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PRサウンドマスター就任10年、山内氏インタビュー

デノンのサウンドマスターが作るのは音質だけじゃない。山内慎一氏の仕事哲学から見える、デノンが世界で愛される理由

公開日 2025/04/04 07:00 大橋伸太郎
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大橋:現在はHi-FiとAVの両方のサウンドマスターを務めているのですね?

△2023年発売のフラグシップAVアンプ「AVC-A1H」。デノンでも最高峰のAVアンプにのみ与えられる「A1」の型番を15年ぶりに冠するモデルだ

山内:サウンドマスターを設置した当初は、Hi-Fiとサウンドバー、イヤホンも含めたライフスタイルオーディオ、つまり2chは開発段階から仕上げていく手法で、 AVアンプは最終確認を行うスタイルでしたが、2021年からAVアンプも私が音をまとめるようになりました。

現在は、それまでAVアンプ、つまりマルチchのサウンドマネージャーだった高橋佑規がAVアンプの開発設計リーダーの役割に特化し、Hi-Fiはプリメインアンプ、ディスクプレーヤーというカテゴリー毎にそれぞれ別の者が設計を担当しています。

大橋:AVアンプの場合、構成する部品点数が膨大な一方、映像に関する回路も音質にかかわります。それらのすべてを吟味して行くのですか。

山内:回路の量が膨大すぎて困惑する場合もあるでしょうが、どこを変えても音が変わるので私は逆にアプローチの切り口が無限にあるほうがやりやすく、手詰まりにならないととらえています。

△AVアンプはHi-Fiコンポーネントと比べ膨大な部品量になってくるが、だからこそアプローチしやすいと山内氏は考える

大橋:AVアンプで映像回路のここ、たとえばスケーラーをこう変えたら音がよくなったという具体的な事例はありますか。

山内:ハードウェア、パーツレベルではごくふつうにあります。デバイスの使い方を変えてみるとか、クロック関連の改善などは設計の担当者と相談しながら試していきます。

大橋:たとえばコンデンサの1つについても山内さんが試聴を繰り返し、無数の候補のなかから選んでいく。それでも納得がいかず、例えばニチコンにカスタム品を発注することもある。具体的にどういう部品を使うかがサウンドマスターの手に委ねられていると考えると、設計とクロスオーバーしていく部分がありますね。山内さんはこうしたい、設計者は、いやそれはしたくないという意見の対立、葛藤が出ることもあるのではないでしょうか?

山内:多少はあります(笑)。電話やビデオ会議での打ち合わせでもめることは当然あります。音もそれなりに改善していったことを設計者が納得してくれて、コミュニケーションを含めた音作りのプロセスがうまくいくようになっていきました。

一方、技術的にここは変えると危険性があるから同意できないということはあり、信頼性の領域に関しては私が折れて設計に従うことも多々あります。意見の対立を恐れず、その一段上によりすぐれた考え方があるかもしれないと考えることが大切です。

大橋:マランツは尾形好宣氏が現在のサウンドマスターですが、氏の考えではHi-Fiアンプの音の延長線上にサラウンドアンプの音質があるということです。2chの音質を固めてそれを発展させていくのが氏のやり方ですが、山内さんの中でHi-FiとAVアンプの音質には違いがありますか?

山内:音作りの意図とか姿勢は私の中で変わりません。AVアンプを開発段階から音質検討するようになって5年くらいになりますが、自ずとデノンのAVアンプにHi-Fiのアプローチが多く入るようになったと思います。チューニングの仕方も2ch中心に聴いてきて、ある段階で、マルチチャンネルで確認を始めるという流れです。

 

3000番トリオに望んだ音の境地

大橋:山内さんが監修した直近の製品がHi-Fiの3000番トリオです。プリメインアンプの「PMA-3000NE」は、110周年記念の「PMA-A110」とレギュラーラインの「PMA-SX1 Limited」のそれぞれのいい所を融合させて新しいアンプを作ったと聞きました。

△2024年にリリースされたHi-Fiフラグシップ「DCD-3000NE」(画像左)と「PMA-3000NE」(画像右)

山内:A110は単にアニバーサリーモデルでなく、今後10年の基礎になるアンプという位置付けで開発しました。その次の世代にあたるのがPMA-3000NEで、Limitedの技術を統合することでA110を発展させています。音調については感覚的な表現になりますが、枠の大きさ、押出しにしなやかさを加味して、ハイエンドに通じるナチュラルさの領域にもっていこうと考えました。

大橋:山内さんは「レコード大好き人間」とうかがっています。レコードプレーヤー「DP-3000NE」には、学生時代からデノン(デンオン)のプレーヤーやカートリッジに親しんできた山内さんならではのアンプ、CDプレーヤーとはまた別のこだわりがあったのではないでしょうか?

