Snapdragon X2 Eliteが示すAI PCの未来、クアルコム本社で見た「高性能・省電力」アーキテクチャの真価
クアルコムが最新世代のコンピューティングデバイス(PC)向けフラグシップSoCである「Snapdragon X2 Elite」を、今年の9月24日にハワイで開催したイベント「Snapdragon Summit」で発表した。2026年1月にラスベガスで開催されるCES 2026のタイミングに合わせて、各PCメーカーからSnapdragon X2 Eliteを搭載する新製品も発表される見通しだ。
新製品への期待も高まる中、去る11月11日と12日の両日、クアルコムがアメリカ・カリフォルニア州の都市サンディエゴに構える本社にメディア関係者を集めて、Snapdragon X2 Eliteシリーズの詳細を伝えるセッション形式のイベント「Snapdragon X Series
Architecture Deep Dive 2025」を実施した。
集まったメディアに向けて公開されたラボラトリー・ツアーとともに現地からレポートする。
モバイルの知見をAI PCに活かすことができたクアルコム
2024年は「AI PC元年」と呼べる年だった。とりわけ、夏にマイクロソフトが次世代AI搭載のWindows PCを「Copilot+ PC」として新たにブランド化したことで、このカテゴリーの存在感はいっそう鮮明になった。
1990年代はインテルが中心となって開発・進化させてきた命令セットアーキテクチャである「x86アーキテクチャ」を、主流メーカーのPCとソフトウェアが採用した。以後、その64ビット拡張を先導したAMDと、インテルの両社がx86アーキテクチャの進化を長年リードしてきた。
かたや、スマートフォンやタブレットのようなモバイルデバイスは常時インターネットにつながり、電源を投入後もスタンバイ状態のまま動き続けることが求められる。これを受けて、エネルギー効率に優れる「Armアーキテクチャ」を多くのハードウェアとソフトウェアが採用してきた。
そして近年はAIコンピューティングの潮流が一気に加速している。
とりわけ持ち歩きながら使うモバイルノートPCにおいては、省電力と高い処理性能の両立がこれまで以上に重要になる。
クラウドベースのAIタスクは複雑な処理を伴うものが多く、電力消費や通信遅延の課題が避けられない。
こうした背景から、一定レベルの高度なAI処理をデバイス側でオフラインのまま実行し、快適なユーザー体験を維持することがPCに求められている。
マイクロソフトが「Copilot+ PC」で掲げた要件である、大規模なAI推論をこなすNPU性能、長時間駆動、即時起動などは元からスマートフォン向けSoCの領域で磨かれてきた技術と親和性が高い。
だからこそ、長年にわたりArmアーキテクチャによるモバイル向け半導体開発をリードしてきたクアルコムが強みを発揮しやすい。
実際、クアルコムは2023年秋に初代「Snapdragon X Elite」を発表しており、その設計思想は結果としてCopilot+ PCの要件とも合致した。以降、同社の技術と経験がPC向けのAIプラットフォームに活かされる流れが加速した。
なお、クアルコムはコンピューティング向けSoCを2010年代から展開している。Snapdragon X Eliteは、クアルコムが自社で設計・開発した「Oryon(オライオン)CPU」を搭載し、コンピューティングデバイスによるAI体験に最適化したSoCである点についても注目したい。
Snapdragon Xシリーズは約2年間で一気にラインナップを広げた
昨年、マイクロソフトが初めて発表した「Copilot+ PC」では、SoC内でAI推論を担う専用ブロックであるNPUについて、40TOPS(1秒間に40兆回の演算)以上という性能要件が示された。
これはCPUやGPUと連携しながら高度なオンデバイスAI処理を実行するための、新たな基準に位置づけられている。
この要件を最初に満たしたのが、クアルコムの「Snapdragon X シリーズ」だった。
結果として、発表当初のCopilot+ PCは、Surfaceシリーズを含む各PCメーカーの製品がすべてSnapdragon Xシリーズを搭載するかたちで展開された。
現在では状況が変わりつつある。2025年11月時点では、インテルやAMDも40TOPS級のNPUを備えたシリコンを投入しており、両社のプロセッサーを採用したCopilot+ PCも登場している。
クアルコムによるSnapdragon XシリーズのSoCにはフラグシップのX Elite以下、バランスに富んだSnapdragon X Plus、10万円を切るスタンダードクラスのPCに搭載されることを想定したSnapdragon Xがある。
