舞台や放送の音響制作環境の現場ノウハウが盛りだくさん。ワイヤレスマイクの技術セミナーをレポート
ワイヤレスマイクの「これから」を「知る」だけでなく「体験する」一日。都内で開催された「ワイヤレスマイク技術フォーラム 2026」は、ワイヤレスマイクの最新技術や運用法を知ることのできるイベントだった。
筆者は、音声を扱うエンジニアの一人としてこれを取材。普段、私たちが楽しんでいるライブステージや放送などの映像コンテンツは、ワイヤレスマイクの進化があらゆる面にメリットをもたらしていることが見えてきた。本稿では、業務用ワイヤレスマイクの今と未来を現場のプロの声を元にお伝えしていきたい。
舞台公演でのワイヤレスマイクの活用ノウハウ
このセミナーは、ゼンハイザージャパン、公益社団法人 日本舞台音響家協会、一般社団法人 日本音響家協会(東日本支部・西日本支部)、一般社団法人特定ラジオマイク運用調整機構(特ラ機構)の4団体が共催し、舞台や放送などに関わる技術者に向けた、ワイヤレスマイクの実機デモや運用ノウハウを紹介するもの。
東京芸術劇場の音響統括を勤める石丸耕一氏のセミナーは、舞台公演でのワイヤレスマイクの活用法をこれでもかと披露してくれた。

プラグオン送信機を使って、コンデンサーマイクを無線で運用する実例はトリビアの連続。プラグオン送信機は、通常有線で使うマイクを無線マイクとして使うことができる機材。マイクはスタジオ定番のNeumann U 87や漫才でお馴染みSony C-38Bをはじめ、目立ちにくいISOMAX2のような小型ラベリアマイクも利用されているという。
U 87などケーブルレスで使うイメージがまったくなかった筆者は目を見開いた。マイクの種類は用途に応じてチョイスし、舞台装置の背後や小道具の中に隠すという。
無線なので、舞台装置が場面転換でハケる際にも気兼ねなく移動できる。これが有線だったら、ケーブルを移動するスタッフも必要だし、スピーディーな転換は困難だろう。
他にも小道具に忍ばせて、役者やダンサーに“物を持って来るという体”でマイクをセッティングする手法もあるそうだ。
アクティブスピーカーの活用でリアリティを高める
もう一つ、イヤーモニターシステムを使ったユニークな実例を取り上げたい。イヤーモニターの一般的な使用例として、音楽ライブを想像してみてほしい。歌手がいわゆるIEMを耳に取り付けているのを見たことがあるだろう。イヤホンのケーブルは、衣装の中などに隠されたレシーバーに接続されており、歌手は伴奏を聴きながらパフォーマンスをする。
このレシーバーにイヤホンではなく、アクティブスピーカーを接続するという活用例があるそうなのだ。昨今、両手で抱えられるくらいの大きさで、音もしっかりしているPA用のバッテリー内蔵アクティブスピーカーは珍しくない。路上ライブなどでよく使われている。
あのスピーカーのライン入力にレシーバーの音声出力を接続し、舞台公演のSEを流すという。TVの音とか、虫の鳴き声、はたまた赤ん坊の泣き声など。
実際に石丸氏が両手に抱えたアクティブスピーカーから、赤ん坊の泣き声を鳴らすデモンストレーションを実施。会場はクラシックのリハーサルなどを行なうシンフォニースペースだけあって、音像はクッキリと感じられる。1個のスピーカーからの発音のため、聴き手がどの位置に座っていても場所(定位)が正確に判別できる状態だった。
さらに次の実例。音の移動である。石丸氏が下手から上手に向かって移動。スピーカーからは常に赤ん坊の泣き声が流れている。まるで赤ん坊をだっこした登場人物が舞台上を移動しているようだ。
モデルとなるシチュエーションも“赤ん坊をあやす役者が舞台上を移動する”というもの。このような音の移動は、ステレオスピーカーを設置して、ミキサーのPANツマミで左から右に定位を変化させればある程度は表現できると思われる。しかし、『最も密度の濃い音像移動は、音が出ているスピーカーをそのまま移動させること』と師匠から教わったという石丸氏は、セミナー中にそれをやってみせたのだ。ぐうの音も出ないほど納得である。
