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10万円台カートリッジ3モデルを比較試聴!

レコード再生のワンモア・ステップ(6):MC型カートリッジ選びの楽しみ

公開日 2024/05/05 07:30 飯田有抄
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アナログの奥深い魅力にますますハマっているクラシック音楽ファシリテーターの飯田有抄さん。さらなるステップアップのテーマに選んだのは、「MC型カートリッジ」。フェーズメーション、オルトフォン、イケダと定番の3ブランドから、10万円台のモデルを用意して、どのくらい表現が違うのかいざ体験!

このカートリッジからはどんな音が出るのか、ワクワクしながら針を落とす瞬間!

丁寧に音情報をすくい上げてくれるMC型カートリッジ



アナログ再生は“沼”だらけで、そこらじゅうに底なしの魅力ポイントがあることが、この連載を通じて私にも分かってきた。そうした中で、カートリッジ選びはハマりやすいポイントのひとつかもしれない。

私はわりと、「MM型カートリッジ、いいよな」と思っている。入門機のプレーヤーに付属するMM型で聴いていた頃は、さすがに「ココを変えたら世界が変わる予感」がして、オーディオテクニカのVM型カートリッジ「VM540ML/H」を購入した。取り替えてみると、骨太でパンチ力のあるサウンドが広がって面白かった。だからMM型の深掘りもいずれしてみたい。

でも今回はMC型カートリッジに焦点を絞って、入門者にもアプローチしやすく、なおかつ基本の作りがしっかりとした製品を井上先生に教えていただくことにした。MC型カートリッジに対して私は、細やかに、丁寧に、音情報をすくい上げてくれる印象を持っている。

井上千岳先生にMCカートリッジの基本について教わった!組み合わせ機材は、プリメインアンプにトライオード「TRV-A300XR」、フォノイコライザーはフィデリクスの「LEGGIERO」、スピーカーはパラダイムの「Persona B」を使用

私がよく聴くオーケストラ音楽は、使用楽器が多くて、響きの多層性がハンパない。精細に音色の変化を届けてくれるMC型カートリッジは、やはりこのジャンルに向いている気がする。また、ピアノ・ソロの録音もよく聴く。この場合、楽器そのものの音色はひとつだ。だからこそ、奏者がデリケートに作り出す微細・繊細な響きのグラデーションを聴き漏らしたくない。そんな音を、MC型カートリッジが鮮やかに拾ってくれるように思う。

アナログプレーヤーはラックスマンの「PD-171A」を使用。ヘッドシェルは同じブランドの推奨モデルを組み合わせている

定番ブランドのカートリッジ3モデルを聴き比べ



現在、私の手元には、オーディオテクニカの「AT-OC9XSL」、そしてお借りしているプラタナスの「2.0S」がある。どちらも気品のあるサウンド感で心地よく響き、なおかつ音楽の熱量もしっかり届けてくれる。ご縁あって愛用させてもらっているカートリッジだが、実はそれ以外のバリエーションをあまり知らない。

飯田さん愛用のカートリッジその1 Audio-Technica「AT-OC9XSL」(107,800円/以下税込)

飯田さん愛用のカートリッジその2 PLATANUS「2.0S」(396,000円)

そこで今回は井上先生が、MC型を代表するメーカーとして、フェーズメーション、オルトフォン、そしてイケダの製品から、ベーシックなクラスのもので、音の方向性の異なる3種類のカートリッジを教えてくれた。

左からIKEDA「IKEDA 9TS」(165,000円)、ortofon「MC-Q20」(112,200円)、Phasemation「PP-200」(121,000円)

■フェーズメーション「PP-200」 -緩急の機微が面白く華やかで迫力のある音-

最初に登場したのはフェーズメーションの「PP-200」。日本の若手ビルダーが手がける製品とのことだが、歴史ある同社のノウハウが詰めこまれており、値段のわりにひとつひとつの素材が良く、井上先生によれば「思い切った価格設定」とのことだ。カンチレバーは、ダイヤモンドの次に硬いと言われるボロン製。ボディはアルミの削り出しで、青い仕上げが高級感を醸し出して美しい。最も大きな特徴はマグネット。ネオジムという強力な磁石を搭載し、出力のエネルギーがアップしているそうだ。

とにかくコストパフォーマンスが高いというこのカートリッジから試聴スタート! まずは、名盤フィストゥラーリ指揮、コンセルトヘボウ管による『チャイコフスキーのバレエ音楽《白鳥の湖》』から、第3幕の「ハンガリーの踊り」。冒頭の金管楽器のファンファーレがパーン! と突き抜けるように高らかに響き、その後の弦楽器のアンサンブルは、ヴァイオリンを中心とする高音域がずいぶんと目立つ感じがした。中音域の木管楽器はややこもっている印象だが、金属系の打楽器の響きもキラキラと輝きを放った。