中堅どころのX Plusは10コアと8コアのチップセットがあり、コア数の違いに起因する性能によっても分類される。
新しいSnapdragon X2 EliteはフラグシップのX Eliteに置き換わるSoCだ。
複数のAI推論モデルが連携しながら、ユーザーが意図するコンテクスト(文脈)を理解し、体験の質を高める。「AIエージェント」の時代に備えて、NPU性能は従来の45TOPSから一息に80TOPS(1秒間に80兆回の演算)まで引き上げられた。
さらに、Arm互換のCPUとして初めて最大5.0GHzのクロックスピードを実現したほか、CPUのコア構成、GPUとNPUの性能、メモリ帯域など全体をエンハンスした上位SoCのSnapdragon X2 Elite Extremeもランナップに加わる。
なお、Snapdragon Xシリーズを搭載するPCはクアルコムによる高音質BluetoothオーディオコーデックであるaptXをサポートしている。
特に上位のSnapdragon X EliteのSoCについてはハイレゾ音質をカバーするaptX Adaptive、およびそのロスレス拡張モードであるaptX Losslessもサポートしている点も見逃せない。X2 Eliteを搭載するPCにも同等の機能が期待できそうだ。
PCでも重視される「高性能と長時間駆動の両立」
アメリカ時間の11月11日に幕を開けたイベント「Snapdragon X Series Architecture Deep Dive 2025」は、IT・PC界隈のエキスパートメディアに向けて、新しいSoCのアーキテクチャの詳細に踏み込みながら、情報を共有することを目的としたイベントだ。
最新のチップセットを組み込んだ、クアルコムによるリファレンスモデルを使ったユーザー体験も紹介された。米国外から世界各国のメディアを集めて、同じ趣旨のイベントが実施された機会は今年が初めてだった。
初日に開催したセッションの冒頭には、クアルコム本社でコンピューティングとゲーミング関連の事業を統括するシニア・バイスプレジデント兼ゼネラルマネージャのケンダル・コンダップ氏が登壇。
Snapdragon Xシリーズの設計思想について「焦点は常にモビリティであり、PCユーザーが常に持ち歩くデバイスである。Snapdragon Xシリーズはアーキテクチャの隅々まで、その思想を重視しながら設計している」と語った。
モバイルノートPCの「パフォーマンス」という言葉は、多くの場合はAIを含む各種タスクをどれだけ速く処理できるかという「速度」の側面が注目されがちだ。
しかしながらクアルコムは速度だけでなく、消費電力を抑えつつ高い性能を維持することもパフォーマンスの重要な要素と捉えている。
コンダップ氏は登壇したセッションで、同社が追求しているのは単なる処理速度ではなく「高い性能と長時間バッテリー駆動の両立」であるとあらためて強調した。
初代Snapdragon X Elite の発表から約2年が経過し、アーキテクチャの要所をブラッシュアップした結果、次世代チップでは各種ワークロードでの処理効率が向上し、体感的なパフォーマンスも大きく引き上げられている。
X2 Eliteチップの高い電力効率を象徴する2つの技術
イベントの中でSnapdragon X2 Eliteを様々な視点から深掘りした複数セッションから、エンジニアリング部門シニア・バイスプレジデントであるパラグ・アガシュ氏が登壇したプラットフォームの全体を俯瞰するセッションをピックアップしてみたい。
アガシュ氏もまたSnapdragonシリーズのSoCについて「低消費電力は我々のDNA」であると語り、高いパフォーマンスを出すことを求めるなら、バッテリー寿命をあきらめるといった従来のPC向けのプロセッサにおけるトレードオフを甘受するのではなく、「X2 Eliteシリーズでも高性能と優れたバッテリー寿命の両方を同時に実現するための技術的進化を追求した」と胸を張った。
アガシュ氏の言葉が示す、Snapdragon X2 Eliteシリーズの強みとなる「電力効率を高める技術」の象徴的な進化点からふたつ、筆者が注目したポイントを紹介する。
ひとつはSnapdragon X2 EliteのSoCに統合された「Always On Subsystem」だ。デバイスのCPUやDRAMがスリープ状態・スタンバイ状態にあっても常時稼働する省電力領域が設けられている。
「Sensing Hub」もまたSnapdragon X2 Eliteシリーズを搭載するPCのオーディオビジュアルインターフェースにも関わる独自のサブシステムだ。
