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“史上初”の試みの狙いをプロデューサー、音響監督らに聞いた

TVアニメでDolby Atmosを !? 『ダークギャザリング』音響チームが本編とは別の意味でクレイジーホラーだった

公開日 2023/09/27 07:30 編集部:杉山康介
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技術的には可能でも……問題は「制作カロリー」

ーー改めて『ダークギャザリング』の音響について聞いていきたいと思います。吉田さんは最初にお話をいただいた時いかがでしたか?

吉田光平さん(以下、吉田):最初にお話をいただいた時は「何か面白いことができないか」という段階で、バイノーラルやDTS Headphone:Xなど含め色々な選択肢がありましたが、ポニーキャニオンさんも僕も新しいことをやりたい、ということで意気投合してDolby Atmosを使うことになりました。

おそらく世間一般だと「Dolby Atmosは映画館で体験できるもの」くらいの認識が普通で、それこそ5.1chサラウンドが再生できるシステムも持っていない方が大半ですよね。音を作る側としては供給したいのに需要がない、という状態がすごくもったいないなと思っていたんです。

音って1回興味を持つと、どんどん違いが分かるようになっていくじゃないですか。それなのでDolby Atmosをテレビシリーズに落とし込むことによって、視聴者の皆さんが「なんか音が違うな」と興味を持ってくださるきっかけを作りたいなと考えて制作しました。

ーー確かに動画/音楽配信サービスでもDolby Atmos作品の配信が増えていますが、自分で選んでアクセスする必要があるわけで、どうしても能動的なアクションが求められます。対してテレビ放送ならDolby Atmosを知らない方にもリーチすることができるので、より幅広い訴求ができますね。

とはいえ通常のステレオとはサウンドステージが根本的に違うわけですし、制作は相当大変だったのではないですか?


吉田:そうですね、Dolby Atmosの技術は確立しているので制作自体はできますが、問題はカロリーです。映画はじっくり時間をかけられますがテレビシリーズだと毎週納品しないといけないので、クオリティのためにかけられる時間やコストなどの計算がとても難解でした。おそらくこれまでにもアイディア自体は出ていたのでしょうけど、そこの折り合いが上手くいかず頓挫してきたんじゃないでしょうか。

企画として実現するからには費用対効果が成り立たないといけませんので、そこのカロリー計算をどうしようとものすごく考えた結果として、日常シーンはなるべくモノラル・ステレオくらいの規模感に抑えつつ、ホラーや戦闘シーンで最大限Dolby Atmosの効果を発揮させる、という手法を採りました。

ーー1話30分が計25話ってことは単純計算で12時間半ですからね……。

日常シーンでは音場をステレオ並みのサイズ感にし、制作コストの削減とDolby Atmosとの落差の演出を図っている

吉田:この手法ならなるべくカロリーを節約しつつ、Dolby Atmosを効果的に発揮させることができるということで、エンジニアさんを集めるところから始めましたが、それも大変でしたね。打診してみても「何言ってんの? 気でも狂ってんの?」なんてリアクションが多くて(笑)。

ですが菊地さんがかなり協力的に賛同してくださいましたし、他にもクオリティに振り切りましょう、という方を集めることができまして。この座組があったからこそ、この作品は出来たのじゃないかと思います。

ーー日常シーンは普通でも、ホラーやバトルシーンでDolby Atmosが効いてくるとなると、その落差でより一層恐怖や迫力が出てきそうです。そのうえ制作カロリーも抑えることができて一石二鳥なわけですね。

山本:クライマックスの方とかずっと戦闘シーンだったりしますけどね(笑)。

吉田:やっぱりそうなっちゃうか〜って思いました(笑)。

ーーさらっと怖い話を挟まないでください。

Dolby Atmosだからこそ、ステレオで出来ないことも実現できた

ーーこの作品では怖さの底上げを目的としてDolby Atmosを使っているわけですが、具体的にどんなことを考えて制作したかお聞かせください。

吉田:まず第一に「怖いってなんだろう」と考えるところから始めました。やっぱり怖さって人によって全然違いますし、なかにはそれを不快に感じる方や、あまり怖すぎると見れないって方もいらっしゃいますから、怖さに振り切ることが必ずしも最良とは限らないですよね。

この作品は夜宵ちゃんが彼女なりの人生観を持って、親の仇を討つために頑張るという物語性がありますので、そこに重点を置かないといけないなと。怖さに重点を置きすぎると情報量が多くなって、ストーリーに集中できなくなりかねないので、ストーリーを盛り上げて高揚感が増していくよう、効果的なポイントに着目してサラウンドを仕込んでいます。

あくまでメインはストーリーで、本筋を邪魔せず盛り上げることを念頭にサラウンド演出を仕込んでいるという

ーー先ほど「Dolby Atmosだとカロリー計算が必要なほど制作コストが重い」とおっしゃってましたが、その代わりとして、「ステレオではできないようなこと」ができるようになる、というメリットもありますよね。

吉田:ステレオがスマホの画面だとしたら、Dolby Atmosは100インチスクリーンくらいにサイズ感が違いますね。音響はセリフ、効果音、音楽(劇伴)のトライアングルなので、いっぺんに鳴らそうとすると情報過密になりやすいんです。

それなのでステレオの場合、音量や位相の操作などで試行錯誤しないといけないのですが、Dolby Atmosだとたくさんの情報をいっぺんに出しても分離して聴こえて、ものすごく分かりが良い。この辺りは菊地さんが1番体感されてるのではないですか?

菊地一之さん(以下、菊地):ものすごく楽です。ステレオどころか5.1chサラウンドよりも。ドラマなどを作っているとセンターにものすごく情報量が集まるんですが、例えサラウンドであっても情報を逃すには限界があります。しかしDolby Atmosの場合、上にも情報を動かしてあげればセンターが空くんですね。そうやってセンターにはメインの成分を集約して、他の成分は上などに動かしていく。情報の抜き差しや聴かせるもの、聴かせないものの選別があまりいらないんです。

ーーむしろ楽になるという考え方もあるんですね。

吉田:作業的にはDolby Atmosの方が大変ですから、ステレオで苦労している、歯痒く感じることができるようになった、という言い方が正しいかもしれませんね。

また制作上の工夫として、今回、劇伴はサラウンドで制作・納品してもらっています。というのも、歌モノではない劇伴のDolby Atmosミックスができるエンジニアさんって本当に少ないので、そこまでDolby Atmosでやるとなるとものすごく大変なことになっちゃうんです。

ーーなるほど、100% Dolby Atmosで作ろうとするとエンジニアさん確保の面でも難しさが出てくると。

吉田:そのかわり、音源はステム(楽器ごとにバラバラな状態)で納品してもらい、こちらで位置情報を含め組み込み直すことでDolby Atmosミックスにしました。作っていただいた方には少し申し訳ないですが、劇伴はかなり編集させていただいてまして、キャラの動きに合わせて止めたりスローにしたりと、映像の演出にマッチするようがっちりハメこんでいます。

山本:今回はフィルムスコアリング(映像に合わせて音楽を制作する手法)ではなかったですけど、ほぼフィルムスコアリングのような状態になってますね。

吉田:完成した映像見ても、かなり良くできてるなと自分で思いました(笑)。

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