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“ハイレゾには密閉型が有利”は本当か

クリプトン渡邉氏がスピーカー開発キャリアを総括。「密閉型」「2ウェイ」にこだわる理由とは?

聞き手・構成:編集部 小澤貴信

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2016年02月03日
クリプトンはスピーカー参入10周年を迎えた昨年2015年、これまでの同社技術を結集した「KX-5P」を送り出した。開発を手がける同社の渡邉氏は、一貫して「密閉型」「2ウェイ」といった信念を貫き、そのスピーカー開発はピュアオーディオファンから高い評価を得てきた。今回、渡邉氏が自身のキャリアを総括。スピーカー開発における思想と信念を語ってくれた。

クリプトン 渡邉 勝氏

INDEX
1: 衝撃的だった密閉型スピーカー「AR-3a」との出会い
2: なぜ渡邉氏は「密閉型は低域再生においてバスレフ型より有利」と考えるか
3: 低域制動特性の重要性。そして渡邉氏の考えるバスレフ型の課題
4: 吸音材をいかに使うか。それは密閉型における職人技の見せどころ
5: 2ウェイ・スピーカーへの信念
6: アルニコマグネットが音質において優れている理由
7: エンクロージャーは“最大の振動板”だからこそ楽器のごとくコントロールする
8: スピーカーとオーディオアクセサリーの開発を一手に行うことによるシナジー
9: クルトミューラー製コーン紙によるスピーカーユニットを使い続ける理由
10:クリプトンが考える“ハイレゾ”と“スピーカーの関係”
11:他社に先駆けハイレゾ再生を念頭に置いて開発された旗艦スピーカー「KX-1000P」
12:感性を重視して「自然であること」を追求していく


衝撃的だった密閉型スピーカー「AR-3a」との出会い

クリプトン渡邉氏のスピーカー開発のキャリアはいかに始まったのか

ーー 本日はクリプトンのスピーカー参入10周年目に完成した最新モデル「KX-5P」を軸に、クリプトンのスピーカーシステムの思想、ひいては渡邉さんご自身が長年手がけてきたスピーカー作りに対する信念について、詳しくお話を伺えたらと思います。

渡邉氏 クリプトンでのスピーカー開発における考え方のベースには、日本ビクター在籍時代の経験を踏まえたものも多くあります。ですからまずは、私のスピーカー作りのキャリアについて順を追ってお話ししていきましょう。

私は1970年に日本ビクターに中途入社したのですが、当時の日本ビクターには2つのオーディオ関連部門がありました。ひとつはスピーカーシステムやアンプなどを担当する「ステレオ事業部」で、もうひとつはスピーカーユニットなどを手がける「部品事業部」です。当時はセパレート型ステレオが主流で、このジャンルでは特にパイオニアやサンスイが有名でした。スピーカーが一体化した「コンソール型ステレオ」から、スピーカーを分離させた「セパレート型ステレオ」へと移行していった時代でした。当時のビクターは、こういったメーカーと互してスピーカーをやっていこうと意気込んでいました。

渡邉氏は、密閉型スピーカーの優位性を悟ったのは、米Acoustic Research社のAR-3Aとの出会いだったと語る

ーー ちなみにビクターに入社する前にもオーディオに関わる仕事をされていたのですか。

渡邉氏 ビクターの前に、コーラルというユニットメーカーで2年間、当時で言う“ロクハン"(6.5インチ=16.5cm)口径のユニット開発を担当していました。

ロクハンで当時有名だったのは三菱の「P610」で、アルニコマグネットのフルレンジ・ユニットでした。フルレンジユニットで一番帯域を広く作れるのはロクハンなのですが、当時はロクハンしか認めないという“ロクハン党"がたくさんいましたね。コーラル時代は工場長からP610を手渡されて、「これに勝つモノをつくれ」と命じられました。そして開発したのが「フラットシリーズ」で、5インチと6.5インチをラインナップしました。スピーカーユニットの設計はここで覚えたのです。

ーー なるほど。

渡邉氏 ビクターに中途入社した当初はスピーカーシステムの開発を希望していたのですが、前職の経験から「スピーカーユニットの開発を担当してほしい」ということになったのです。そしてセパレート型ステレオの30cmウーファーの開発を、まずは担当することになりました。

ーー スピーカー作りのキャリアは、ユニット開発から始まっていたのですね。

渡邉氏 ビクターのウーファーユニットはその当時、「ロの字型」形状のアルニコマグネットを使っていましたが、ボイスコイルの口径は33ポールで、当時の私の感覚からすると少し物足りないものでした。実際、低音がかなり出しにくいユニットだったのです。そこで、私が開発するウーファーユニットは、50ポールにはしたいと考えていました。

このユニット開発の過程で行ったアルニコマグネットとフェライトマグネットの比較が、現在のアルニコマグネットへのこだわりへのきっかけとなります。

ビクターは住友系の企業で、当時は住友特殊金属からの素材提供のもと、アルニコを使っていたのですが、私はそれまでフェライトをずっと使ってきたので、当初はアルニコに抵抗がありました。しかし、こうした比較検証の中で、アルニコマグネットの優位性に気付くことになります。このアルニコへのこだわりは追ってお話ししましょう。

ーー はい。ビクターでは、ユニット開発はそのまま続けられたのですか?