PCが搭載するカメラ、マイクなど各種センサーからの入力がこのブロックに常時接続されている。
サブシステム内には専用のHexagon DSPとデュアルマイクロ埋め込みeNPUを備えており、PC本体を起動させることなく、高度なAI処理を実行する。
アガシュ氏はこれらの省電力サブシステムが機能することにより、PC商品を設計するエンジニアはデバイスのバッテリーを消耗することなく、様々な常時オンAIのユースケースを組み立てられるだろうと説く。
例えばユーザーがPCに近づいたことを内蔵カメラが認識して起動し、離れると自動でロックをかける。スマホやタブレットの顔認証システムのような使い方が提案できる。
あるいはマイクを使って、PCがスリープ状態でも「Hey Snapdragon」等のウェイクワードを話しかけて起動することも可能になるという。
もうひとつのポイントは「2段階のパワーデリバリーシステム」だ。
アーキテクチャの観点からはやや込み入った話になるため、アガシュ氏の説明を概略化すると、X2 EliteのSoCには2段階で電力をきれいに整えたうえで、必要な箇所にだけ必要なぶんの電力を迅速に送り出す配電システムがあるという。
前段に構えるプリレギュレータという回路上でバッテリーからの電圧を効率よく、扱いやすい電圧に整える。
続くコアPMIC(Power Management IC)の段で、CPU/GPU/NPUなど各ブロックが必要とする最適なバッテリーに調整して送り出す。
SoCの中に細かく分割された電力供給のためのグリッドを張り巡らせて、各ブロックごとに電力のオン・オフと、電圧や周波数の調整をコントロールする。
プレレギュレータとPMICが超高速で互いにフィードバックし合う制御ループも設けている。これにより、瞬間的な電力調整が行えるメリットが生まれる。あるいは大きな電力を必要とするタスクの場合のみ、瞬時に高出力モードに切り替えることもできる。
つまりSnapdragon X2 Eliteシリーズには、必要な時にだけ瞬間的にパフォーマンスを高めたり、反対に多くの電力が不要になると速やかに省エネモードに移行する「スマートな電力供給システム」があるというわけだ。
Snapdragon搭載PCのオーディオ・ビジュアル性能にも要注目
Snapdragon Xシリーズの「高性能・低電力」を基本とする設計思想は、チップを搭載するPCのオーディオ・ビジュアル体験を高めることにもつながる。
例えばaptXコーデックによるBluetoothオーディオは低遅延、かつロスレス再生の安定性が向上するという。
ビデオ会議時には通話音声のノイズ抑制や、特定の話者の声紋を記録しておき、カメラの前に数人の話者が並んだ場合でも、声紋と一致する話者の声だけをピックアップしてクリアに伝えるといった、便利で先進的な使い方も生まれる。
アガシュ氏は「スマートフォンのカメラ、画質、低消費電力に関するクアルコムの知見をPCにもたらせる」と述べた。
例えば、Snapdragon X2 EliteシリーズにはモバイルのSnapdragon 8 Eliteシリーズが搭載する画像処理プロセッサ「Spectra ISP」が統合されている。
カメラの前に立つ人物の「顔検出」や「背景ぼかし」といった、ビデオ会議の場面にも多用される機能をPCにも簡単に組み込める。
アガシュ氏によると、例えば背景ぼかしの機能はソフトウェアで実行する場合に比べると、同じ画質を保ちながら約40%も少ない電力で実行できるという。
ほかにもスマートフォンで培ったOLEDディスプレイの制御技術である「OLEDエッジディミング」をPCに持ち込める。ユーザーが注視しにくい、画面の端の輝度をコンテンツに応じて細かく調整しながら、映像視聴体験を損なうことなく電力を節約する。
クアルコム本社のラボラトリー・ツアーでは、これらのSnapdragon X2 Eliteシリーズによる機能の一部をリファレンスモデルのPCで体験できた。
モバイルPCの小さなスピーカーからパワフルで歪みのないクリアなサウンドを再生するアンプ制御の技術「Aqstic Speaker Max」のデモンストレーションも面白かった。
スピーカードライバのストロークをリアルタイムにモニタリングしながら、最適な電力を送り出す。Snapdragon Xシリーズの「高性能・低電力」の考え方を象徴するオーディオ技術と言えるだろう。
アガッシュ氏は、クアルコムの強みは迅速にイノベーションを実現する推進力にあるとしながら、今後もSnapdragon Xシリーズを通じてPC業界に新たな変革をもたらしたいと意気込みを語り、セッションを締めくくった。
2026年もまた、年初から新世代のAI PCが脚光を浴びるだろう。Snapdragon搭載AI PCのさらなる躍進にも期待したい。
