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【対談】オーディオは本当に進歩したのか<第3回> 哲学者・黒崎政男氏と宗教学者・島田裕巳氏が語る

公開日 2018/01/26 18:54 季刊analog編集部
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自我と向き合うオーディオ

黒崎 最後に、最近リンレコーズからリリースされた、マリンバ奏者KUNIKO KATOのバッハを聴いていただきたいと思います。

島田裕巳氏(左)と黒崎政男氏(右)

島田 最新録音ですね。

黒崎 蓄音器では聴けない音だよね。エストニアの教会で録音されたものです。教会の響き、水琴窟を思わせるような音になっています。2曲聴いていただきたいんですけれども。最初はバッハの「ヴァイオリン・ソナタ」一番のプレストを。次は、「無伴奏チェロ組曲」5番のジーク。バッハなんだけれど音そのものの喜びということにずれていく。これは、最新の装置でないと聴けない音です。

〜KUNIKO KATO『J.S.バッハ:『J.S.バッハ:マリンバのための無伴奏作品集』より「ヴァイオリン・ソナタ第1番プレスト」を試聴〜
KLIMAX DS/3 + KLIMAX EXAKT 350

KUNIKO(加藤訓子)『J.S.バッハ:マリンバのための無伴奏作品集』

島田 分かった。

黒崎 (笑)何か分かった?

島田 神を殺したのはバッハだ。

一同(笑)

黒崎 その何かを殺したというの、お好きですよね(笑)
(島田氏の著書『映画は父を殺すためにある/通過儀礼という見方』を受けて)

島田 近代というのは、そういった崇高なる存在を殺した上で成り立っている社会で、本来宗教的な意図をもって作られた音楽でも、快楽になってしまうんですよね。特に演奏者にとってバッハを演奏することは快楽だから、信仰をふくまないで個人の楽しみとして演奏する。グールドでも、この場合でも、一切の夾雑物なしに、観客もなしに、自分ひとりで演奏するという方向に行ってしまう。バッハが世の中に広まることで、人々は教会から遠ざかった。

黒崎 プロテスタントというのは、教会より聖書に向き合うことで個人というものを発生させた。

島田 バッハというのは教会から神を遠ざける役割を果たした。

黒崎 プロテスタントというのはまさにそういうことですよね。

島田 今の音楽(KUNIKO)ではバッハは、完全に宗教的なものじゃない。さっき黒崎さんが半分バッハじゃないと仰っていたけど、バッハが宗教として持っていた部分が、グールドにはあっても、KUNIKOの録音にはない。

黒崎 なるほど。

島田裕巳氏(左)と黒崎政男氏(右)

島田 だから教会がスタジオになっちゃっているわけで、その教会の宗教性を捨てさせるようになってきているんじゃないでしょうか。だからバッハがいけないんだ。現代の精神的な危機を生んだのはバッハなんだよ。

黒崎 (笑)キリスト教的な共同体をある種崩壊させたと? そうやって近代が始まって行くと。

島田 はい。プロテスタントがあっただけじゃそうならなくて、バッハがあることによってそういう方向に進んで行った。だからバッハは悪いやつなんだ!

一同(笑)

黒崎 共同体から見るとでしょ。バッハが亡くなったのは1750年だから、まさにそのあたりから、近代的自我の始まりとともに、個人が自己と向き合う、神と向き合うという、そういったあり方を音楽が担うこととなった。

島田 それともうひとつ。オーディオが発達することによって変わった。それまでバッハはオーディオを通してではなく直接聴かなければいけなかった。

黒崎 共同体の中で聴かなければいけなかった。

島田 そう。それがどんどん切り捨てられて、グールドのようなアプローチが生まれた。

黒崎 オーディオはまさに自我と向き合う、個人で成立する装置じゃないですか。演奏会だったら皆と聴くけど。自分の内面性というか、自我とともに聴くことを可能にしたのがオーディオという装置だった。

島田 曽野綾子さんの小説に『不在の部屋』というのがある。曽野さんはカトリック。60年代初めに第2バチカン公会議というのがあって、それまでの教会のあり方を大胆に変えて、例えば修道女が修道院にこもっていたのを外へ出て活動するとか、ミサを各国語でやるとかいう動きが生まれた。つまりカトリックがプロテスタント化したわけです。それによって修道院がどのように変わっていったのかを描いたのが『不在の部屋』です。最後に不在の部屋に、神がいなくなっているということが描かれている。それを思い出した。バッハは、実は悪魔だ。

黒崎 だから(笑)。それは個人の発生、自我の発生というものとペアなんですよね。だから宗教音楽の大成者でもあり、近代音楽の始まりの源流でもある。両面を持っている。

島田 それでずっと行くわけにはいかないんじゃなかろうかと皆感じているんじゃない?

