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自然な広がりに好印象

Apple Musicで新たに提供開始「空間オーディオ」を聴く。“画期的な飛躍”は本当か?

公開日 2021/06/09 06:40 風間雄介
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アップルが「Apple Music」のサービスを一新させた。全カタログがロスレス対応し、ハイレゾ楽曲も約100万曲を用意。そちらもオーディオファンにとっては話題となっているが、本稿では空間オーディオ楽曲のファーストインプレッションをお届けする。

空間オーディオについて、アップルは「プレミアムなリスニング体験」「録音技術の次なるステージで、画期的な飛躍」などと謳っているが、果たしてどんな体験が得られるのだろう。

空間オーディオの再生方法や設定方法、再生するための機器などについては別項にまとめているので、そちらを参照して欲しい。今回はAirPods ProとiPhoneで、Apple Musicの空間オーディオを聴いてみた。iOSはコントロールセンターから素早く空間オーディオのオン/オフができるので、聴き比べに便利なのだ。

さて、アップルがデモ用に用意しているコンテンツは、マーヴィン・ゲイの1971年の楽曲「What's Going on」だ。オリジナルのモノ音源から、ステレオ音源、そして空間オーディオを、2分弱で聴き比べられる。

Apple Musicには、様々な空間オーディオのプレイリストが公開されている

特にステレオ音源と空間オーディオの違いは大きく、音場そのものが格段に広くなる。パーカッションやフィンガースナップなど、個々の音の位置関係がはっきりとわかるようになり、実際に演奏に包まれているような感覚が味わえた。

Apple Musicの「見つける」は空間オーディオだらけになっている

自然な音の広がりがちょうど良い

デモ音源以外の音源も聞いてみよう。まず、アリアナ・グランデ「Positions」から「34+35」を聴く。

ステレオで聴いてみると、ボーカルが頭の中にしっかり定位する。いわゆる頭内定位の状態だ。ここで空間オーディオをオンにすると、音場がスッと頭の周りまで広がり、頭内に定位していたボーカルが、頭の外から聞こえてくる。それでいて不自然さがない。

空間オーディオ対応楽曲は、カバーアートの下にロゴが表示される

とはいえ、ものすごく音場が広がるかというと、そうでもない。アップルは「上空からも音が降り注ぐ」と言っているが、そこまでではない。10本以上のスピーカーとAVアンプで聴くドルビーアトモスの再生音と比べてしまうと、AirPods Proで聴くドルビーアトモスによる空間オーディオは、まったく別物と感じてしまう。

天井スピーカーまで含めたドルビーアトモスはいったんおいておき、実際にイヤホンから出てくる音を素直に評価しようと聴き続けると、音の広がりが、次第にちょうど良く、自然に感じられてくる。

音がぐるぐる動き回るようなデモ効果は望めないが、ステレオと空間オーディオとで、音の印象がすっかり変わってしまうこともない。

考えてみれば、アーティストや作り手としては、ステレオと空間オーディオとで、あまりにも違うリスニング体験になることは望んでいないはず。いくつかの楽曲を聴いていくと、空間オーディオを上品に活用し、自然な聞こえ方を実現しているものが多い印象を受けた。

これまでの、ボーカルがビシッとセンターに定位する音作りに慣れた耳からすると、空間オーディオを最初に聴いた際、少しボーカルなどの定位がはっきりしないように感じるかもしれない。

だが上でも述べたように、逆に空間オーディオをしばらく聴いてからステレオに切り替えると、頭内にボーカルやほかの楽器が定位するのが、逆にこもったように感じられてしまう。結果、すぐに空間オーディオへ戻したくなる。

特に何かの作業中に、BGMとして音楽を聴く際は、イヤホンリスニングでも広がり感や開放感があって聴きやすい空間オーディオの方が、圧倒的に良いと感じられる。

また、たとえば頭の右後ろからパーカッションが響いてくるなど、これまでのステレオでは不可能な表現を、あえてスパイスのように入れている楽曲もあった。やり過ぎるとクドくなるが、巧みに取り入れると、これまでにない音楽体験が味わえる。

