B&W愛用ユーザーを訪ねる(1) -ネットワークオーディオが深める夫婦の絆-
飽くなき探究心、老舗ブランドB&Wが愛されるわけ
日本で一番愛されているハイエンド・オーディオスピーカーといえば、イギリスの老舗・Bowers&Wilkins(以下B&W)のスピーカーは間違いなくその一つとして名が挙がるだろう。ジョン・バウワーズ氏とロイ・ウィルキンス氏の出会いによって誕生したイギリスの名門ブランド。その卓越した音質により、アビーロード・スタジオをはじめとした世界各国の音楽スタジオにおいて、長年モニタースピーカーとして使われてきた。
その高い信頼性、800シリーズを筆頭とした幅広いラインナップ、そして素材から検討してオーディオの次なる高みを目指し続ける探究心。B&Wはイギリス、日本、そしてアジア各国でもリファレンスたる、特別な存在感を持ったスピーカーブランドである。
そんなB&Wの愛用ユーザーを訪ねる本企画、第1回目に登場してくれたのは、豊洲のタワーマンションにお住まいの渡邊龍男さん。南向きの柔らかい光が差し込むリビングルームには、B&Wの最新スピーカー「801 D4」が静かに音楽を鳴らしている。
ラリー・カールトンから新鮮な音が聴こえた!
「私がオーディオに関心を持ったのは2014年のことです。妻が痛みのある病を患っていたので、自宅で楽しめる新しい趣味はないか、と探していた時に、“そうだ、オーディオをやろう!”と思い立ったのです。銀座で妻とランチをしていたタイミングでしたね。その場ですぐに都内のオーディオショップを調べたところ、秋葉原にダイナミックオーディオ5555という店があることを知り、その足ですぐにお店にアポイントを取ったのです」
渡邊さんはB&Wというスピーカーについて、以前から名前だけは知っていた。「どこで知ったのかはちょっと覚えていませんが、ちょんまげみたいなかたち、というのが印象に残っていたんでしょうね。そのときに、ダイナミックオーディオの4Fを担当していた島 健悟さんに初めてお会いして、オーディオのことをイチからいろいろ教えていただいたんです」
お店では、B&Wの「802 Diamond」を試聴した。その音を初めて聴いた渡邊さんは、「こんな世界があるのか!」と大変な衝撃を受けたという。「もちろん音楽はずっと好きでしたし、私自身もギターもよく弾いています。ですが、その頃あんまり音楽が楽しめなくなってきた、と感じていたんです。あとで気がついたのですが、MP3などの圧縮音源ばかり聴いていたせいもあるんじゃないかと思います。しかし、B&Wを聴いてびっくりしました。何度も聴き込んでいたラリー・カールトンの『Room335』から、まったく初めて聴くような新鮮な音がするんです。これは驚きました。一緒に聴いていた妻のみゆきも、“私の目の色が変わったのが分かった”って言うくらいで。スピーカーはこれにしよう、とその場ですぐ決めたんです」
その後、現在も使用しているアキュフェーズのプリ&パワーアンプを導入。これもなかなか大変な背景があったとか。
「当時はダイナミックオーディオでアキュフェーズの取り扱いはなかったのです。私は島さんのことをとても信頼していたので、ここで買いたい、と思ったのです。アキュフェーズの社長宛てに直接手紙を送ったほどです。ですが、当時はそれができなかった。ですから秋葉原の別のお店まで聴きに行ってね」。ダイナミックオーディオの店員が、お客さんを連れてやってきたら、さぞかしお店のスタッフは面くらったことだろう。
「まず聴いたのはラックスマン、渡辺香津美のソロギターがモノトーンに響いてとても情緒的。しかし、その後にアキュフェーズで聴いた同じ曲、モノトーンのはずが彩り豊かな虹色に聴こえたんです。妻と顔を見合わせました。『うん、これは素晴らしい』って」
島さんも当時を振り返る。「正直にいえば、私たちはお店ですから、うちから買って欲しい、という気持ちはあります。でもそれ以上に、お客さんが一番納得できるものを買って欲しい、という思いが強くあります。それなりに高いものですから、しっかり選んで、そして音楽をたくさん楽しんで欲しい。それが私たちの1番の願いです」。
