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[連載]高橋敦のオーディオ絶対領域

【第100回】“ハイレゾとは何なのか?”− 楽曲制作プロセスからみるハイレゾ考察

公開日 2014/10/03 15:18 高橋敦
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▼上位ハイレゾ変換で処理精度向上パターン

録音 編集 マスタリング ハイレゾリマスタリング→配信
B 非ハイレゾPCM 非ハイレゾのままエディットやミックス この場合はここを跳ばしてリマスタリング行程へ 上位のハイレゾにアップサンプリング&ビット拡張した上でマスタリングして完成
I ハイレゾPCM ハイレゾのままエディットやミックス さらに上位のハイレゾにアップサンプリング&ビット拡張した上でマスタリング 前段の上位ハイレゾマスターで完成、もしくは録音時と同等程度の下位ハイレゾに落とし込んで完成


というわけでその、「制作時は可能な限り最高の音質と処理精度を確保しておくために上位フォーマットを用いる」という考え方と手法を活用するパターン。「パターンB」は元データが非ハイレゾ、「パターンI」は元データからハイレゾという違いはあるが、狙いとしては同じだ。

まず確認しておくと、アップサンプリングとビット拡張によって上位のフォーマットに変換してもそのこと自体で音質は向上しない。変換前と同じ音質のままデータ容量が大きくなるだけだ。また上位フォーマットへの変換でミックス等の処理精度が向上しても、録音時点より音が良くなるわけではない。もちろん好い音にするために調整するわけだからその調整によって、制作者が意図した好い音にはなる。しかし音の鮮度が上がるわけではないという意味だ。

ではこの手法の利点はというと、「向上がある」のではなく「損失が少ない」ことだと考えておくのが妥当だろう。損失とか劣化とか誤差とかを最小限に抑える地味な積み重ねの重要さは、オーディオファンの方々ならばよくご存知かと思う。音源制作においてもそれはきっと重要だ。

実例としては、ランティスが発売しているアニメ「ラブライブ」関連楽曲の一部は、48kHz/32bitで録音し、ハイレゾ配信向け音源の制作時にはミックスとマスタリングを96kHz/32bitで行い、そして96kHz/24bitで配信していることが、その意図(効果)と共に明示されている。なおもちろん、録音時点からより上位のフォーマットにしておくことができればそれがベストだ。ではなぜそうはせずにこのような手法を採るのか。

48kHz/32bitで録音、96kHz/32bitでミックス&マスタリング、96kHz/24bitで配信している「ラブライブ」関連楽曲『僕らは今のなかで』/μ's


同曲配信ページでは、制作プロセスについて明示されている
様々な意図や事情があるだろうが、例えば録音〜ミックスするトラック数(楽器等、ch数)が多い場合は、その時点で上位フォーマットにするとその処理負荷によって制作システムの快適性や安定性が損なわれる場合がある。その度合いがひどければ、選択の余地なく上位フォーマットは使えない。そこまでひどくない場合でも、作業性を損ねてまで上位フォーマットを使うべきではないという判断もあり得る。

喩えるなら「弾きこなせば素晴らしい音色を生み出せるが、それが至難であるほどに弾きにくい楽器と、弾きこなせたとしてもそこまでの音色は生み出せないが弾きやすい楽器。より素晴らしい演奏を行えるのはどっち?」みたいな話と言える。無理に上位フォーマットを使うことよりも、作業性の高い環境で制作をスムーズに行えることの方が、最終的な音質も音楽作品としての総合的な完成度も高めることができる。そういった考え方だ。

そしてミックスまでが完了すればトラック数はステレオの左右の2chのみとなるので、マスタリングは上位フォーマットに変換して行ってもシステムへの負荷は少ない。

またサンプリング音源やモデリング音源、プラグインエフェクトはそもそも96kHz/24bit以上等の音声信号の再生や生成、処理に対応していない場合も多く、それらを多用する作品では、それを超えるスペックで録音を行う利点が少ない。そういった判断からの選択というのもあるだろう。もちろん、その作品が録音された時代によっては、当時の技術的な制約によって録音時のハイレゾや上位ハイレゾという選択肢がそもそもなかったという場合も多々ある。

さていずれにせよ、前述のような理由でアップサンプリングとビット拡張を行ったとすると、それを配信に向けてまた元のフォーマットにあえて戻す(ダウンコンバートする)理由はない。それはそれでまた損失の要因になり得るからだ。ただし32bit等の超ハイスペックに引き上げて処理した場合は、前述のように再生環境やファイル容量等の判断でスペックを落とす判断はあり得る。

しかし、結果として例えば「録音は非ハイレゾなんだけれど配信時のフォーマットはハイレゾ」「録音時のハイレゾよりも上位のハイレゾフォーマットでの配信」というパターンの音源も生まれる。そして特に前者はいわゆる「ニセレゾ」扱いされがちだ。しかしこの「ニセレゾ」問題については別途に説明するのでここでは後回しにさせてほしい。

次ページ「PCM録音からアナログ経由でDSDマスタリング」

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