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グレードアップでさらなる音質向上

進化したフラグシップ、ゼンハイザー「HD 800 S」レビュー。“違う個性を持つもう一つのHD 800”を聴く

公開日 2016/06/28 10:15 岩井喬
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まず、シングルエンド接続時のサウンドについてだが、HD 800と比較してピアノなどの高域がクリアに際立つ一方、低域方向への音伸びも豊かである。ボーカルの肉付き感もほんのりと見え、リヴァーブのクリアさもより良い。アコギのカラッとした弦のツヤ感も落ち着きを持っており、スネアやシンバルがつぶれないナチュラルな浮き上がり感を味わえる。

説明書添付の特性表を見ると、アブソーバーテクノロジーによってHD 800に比べ5.5〜7kHzあたりが3dB下がり、150Hz以下で0.5dB上がっているようだ。特に大きな変化となっている高域の減衰は金属系楽器やピアノ、バイオリンなどの輝き感に繋がる帯域であるが、減衰特性としてはナチュラルな方向性であり、強調感のない自然なサウンド形成の助けとなっている。音場のクリアさと音像の密度感のバランスが見事で、低域の抑揚も適度に持たせたナチュラルなキレの良さを実感した。

HD 800と比較して表現力がより豊かになった印象

オーケストラにおける管弦楽器のハーモニーも爽やかで誇張がなく、S/Nも良い。音場の透明感、余韻のすっきりとした自然な響きとウェットな質感、音像もしなやかにまとめ、きつさのない音色が堪能できる。また旋律のパワフルさも特徴的で、弦は繊細でありながらローエンドまで階調良く粒立ち丁寧に表現。抑揚のコントロールも巧みで密度良く流麗な響きを味わえる。

ジャズのホーンセクションは芯の太さを感じさせつつフォーカス良い定位を見せ、ウッドベースも弾力豊かだが締まりの良い輪郭感を持つ。シンバルの拡散やボーカルのサ行もきつくなく、厚みのあるピアノの響きとともにキレ良くアタックを決める。アンビエンスの余韻も自然で伸び良い響きだ。ギターの弦の太さと胴の響きのバランスも良好で、艶の見せ方も上品かつしっとりとしたナチュラルな滑らかさをもたせている。低域から高域までスムーズで有機的な表現力を堪能することができた。

ロックにおけるディストーションギターのザクザクとしたリフの小気味良さと、ミュートを中心とした中低域のボディ感も見事に両立。5.6MHz音源ではリヴァーブなどのエフェクトも明瞭に表現。ボーカルの厚みも自然で、力強い押し出し感とともに輪郭のスムーズな際立ちも安定感がある。音像は締まり良く、低域のパートもほのかなふっくら感をもたせているが、ベースの上の帯域の肉付き感はすっきりとまとめ、見通しを確保。アタック感の速さやスムーズなリリースの描写力、そしてトレース力の高さ、ハーモニクスの細やかな質感表現性は、HD 800由来の完成度の高さをうかがわせる。

バランス駆動では一層音像が引き締まり分解能高くS/Nの良い空間が広がる。アタックのスピード感、余韻の清々しい収束の速さに加え、プレイニュアンスの細やかさが際立つ。ピアノのタッチも克明で、スムーズなハーモニクスの響きを丁寧に表現。胴鳴りも締まりよくスムーズな弦運びを見せるウッドベースも音離れ良く立体的に描き出す。ボーカルは滑らかで口元の動きもキレ良く鮮明に浮き上がる。音場もクリアで、アタックもタイトに感じられるが、きつい方向に作用することなく、むしろ柔らかい質感のテイストがしっかりと感じ取れるサウンドだ。そうした点で、モニターライクな解像感と有機的で耳当たり良いオーディオライクな音色を融合させた、理想のサウンド性を持つような印象を受けた。