渡邉氏 30cmウーファーが大当たりして、「今後もユニット開発を担当してほしい」ということになってしまい、スピーカーシステム開発になかなか戻してくれなくて、これは弱ったなあと思いました(笑)

ーー ユニット開発で期待以上の働きをされてしまったと。

渡邉氏 その後はスピーカーシステムを担当することができたのですが、ユニット開発を担当していた当時から、社内のスピーカーシステムの開発担当とは情報交換を行っていましたし、コーラル時代からスピーカーシステムの研究は個人的に進めていました。それこそ秋葉原のテレオンに入り浸って、どんなスピーカーシステムが良いのかといろいろな製品を試聴していたのです。

ちなみに当時のスピーカーは、ユニットやエンクロージャーが別々に売られていて、それぞれを個別に買って自分でアッセンブルするのが一般的でした。テレオンの店頭には、様々なサイズの大型エンクロージャーが積み上がっていましたね。ユニットはサブコーンを搭載したコアキシャル型が一番人気で、国内ならパイオニアやコーラル、海外製ではグッドマンやローサーが売れていました。エンクロージャーは、代表的なメーカーのユニットサイズに合わせて穴を開けた状態で売られているので、愛好家は好みのユニットを、好みのサイズのエンクロージャーに組み合わせて手軽に自作できたのです。

ーー 念願叶って作ったスピーカーシステムは、どのような製品だったのでしょうか。

渡邉氏 私のビクター時代の仕事というと密閉型スピーカー「SX-3」というイメージがあるでしょうが、最初に開発したスピーカーは「BLAシリーズ」という製品でした。本機も密閉型でしたが、当時は“エアーサスペンション型スピーカー"として売り出しました。本シリーズは「AR-3a」に勝るものを作りたいと開発したのです。ラインナップは「BLA-405」「BLA-305」「BLA-255」の3機種でした。

クリプトンが2015年10月に発売した密閉型スピーカー「KX-5P」。同社第10弾モデルとして“熟成の極み”をテーマに開発された本機には、渡邉氏がこれまで培ってきたスピーカー作りの技術やノウハウを結集。そのサウンドは評論家からも高い評価を得ている

ーー 渡邉さんはクリプトンで10機種の密閉型スピーカーを開発し高い評価を得てきましたが、最初に手がけたスピーカーから密閉型だったのですね。

渡邉氏 そもそも私がいわゆる密閉型スピーカーに憧れを持ったきっかけは、米国Acoustic Research社の「AR-3a」というスピーカーとの出会いでした。AR-3aの音を初めて聴いたときに、唖然としたのです。エンクロージャーの大きさは50リットル程度で、今となってはかなり大きなサイズですが、当時は「こんな小さいスピーカーでこれだけの音が出るのか」と驚きました。

そして、このAR-3aを研究するなかで、密閉型スピーカーこそ本当の意味での広帯域再生ができるという考えに至りました。AR-3aは30cmウーファーを搭載していたのですが、振動板が非常に重く、内部にはグラスウールが詰め込まれていて、当時の真空管アンプではまず無理、マッキントッシュのような海外製アンプでなければまず鳴らせないようなものでした。しかし正しく鳴らせたときのAR-3aは、これぞHi-Fiという素晴らしい音がしましたね。

ーー ところで、なぜ密閉型のことを「エアーサスペンションタイプ」と呼ぶのでしょうか。

渡邉氏 エアーサスペンションとは“空気のバネを利用する"ということを意味します。原理はゴムボールと一緒で、ぐっと押したときに空気のサスペンションがかかってバネのように押し戻されるのです。

私はAR-3aの音の良さの理由は、エアーサスペンション型、密閉型であることなのではないかと考えました。ただ、サラリーマンの初任給が2万円台という時代に、AR-3aは1本約10万円で、当時はとても買えませんでした。だからテレオンの試聴室に通って聴いていましたね。


渡邉氏はなぜ「密閉型はバスレフ型より低域再生に有利」と考えるか

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