山内:いまのHi-Fiのラインナップに感じられる音の様相をできるだけ反映しようと考えました。

大橋:解像力、広帯域、フラットなFレンジとか、プレゼンスいったもの?

山内:そうです。ふだんのHi-Fiの手法を使いますが、アナログプレーヤーは使用部品の点数がアンプ等のエレクトロニクスほど多くなく制約があるものの、なるべくHi-Fiと共通する現代の音の世界観を持込むようにしました。それでもデノンのアナログのDNAは残るのです。結果的に元々持っていたものと新しさが融合して強い製品になったと思います。

△DP-3000NE

大橋:3000番トリオで感心したのは、デノンの顔となる最新製品でありながら常識の範囲の価格に収まっていることです。近年のHi-Fiオーディオの価格は天上知らずの状況で、とくにアナログプレーヤーにその傾向が強いようです。DP-3000NEは税込385,000円という価格でリファレンスとして使える性能、信頼性を得ています。

アナログ不毛時代にいちども中断することなくプレーヤーシステムとフォノカートリッジを作り続けたのがデノンでした。デノンのポリシーのひとつ「For All Customers」を体現した製品に思えます。

山内:アナログの技術の蓄積を持つ人材が決して多くはないものの、現在も社内にちゃんと残っているのです。彼等の持つノウハウを盛り込んで誕生したのがDP-3000NEでした。サウンドチューニングも苦労して作り直すというより、出来上がってきたものを少しずつ改善していけば十分卓越したパフォーマンスが出てくるのです。基本設計の良さをつくづく痛感しました。

大橋:プリメインアンプPMA-3000NEとSACD/CDプレーヤー「DCD-3000NE」ですが、後者にはUSB等のデジタル入力がありません。デノンの考え方は、ストリーミング全盛のいま家庭でそのゲートウェイになるのはアンプである、だからプリメインPMA-3000NEにデジタル入力の機能を集約した、です。今後のデジタルソース再生についてのデノンの考えの一端がここからうかがえます。山内さんは今後のHi-Fiについてどう予測しますか?

山内:予測は難しいですが、表面的な形態は変わってもオーディオのスピリット、趣味性は必ず残っていくと思うし、残していきたいと思います。Hi-Fiの変化のスピードは世の中の他のジャンルに比べるとむしろゆっくりしています。その一方、サウンドバーやBluetoothスピーカーといったライフスタイルオーディオが現在のHi-Fiの品位・性能とクロスオーバーして、高度化していく方向もあるのではないかと思います。

 

サウンドマスターの考える「ホンモノのオーディオ」とは

大橋:高機能で合理的な形式のオーディオの中からハイエンドが現れる可能性もあるということですね。最後に山内さんの考える「ホンモノのオーディオ」「究極のオーディオ」とは何でしょう。

山内:オーディオでとても大事な要素としてパッション(情熱)があげられます。音にひとの息づかいが感じられることと言いかえていいかもしれません。そして「美」があること。私はつねにそれを求めています。美が聴き手の心や頭脳に何かを生んで残していく。それが全面に感じられることが私にとってのオーディオです。

デノンのテーマのVivid & Spacious。これを突き詰めていくと、とてもニュートラルな音の地平が現われます。オーディオの存在が消えてダイレクトに音楽に共振できる境地といっていいかもしれません。それが進んでいくとオーディオに個性がなくなるのか、というとそうでなく、それこそが本当の意味の性能や技術を競い合う目的であり成果のはずです。オーディオの進化でより素晴しい音の世界がリスナーに提示されるのでないでしょうか。
 



インタビューを終えて私の中に強く印象づけられたのは、山内氏、そしてデノンがつねに「共にある」実感だった。共にある対象の第一は、デノンの社是の「For All Customers」のいう一般のエンドユーザーである。技術と音質、さらに価格の隔絶でファンを困惑させたり、信頼、期待を裏切ったりしない。
  
激しい変化の時代に、デノンが日本の、いや世界のHi-Fi & AVの世界で現在の地位にある理由がこの共存感覚にある。サウンドマスター山内氏の仕事は音質に深く分け入っての向上だけでない。良品思想の守り手であったのだ。3000番トリオ、AVC-A1Hの次なる作品が楽しみだ。


(協力:ディーアンドエムホールディングス)

 

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