最後にAstell&Kern「AK380」と専用クレードルを組み合わせ、ライン出力をXLRバランスで取り出し、P-700uへ繋いだうえでバランス駆動にて11.2MHz音源のサウンドも聴いてみた。ストリングスは太く滑らかで落ち着き良く低重心に展開。ワンポイント収録による自然な音場感もリアルに表現し、奥まった位置で響くピアノのトーンも臨場感高く描き切る。余韻のふくよかさもナチュラルで、無駄な響きがなく非常に整理されたリリース感だ。ベース部の柔らかい響きも丁寧にトレースし、アタック感も的確に描き音離れ良く描写。

Astell&Kern「AK380」と専用クレードルで試聴

女性ボーカルは肉付き感がリアルで、口元の潤いを生々しく表現してくれる。リヴァーブの瑞々しさも階調性細かく、どこまでも伸びる深い余韻の豊かさを味わえた。質感も流麗であり、音離れ良い立体的な音像が展開。音の繋がりもスムーズであるものの、個々のパートはフォーカス高くくっきりと目前に浮き上がる。音源の持つ豊潤な空間情報を素直に表現するだけでなく、密度良く音像をまとめ、存在感あるサウンドに聴かせてくれる、非常に大人びた表現力を持っているようだ。

HD 800 Sは、ハイレゾ音源が標準的なソースとなった時代性に合わせ、歪み感や癖を抑えることで研ぎ澄まされた高域表現性を獲得したようである。HD 800も非常に完成度の高いサウンドを持っているが、帯域バランスや音像の質感表現においてはHD 800 Sの方が数段上を行く。HD 800をすでに持っているユーザーはこの表現力の差が気になっているとは思うが、HD 800の第二世代ともいえる進化を遂げたこのHD 800 Sのサウンドを耳にすれば、“別の個性”として新たに購入したくなることだろう。

HD 800 Sの音色の傾向としては、ある種連綿と受け継がれてきた、濃密で音楽性豊かなゼンハイザートーンへの“原点回帰”という側面も感じる。これは超弩級コンデンサー型システム“New Orpheus”「HE-1」のサウンドにも感じる共通の傾向だ。

HD 800発売当時は従来のゼンハイザートーンとは一味違うサウンドに驚いたものだが、もしHD 800 Sの音色であったなら何の違和感もなく、新たなフラッグシップの誕生と受け取ったのかもしれない。HD 800のサウンドが苦手だと感じたリスナーもぜひHD 800 Sのサウンドに耳を傾けていただきたいと思う所存だ。

■試聴音源
【クラシック】
・イ・ソリスティ・ディ・ペルージャ『ヴィヴァルディ:四季』〜春(192kHz/24bit)
・飛騨高山ヴィルトーゾオーケストラ コンサート2013『プロコフィエフ:古典交響曲』〜第一楽章(96kHz/24bit)
・レヴァイン指揮/シカゴ交響楽団『惑星』〜木星(CDリッピング:44.1kHz/16bit・WAV)

【ジャズ】
・『Pure2-Ultimate Cool Japan Jazz-』〜届かない恋(2.8MHz・DSD)
・オスカー・ピーターソン・トリオ『プリーズ・リクエスト』〜ユー・ルック・グッド・トゥ・ミー(CDリッピング:44.1kHz/16bit・WAV)

【ロック&ポップス】
・デイヴ・メニケッティ『メニケッティ』〜メッシン・ウィズ・ミスター・ビッグ(CDリッピング:44.1kHz/16bit・WAV)
・長谷川友二『音展2009・ライブレコーディング』〜レディ・マドンナ(筆者自身による2.8MHz・DSD録音)
・Rose des vents『Prologue』(5.6MHz・DSD)

【11.2MHz音源】
・Suara「キミガタメ」11.2MHzレコーディング音源(DA-06試聴では5.6MHzに変換)
・Koike Strings with 新垣隆『シューベルト:ピアノ五重奏曲イ長調作品144(D667)』

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