その真摯な思いが、ダイナミックオーディオ5555を、国内のB&Wのトップセールス・ショップの一つに押し上げる大きな要因かもしれない。(その後、渡邉さんの手紙がひとつのきっかけとなり、2018年よりダイナミックオーディオでもアキュフェーズの取り扱いを開始している)
「801 D4」ではよりシルキーな音がする
オーディオが自宅にやってきてから、音楽を楽しむ時間はさらに増えた。「オーディオを買ってから、ライヴに行くのがものすごく楽しくなりました。一番多い時は2年に120回以上行ったりね。ほとんど妻と一緒に、また友人たちを誘って何人かで行ったこともありました。オーディオで予習して、ライヴを見て楽しんで、また自宅に戻って2人で復習ができる。元々好きだった音楽が、ますます大好きになりましたよ」
そして渡邊さんは、「音楽を聴くというのは耳だけじゃなくて、脳の認識につながっているというか、五感も含めたいろんな記憶ともセットになっているように思います」と言葉をつなぐ。「B&Wのスピーカーで聴くとその記憶の解像度がより高くなるというか。音楽のちょっとしたフレーズなどで記憶が蘇って、思わず泣けてきてしまうこともありますね。それもまた、オーディオならではの魅力じゃないかと思います」
「801 D4」に買い換えたのは2024年のこと。「10年ほど使ってきて、そろそろグレードアップを、と考えていたタイミングで値上がりの話を聞きまして(編集部注:2024年4月に800シリーズの価格改定がなされた)。いまだ!と思って思い切って買い換えました。D4では、音も明らかに進化していて、驚きましたね」
あえてD3には買い替えず、2段階の進化を目の当たりにしたわけだから、その衝撃は大きかっただろう。DiamondとD4の違いについて尋ねると、渡邊さんは少し考えてから、「シルキーになった気がします」との答え。音のつながり、滑らかさ、歪みのない音楽再生は、B&Wのたゆみない研究開発の賜物であろう。
毎晩テーマを設けて4曲のプレイリストを作成
オーディオマニアのご自宅に訪問すると、CDやレコードが壁ぎっしりと並んでいることも多い。だが渡邊さんのお部屋はすっきりと整頓され、外の光が気持ちいい。聴く音楽ソフトは?と尋ねると、「全部fidataの中です。それにroonでTIDALと統合して使っています」と明快なお答え。
TSUTAYAオンラインでCDをたくさん借りてきてはリッピングしてfidata内に保存。roon coreとなるmacは別の部屋に置いてあり、roon bridgeとしてVOLUMIOの「RIVO」、DAコンバーターにコードのDAVEを組み合わせている。
「オーディオがあって大好きな音楽をいい音で楽しめたことは、本当に素晴らしい時間でした。夕食の後は2人で音楽を楽しむ時間にしていまして、毎晩4曲、私がプレイリストを作ってくつろぎながら音楽を聴いてね。例えば雪が降った日には、“SNOW”をテーマに4曲選んだりとか」
夫婦でオーディオを楽しむ、なんてロマンチックな時間だろうか! ある時は“雪”のようなテーマを設け、ある時は様々なアーティストによるカバー曲だけを集めたり。こんな使い方はCDやレコードではなかなか難しい。ネットワークオーディオならではの使いこなしだ。
だがすべては過去形。残念ながらみゆきさんは、一昨年病状が悪化し、天国へと旅立った。オーディオ機器の横には笑顔のみゆきさんの写真と骨壷、そしてちいさなお花が飾られている。「いつもここにいて、一緒に音楽を聴いているよ」と、みゆきさんの柔らかな光に包みこまれているようにも感じられた。
一昨年のみゆきさんのことがあってから、渡邊さんはしばらくの間音楽も聴けなくなってしまったと言う。だが、その後に出会ったエヴァ・キャシディは渡邊さんの今のフェイバリットの一つだという。
その音を聴かせてもらった。とても伸びやかで自然、こちらの心まで洗われていくような清涼感と透明感に心打たれる。夫婦で音楽を愛してきた、渡邊さんの人柄がそのまま音となって部屋全体を満たしている。
オーディオは、人生とともにあり、生活を豊かに潤してくれる相棒である。音楽を聴く、ただそれだけのことが、優れたオーディオによって生を鮮やかに彩る特別な時間になる。
十人十色、人それぞれにオーディオの楽しみ方と付き合い方がある。B&Wと過ごす特別な時間。そんなスペシャルな時間を今後もお伝えしこう。
取材photo by 大原朋美
