーディオテープレコーダーを完成させていた。1968年(昭和43年)。CDの前身はじつはテープ記録であったのだ。ただし……(つづく)

(月刊AVレビュー4月号より抜粋)