優れたサウンドクオリティを実現するための技術と機能をフル採用

HDオーディオ時代を迎えて以後、AVアンプは音質と機能を日々競い合っている。ロスレスで高解像度・高密度になり音場情報が格段に豊かになったのは魅力だが、全社がディテールの表出ときめ細かな音場再現を追い掛けた結果、ところが今回は各社製品間の音の個性が薄まっているように感じている。

AVR-4311は一体型の最高峰AVC-A1HDの思想と回路技術を踏襲し、シャーシを完全に新規設計して登場した9.2ch構成の準フラグシップモデルである。同時に、結論を先にいうようだが、ファンの声なき声と期待感に応えた製品である。そう、デノンらしい味、ガツンと来る音の硬質な芯と濃い密度、重量感、うかつに触れると切れそうな味が本機にはある。ギラリと底光りする、デノン独自の音空間が本機で実現されており、ファンの一人として嬉しい限りだ。それでは本機のプロフィールからみていこう。

まず、本機のマルチチャンネル再生は9.2ch対応を実現した。チャンネル数の増加に伴い可能な限りシンプルな構成とし、各ステージを最短で直結。アナログパワーアンプ部はカレントミラー型回路を採用、9chディスクリート・モノラル・コンストラクションの電源部を持つ。定格出力は140W×9（8Ω）、実用最大出力210W×9（JEITA 6Ω）。Audyssey DSX、ドルビープロロジックIIzプロセッサーを搭載し、通常の7.2ch/9.2ch再生に加えDSXのワイド/ハイトを同時出力する9.2ch再生も可能だ。

注目したいのが、内蔵アンプ数を上回るフルデコード11.2chプリ出力を持ち、すべてに外部パワーアンプを使用することができる点だ。AVアンプをサラウンドプロセッサーとして使用する上級ユーザー待望の機能だ。Audyssey MultiSub Calibrationを搭載、フロントサブウーファー2台を接続した際にレベル、位相、イコライジングを調整し、デュアル使用の効果を最大限引きだすことができる。自動音場調整はAudyssey MultiEQだが、従来比32倍とフィルター解像度の増したXT32を初搭載している。

今季のデノン製品の例に漏れず、ネットワーク再生機能が充実している。USB音楽ファイル再生はMP3/WAV/WMA/AAC（DRM非対応） /FLAC（96kHz/24bit含む）に対応、iPodデジタル入力はAL24ProcessingPlusを始めとする、デジタルオーディオ回路を援用した高音質再生が可能だ。iTunesライブラリーをホームネットワークで高音質ストリーミング再生するAirPlayにも、プログラムアップデートによる対応を実現した。また、iPhone/iPod touchで本機の操作が可能になる「Denon Remote App」による操作にも対応している。

話が前後したが、AVR-4311の試聴インプレッションを紹介しよう。2009年アカデミー作品賞『ハート・ロッカー』は、音場を大小の音のエレメントがぎっしり埋め尽くす密度感。低音のレスポンスと量感はさすがで、爆発シーンは煮えたぎるようだ。

天使が人類をリセットしにやって来る『レギオン』は内容はともかく、サウンドデザインにミキシングエンジニアの緻密な仕事が伺える作品で、アクションシーンの空間構築に立体的な圧力があり、音塊には聴き手にのしかかるボリューム感がある。量感に圧倒されてマスクされがちだが、Fレンジと空間の広がりも大きくSEの移動感は視聴室の空気に鋭利な条痕を残すように鮮明だ。回路レイアウトのシンプル化とフルディスクリートのパワーアンプの品位がかみ合っている。

セリフの質感はどうか。『ハムレット』の主人公と王妃（母親）の罵しり合いは、声にしなやかな芯があり圧力も豊か。男女の声のレンジ感、音色差も鮮明。量感と鮮度が圧倒的で細やかな音がやや埋もれる印象があるが実際は遺漏なく出ている。AV再生のパワーと醍醐味を備えた2010年を代表する高級機といえよう。最後に、iPod再生はリモコンのボタンで一発再生。ムターのバッハ・ヴァイオリン協奏曲を聞いたが、歪みと汚れのない明るく清々しい再生音である。

（text：大橋伸太郎）