黒崎 このKUNIKOのバッハは宗教的じゃない?

島田 教会を完全にスタジオ化して、楽曲のひとつとしてバッハを捉えている。バッハ自体は宗教的なものを求めていたのに、おそらく。

黒崎 2曲聴いたうちの最初のヴァイオリンはまだ、バッハ的な感じがする。でもこのチェロの5番のジークの方は音のひとつひとつの面白さを表現するためにバッハの曲を使っている。というか、使えてしまう。

島田 音楽としては最先端。装置との関係としてもそう。でも、果たしてそれで人は幸福になれるのかと。ふむ、よく分かった。オーディオを考えるというのは、宗教的な営みなんだよ。

黒崎 よく分かったって……(笑)。小説を読むということなんかにおいても、自我、私性というものはあったと思うけど、1900年に入ると、音楽が<私>というものに非常に深い意味を持ってくるようになった。演奏会じゃなくて、レコードで聴く行為。オーディオが内面性を深めてくれた20世紀だった。

島田 一方で、社会の動きとしては、ライブというものが全盛時代になりつつあるわけで。

黒崎 だから、個人の内面性を深めてくれるオーディオと、一方ではライブに戻る我々がいて。

島田 ライブ行かなかったんでしょ?

黒崎 私? 全然ライブ、ダメだったのに、ライブが必要になってきて。
(編集部註:第一回のお話の中で黒崎さんは生演奏を聴かない派でした)。

一同(笑)

島田 バッハの病気から解放されるためには、ライブは必要なんだ。

黒崎 えっと、それが結論ですか(笑)。なんであんなにライブが嫌いだったのか。つまり、オーディオで聴く方が優れていると思っていたわけですよ。

島田 でも、今、僕らがやってるのはライブだからね。

黒崎 確かに。

とにかく、この10年くらいで、自分にはライブも必要になってきているんです。歌舞伎でもいいし演劇でもいいんだけど。

島田 ライブじゃない演劇なんてあり得ないわけです。だけど、音楽の場合はある。

黒崎 そこもまた面白いところです。舞台を映像で撮ったら、本当に記録でしかないんだけれど、音だけは録音芸術として意味があるじゃないですか。

島田 『MISTY』の音なんかは、ライブでは絶対聴けないわけですよ。

黒崎 それがまさにオーディオであるということでしょう。さぁ、これまで3回にわたってやってきましたけれども、結論もなかなか出ないまま……。

島田 出たじゃない!

黒崎 出た?! 誰が神をどうしたとかいう結論はやめようよ!

サウンドクリエイトスタッフ 煩悩に溢れたオーディオは、音楽を聴くことで浄化されるのかなと思ってしまった次第です(笑)。

黒崎 浄化されないで、どんどん煩悩に入っていく気もします(笑)。

「オーディオ哲学宗教談義 〜オーディオは本当に進歩したのか〜」第三回 完


SOUND CREATE LOUNGE
LEGATO店斜向いのビルの5階
問い合わせはLEGATO店まで 〒104-0061東京都中央区銀座2-4-17 TEL .03-5524-5828



黒崎政男Profile
1954年仙台生まれ。哲学者。東京女子大学教授。
東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。
専門はカント哲学。人工知能、電子メディア、カオス、生命倫理などの現代的諸問題を哲学の観点から解明している。
「サイエンスZERO」「熱中時間〜忙中趣味あり」「午後のまりやーじゅ」などNHKのTV、ラジオにレギュラー出演するなど、テレビ、新聞、雑誌など幅広いメディアで活躍。
蓄音器とSPレコードコレクターとしても知られ、2013年から蓄音器とSPレコードを生放送で紹介する「教授の休日」(NHKラジオ第一、不定期)も今年で10回を数えた。
オーディオ歴50年。
著書に『哲学者クロサキの哲学する骨董』『哲学者クロサキの哲学超入門』『カント「純粋理性批判」入門』など多数。



島田裕巳Profile
1953年東京生まれ。宗教学者、作家。
東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。
専門は宗教学、宗教史。新宗教を中心に、宗教と社会・文化との関係について論じる書物を数多く刊行してきた。

かつてはNHKの「ナイトジャーナル」という番組で隔週「ジャズ評」をしていた。戯曲も書いており、『五人の帰れない男たち』と『水の味』は堺雅人主演で上映された。映画を通過儀礼の観点から分析した『映画は父を殺すためにある』といった著作もある。

『葬儀は、要らない』(幻冬舎新書)は30万部のベストセラーとなった。他に『宗教消滅』『反知性主義と新宗教』『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』『スマホが神になる』『戦後日本の宗教史』『日本人の死生観と葬儀』『日本宗教美術史』『自然葬のススメ』など多数。

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