実演はこれで終わらなかった。スピーカーユニットを前に向け続けて移動したら、いかにもスピーカーから出ている音に聴こえるから、実際に赤ん坊をあやすようにスピーカーもあやした方が自然に感じられるからやってみましょうと。
ホントに??と思わず疑ってしまう筆者だが、石丸氏が実演すると会場は息を呑むような静寂に包まれた。本当に腕の中に赤ちゃんがいて、目の前を移動しているように聴こえるではないか。ノウハウもさることながら、高音質な無線伝送と小型PAスピーカーがあってこそ、よりリアリティを増した演出が実現したのだと感動した。
コンサートにおけるワイヤレスマイクの新提案
その後も様々なセミナーが続いた。中でもワイヤレスマイクの最新動向については、聴衆の注目度も高かった。
欧米をはじめ世界53カ国で運用が始まっているWMAS(Wireless Multi-Channel Audio Systems)は、まさに大変革といっていい技術だ。詳細は業務用のため割愛するが、WMASはワイヤレスマルチチャンネルオーディオ伝送のための、ワイヤレスマイクおよびインイヤーモニターのシステム規格である。
これまで1つの電波に1つのオーディオを載せて伝送してきたものを、帯域の広いワイドバンド(日本は6MHz幅)に複数のオーディオを載せて伝送する技術である。ワイヤレスマイクだけでなく、前述のイヤーモニターもこの1つのワイドバンドの中に混載して伝送できる。さらにリモートコントロール信号まで載せることが可能だ。
ゼンハイザーのWMASを採用した「Spectera」では、海外利用実績を踏まえたメリットが紹介された。従来は、1Uラックに2chや4chの受信機を入れて、それを大量に重ねて運用してきた機材群が、たったの1Uでワイヤレスマイク32ch+イヤーモニター32ch(ステレオは16ch)の同時運用が可能になるという。
このBase Stationは、ワイヤレスマイク用レシーバーとイヤーモニター用トランスミッターがセットになった極小ハードウェア。もはや革命の域である。また、従来は演者1人当たり、2つのボディパックを装着してマイクとイヤーモニターを運用していたのが、1つのボディパックで両方が使えてしまう。またワイドバンドを使うことで、反射などによる受信レベルの落ち込み(RFフェーディング)を25dBも改善できる。つまり安定して繋がるということだ。
では、実際に音を聴いてみようということで、まだ日本では使えないSpecteraを特別な許可の下、試聴することができた。登壇者がSpectera SEKボディパックに接続された有線マイクに向かって発声しBase Stationにワイヤレス伝送。Base Stationからもう一つのSpectera SEKボディパックにワイヤレス伝送し、IEM代わりのヘッドホンで聴衆が試聴するシステムだ。
伝送フォーマットは、一般的なオーディオコーデックのOPUS、ゼンハイザー独自のオーディオコーデックSeDAC、96kHz/24bitの非圧縮PCM、この3種類で音の違いを確かめた。
OPUSは圧縮音声っぽいシャカシャカ音が目立つ。SeDACは、PCMに肉薄する音質となったものの、やや音が薄い感じがする。PCMは、音の太さと空気感が格段に向上し、まるで無線伝送などしていないかのような高音質が味わえた。
Specteraによって、機材が軽量かつ小型化、電波も安定して繋がり、多チャンネル運用も簡便になる未来。大規模コンサートのワイヤレス事情がより安定するだろうし、小〜中規模コンサートで多数の楽器や演者が出てきても機材に無理が生じにくくなりそうだ。
来年の3月に総務省の陸上無線通信委員会でパブコメが取りまとめられ、そこから交付・施行へ進み、ARIBの技術基準策定や製品の技適(技術基準適合証明)取得などがクリアされれば、いよいよ日本でもWMASが使われる日が訪れる見込みだ。期待して待ちたい。
ということで、業務用の世界も覗いてみると案外面白いものだ。ワイヤレス技術の発展によって、ライブや映像コンテンツがより楽しく、自然に、そして何よりハイクオリティで味わえるのだと思うと、なんだかワクワクしてこないだろうか。