旧録音から新作まで、多種多様なジャンルの楽曲がより魅力的に

さて、Apple Musicに用意された空間オーディオ楽曲は、昔の録音から最新のモノまで、ジャンルもクラシックやジャズからヒップホップ、ポップ、ロック、カントリーなど多種多様だ。

一通り聴いてみたが、ジャンルによる得手不得手はないように思った。どのジャンルでも、しっかり作られたコンテンツでは、空間オーディオの魅力がしっかり伝わってきた。

クラシックでは、ボストン交響楽団「ツァラトゥストラはかく語りき」を再生。壮大な響きが天空に解き放たれるような広がり感があり、空間オーディオの特性とよくマッチしている。ホールトーンまで含めたコンサートやライブ音源は、空間オーディオと相性が良さそうだ。

古めのロックも聴いてみようと、ザ・ローリング・ストーンズ「アンジー(2020)」を再生した。何度聴いたかわからない曲だが、ピアノやドラム、ギター、ストリングスの位置がぐっと広がり、新たな魅力を体感できた。試しにステレオ再生に変えてみると、音がぐっと平板になり、すぐに空間オーディオのリッチな広がり感に戻したくなる。

iPhoneでは、コントロールセンターからボリューム部を長押しすると、空間オーディオのオン/オフボタンが現れる

ジャズボーカルでは、ノラ・ジョーンズの懐かしの名曲「Don't Know Why」を再生。空間オーディオではしっとりとした親密な雰囲気が感じられるのに対して、ステレオ再生では、こちらもほかの楽曲と同様、平板な表現になってしまう。

どれを聴いてみても、ステレオの方が良い、と思えたものはなく、逆にこれまで自分はこんなに平板な音を聴いていたのか、と驚いたほどだ。

今回のApple Musicの進化では、全カタログがロスレス対応したほか、ハイレゾ楽曲も用意された。それにも関わらず、アップルは「空間オーディオ」推し。マーケティング的にはそちらが正しいだろうとは思いつつ、少し寂しさも感じていたが、空間オーディオ楽曲を一通り聴いてみると、こちらを推すのもうなずけると素直に思った。

ロスレスやハイレゾのクオリティを存分に楽しむには、それなりの機器や環境が必要になるし、違いを聴き分ける経験や能力も必要だ。それに対して、この空間オーディオは、だれにでも分かる違いがある。

一点だけ注意したいのは、広がり感があって音圧が一点に集中しないぶん、細部まで聴こうと思うとボリュームが上がりがちになること。ふと気づくとかなりの音量になっていた、ということが何度かあったので、気を付けて欲しい。

当然ながらステレオやモノにもそれぞれの良さがある

もちろん、ステレオにはステレオの良さがある。モノラルにはモノラルの良さがある。これはオーディオファンにとっては常識だ。

高品位なオーディオシステムでステレオ再生を突き詰めると、精巧かつ立体的な音場が得られる。ドルビーアトモスとはまた違った、魅力的な音の世界だ。またモノラルの、音が壁のように押し寄せてくる迫力も、好きな方にはたまらない魅力と言えるだろう。

だが、イヤホンやヘッドホン、あるいはスマホやタブレット、PCのスピーカーなど、カジュアルなシステムで聴く際には、ドルビーアトモスによる空間オーディオは大きな魅力になる。



試聴を通じて、空間オーディオの可能性に驚いたというのが率直な感想だ。ソニーが主導する360RAなども含め、イマーシブサウンドが、これからのオーディオの進化の、一つの大きな方向性になるのは間違いない。

とはいえ、空間オーディオ対応楽曲を作る側の手間は大変だろうし、コストも掛かる。楽曲数が増えなければ市場が盛り上がらず、一過性のもので終わる可能性もある。

そうならないよう、Apple Musicとドルビーが協力し、ドルビー対応スタジオの数を倍増させたり、教育プログラムの提供を行っていくと発表している。また、インディペンデントアーティストにリソースを提供するといった取り組みも実施するという。大きな可能性を感じる技術であるだけに、こういった制作側の取り組みにも注目したい。


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