ヴィーナスレコードが初のダイレクトカッティングに挑戦!“ジャズ”の現場感をスタジオから鮮度感高くお届けする
栗原祥光ヴィーナスレコードは3月上旬、キングレコード関口台スタジオ(東京都文京区)にて同社初となるダイレクトカッティング方式によるスタジオ録音を実施した。収録した音源は、2枚組のレコードとしてこの夏に限定販売する予定だ。その様子をご紹介しよう。
一発録りのサウンドをラッカー盤に刻む
ダイレクトカッティングとは、その名の通り収録した楽曲をその場でミックスダウンし、そのままカッティングマシンでラッカー盤に音溝を刻むというもの。編集やマスターテープ作成といった工程を省くため、鮮度の高い音が期待できる。
だがレコードの製造工程上、ラッカー盤が1枚しか存在しないため販売数が限られるほか、一発勝負であるため演奏者はもちろん、エンジニア側のミスが許されないといった側面を有する。それゆえ一般的ではなく、オーディオファイル向け高音質盤企画で作られることが多い。
今回レコーディングに挑んだのは、ウラジミール・シャフラノフ(ピアノ)、楠井五月(ベース)、鎌倉規匠(ドラムス)のジャパントリオ。北欧ジャズの今を伝える彼らは、今年行われた全国ツアーを巡っており、リハーサルの段階から息の合ったインタープレイをみせていた。
レコーディング・エンジニアは、ダイレクトカッティング収録は3回目というミキサーズ・ラボ所属の高田英男氏が担当。「プロデューサーの原さんから事前に、クリアで力強い音にしてほしいというイメージを聞きまして。今回はイコライザーではなく、マイクで音を作ることにしました。そうすることで音が濁らない。特に今回ピアノはそうやって録りました」という。
レコーディングブースに入ると、ピアノには4本のマイクが立っていた。このマイクのバランスで音を作るという。ドラムス、ベースも同様の手法がとられており、ドラムスのみ軽くコンプレッサーをかけているが、基本的にはノンEQ。それは素材の良さを活かした日本料理にも似た手法ともいえる。
カッティング・エンジニアを務めるのは、日本コロムビア株式会社の田林正弘氏。ダイレクトカッティングは3回目で高田氏とは2回目のコンビとなる。「過去の反省などを踏まえて挑みました。また高田さんの作る音の方向性もそれなりに理解しているので、対応できたかなと思いました。アナログレコードには制約がありますので、その中で高田さんの音が録れたかなと思っています」と自信をのぞかせる。
録音スタジオは地下1階、カッティングルームは2階にあり、その間はアナログケーブルで結ばれている。それぞれの様子はカメラを介してモニターに映し出されており、有線マイクで会話をしながら作業が進められた。ダイレクトカッティング自体、それほど頻繁に行われることではないため、その様子を見ようと、多くのスタジオエンジニアが見学に訪れていた。いわばレコーディングのお祭りといった様相である。
ジャズの空気感で進むレコーディング現場
レコーディングは13時から始まった。まずはテストで1曲カッティング。今回のレコードは45回転盤であるため、片面の収録時間は8分30秒までと決められている。高田氏は8分30秒が過ぎるようだったら、途中でフェーダーを下げると打ち合わせしていたが、ウラジミール・シャフラノフは、時計を見ることなく、どの曲も8分30秒以内に演奏を収めていた。
いっぽうカッティングルームの中では、部屋の振動がそのままレコードに刻まれるため、足音すら立ててはいけないという緊張した空気が流れていた。
3分程度のテストカッティングが終わると、ラッカー盤をスタジオで試聴する。チェックに用いたプレーヤーはテクニクスのSL-1500Cとオルトフォンの2M Orangeという組み合わせ。
出てきた音に誰もが驚いた。その活き活きとした音がスタジオ内に広がる。その仕上がりに、プロデューサーであるヴィーナスレコードの原氏は満面の笑みをみせた。
テストが終わり、軽く打ち合わせをした後、本番レコーディングが始まった。1曲、また1曲とレコーディングが進む。1曲終えると、トリオはミキシングルームに戻り、次は何を演奏しようか、と原氏と相談をする。予め録音するナンバーは決まっているようだが、その順番はランダム。実にジャズそのものだ。
その間、カッティングルームでは次の収録に備えてラッカー盤をセット。準備ができたらレコーディングがスタート。1曲収録しては、またも戻って何を演奏するかを決めている間、ラッカー盤をセットする。こうして2枚4面分のラッカー盤制作が終わったのが16時頃。大きなトラブルもなく、レコーディングは順調に進んでいった。
今回はダイレクトカッティング版のほか、SACDのリリースも予定されており、デジタル録音も同時に行われている。デジタルは、Merging TechnologiesとPyramixの組み合わせ。11.2MHzのDSDと192kHz/24bit PCMの両方で収録している。
こうして18時前に約10曲を収録してレコーディングは終了。その後、DSDとPCMの聴き比べなどが行われ、誰もがDSDの音に目を丸くしていた。
原氏によると「今まで編集の都合でPCMで録音したものをDSD化してSACDとして発売してきましたが、今回DSDの音を聴いて驚きました。ダイレクトカッティングのアナログとデジタルのDSD。どちらも素晴らしい。DSDに目覚めました」と興奮した面持ち。早くも出来上がったレコードやデジタルメディアを聴きたくてウズウズしているようだった。
いっぽうトラブルがなくスムーズに見えたものの、高田氏は「今日は何をするのか分からなくて。普通はリハーサルがあったり曲のイメージを聞いていたりするのですが、何もない中、探りながらやったのが緊張しました」と苦笑い。
田林氏も「結構ギリギリでした」と苦笑。そして「レコードがプレスされて、それを聴いて、やっと一安心かなと思っています」。カッティングしたレコードは製造工程上、誰も聴くことができない。果たしてどのような出来栄えになるのだろうか。このあたりも実にジャズである。
「鮮度の高さを愉しんでいただきたい」
収録後、エンジニアの2人に通常のレコーディングとダイレクトカッティングの違いを尋ねた。
高田氏「その場でステレオミックスしてカッティングをするので、ピークを制御しなければなりません。機材で抑制することもできますが、それでは音の繊細さがなくなってしまいます。それはやらないで、ピークが出る楽器(今回はドラムス)だけ少しコンプレッサーをかけてピーク管理をすることと、バランスをとることですね」と、鮮度が命であるという。
田林氏「普通はレコードをカットする場合は、テストカットをするんですね。一度確認をしてから工場用のカッティングをするのですが、ダイレクトカッティングはそのまま工場に行くので確認ができないんですね。上手く行っているのかは分からないんです。その折り合いをどうつけるか、がとても難しいですね。高田さんとは2回目なので、無理はできない中でも最大限は録れたかなと思います」と、確認できない点であると語った。
このように難しい状況で作られたダイレクトカッティングの魅力は何だろうか。
高田氏が「何も介在していない、鮮度の高さを愉しんでいただきたいですね。レコーディングスタジオの我々が聴いているのと限りなく近い音だと思ってください」と言うと、田林氏は「デジタルを通していない音というのが最大の魅力ですね。この時代で全てがアナログで通しているということが貴重だと思います。デジタルは便利ですけれども、アナログとは違うというところは出てきてしまいますので、制約はありますけれどイチバン良い音が聴けるのがダイレクトカッティングだと思います」と笑顔をみせた。
ダイレクトカッティング盤は、45回転2枚組として、今年の夏に発売が予定されている。どのような仕上がりになっているのか。今から発売が待ち遠しい。
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