アナトール・フィストゥラーリ指揮、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団『チャイコフスキー:バレエ「白鳥の湖」(ハイライト)』(DECCA/ESOTERIC ESLD-10002)

続いて、井上先生がお持ちになったレコードで、あのチェロの名手カザルスがマールボロ音楽祭管弦楽団を指揮した、『モーツァルト:交響曲第40番ト短調』も聴いた。緩急の機微が面白く、熱っぽい演奏だが、オーケストラの音の立ち上がりのザッというノイズ(音楽的な表現としての)が際立ち、やはり高音域が華やかで迫力のあるサウンドが楽しめた。「磁力による出力が強く、それが音の立ち上がりに反映されていますね」と井上先生。なるほど、その特性をはっきりと感じることができた。

パブロ・カザルス指揮、マールボロ音楽祭管弦楽団『モーツァルト:交響曲第40番ト短調』(CBS MS7262)

■オルトフォン「MC-Q20」 -ニュートラルで落ち着いた温かみのあるサウンド-

オルトフォンといえば、ステレオMC型カートリッジの基礎でありスタンダードな存在となった「SPU」が有名だ。その太く重厚な響きにはいまもファンが多く、あの大きくボテッとしたボディには筆者もちょっと憧れている(構造上、当時の磁石ではあの大きさが必要だったそう)。一方、よりモダンなタイプの製品として「MC」シリーズが生まれ、「SPU」シリーズと並走してデンマークの自社工場で作られ続けている。

今回試聴するのは「MC-Q20」。ボディは樹脂製だが、ある程度の厚みを持たせることで強度を高めている。SPUに比べるとずっとコンパクトでノーマルなサイズ感だ。カンチレバーはアルミ製で、コスト的に抑えられている。無垢ダイヤモンドの楕円針は非常に鋭いファインラインのものを搭載。

こちらでも同じ曲を再生してみた。『白鳥の湖』では、音域のバランス的には落ち着いており、ニュートラルな温かみとでも言おうか、良い意味での「普通さ」が感じられ、安心感を覚えた。中音域の木管も綺麗に分離する。

カザルスの演奏も、全体的な響きが落ち着いているので、「音の現象としてのエネルギー」というよりも、「演奏表現そのもののエネルギー」に集中できるような感覚を得られた。

■イケダ「IKEDA 9TS」 -音楽ホールで聴くのに近い自然で精細な音-

3つめに登場したのは、イケダの「IKEDA 9TS」。これはまた、アルミのボディがコロンとした愛らしい形状で、美しいグリーンが冴えている(個人的には見た目も重要!)。イケダは、カンチレバーのないカートリッジも独自開発した、日本の歴史あるブランド(IKEDA Sound Labs)で、技術の蓄積がある。

このIKEDA 9TSにはカンチレバーがある。現代的な方向性の設計で、マグネットにネオジムを使用しており、磁気効率が高い。そのためボディの奥行きがコンパクトに抑えられていて、1cmにも満たない空間に全てが詰め込まれている。井上先生いわく、「こういう音を出そう! と狙うのではなく、基本設計と技術力から生まれた製品。結果的に現代的なサウンドですが、前の2つとも音の特性は違います」とのこと。

『白鳥の湖』から聴いてみると、本当に違う! 今回の3つの中では、オーケストラを音楽ホールで聴いている時の精細さと自然さに最も近い印象で、個人的には一番しっくりときた。情報量が多いけれど、耳当たりはすっきりとしている。「うわぁ、霧が晴れたような印象です!」と井上先生にお伝えしたら、「好きな音に出会うと、みんなそう表現するよね」と笑っておられました。

カザルスの演奏も、弦楽器のヴィブラートまでがイキイキと感じられ、音の立ち上がりの“子音”が暴れず、上品なエネルギーとなって届いた。私が日頃使っているプラタナスとサウンドの系統が似ているからか、より聴き慣れている感じも覚えた。

ベーシックラインでも感じられる設計理念や方向性



MC型を代表するメーカーのベーシックラインの3機種は、それぞれに設計理念や方向性があり、その違いがはっきりと分かってとても面白かった。小さな部品に込められた、それぞれの工夫と愛! 魅力の詰まったMC型カートリッジの世界、奥が深そうだ。

同じMC型カートリッジでも、ブランドごとにそれぞれ音調に特徴があることを確認。音楽の内容に合わせて交換して聴く楽しみ、これも魅力ある“沼”のひとつだと実感


本記事は『季刊・analog vol.81』からの転載です

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