HOME > レビュー > ウォークマン「NW-ZX707」ロングランレポート。「ウォークマンでなければ聴けない音がいまも確実に存在する」

ハイクオリティな有線ヘッドホン3機種での実力もチェック

ウォークマン「NW-ZX707」ロングランレポート。「ウォークマンでなければ聴けない音がいまも確実に存在する」

公開日 2023/06/28 06:40 山之内 正
  • Twitter
  • FaceBook
  • LINE

有線ヘッドホンと組み合わせることで、自宅でも深い音楽体験が可能に



ところで、ワイヤレスヘッドホンとの組み合わせだけでは、ZX707のポテンシャルを半分ぐらいしか活かしていないことになる。素材と構造を吟味した筐体、大容量固体高分子コンデンサーを投入した電源回路など、上位機種譲りのこだわりの設計はアナログ出力でこそ真価を発揮するからだ。

本来の価値を引き出す使い方として、アナログ有線接続の優れたヘッドホンをつなぐ使い方も試す意味がある。開放型のヘッドホンを使うことを視野に入れると、リビングやデスクトップなど、家のなかでじっくり鑑賞するスタイルがメインになるだろう。仕事場で深夜などに据え置き型プレーヤーとして実際に使ってみると、底の深い静寂感や広大な余韻の広がりなど、ハイレゾプレーヤーとしてのポテンシャルの高さが如実に伝わってきた。このスタイルは想定していなかったが、もしかするとハマるかもしれない。

スピーカーで音を出しにくい時間帯にも豊かな音楽体験が実現できる

そこで、ZX707と相性の良いヘッドホンの候補を絞るために、アンバランス出力とバランス出力で再生音を確認することにした。用意したのはミドルレンジを中心にゼンハイザーの「HD 660S2」、TAGO STUDIOの「T3-01」、そしてソニーの「MDR-MV1」という3機種だ。

HD 660S2は660Sの後継機として開発された600シリーズ久々の新製品で、低音の量感を改善しつつ高音域でもなめらかな周波数応答を追求した話題作だ。外観の変更点は少ないが、使い勝手の良さはそのままに質感を高めていることが目を引く。

ゼンハイザー「HD 660S2」(直販価格96,800円/税込)

MDR-MV1はイマーシブオーディオの制作環境向けに開発されたプロ用途の背面開放型モニターヘッドホンで、MDR-CD900STやMDR-M1STと用途に応じて棲み分けることを想定している。リスニング用途に向けて一般の販路でも販売されるようなので、登場したばかりだが、今回あえて試聴機種に加えることにした。

ソニー「MDR-MV1」(直販価格59,400円/税込)

T3-01もスタジオでのモニター用途を想定しているが、楓の無垢材の響きの美しさやシルクプロテインコーティングなど素材の特性を生かした技術が注目に値する。今回の試聴機種のなかでは唯一の密閉型で、音調の違いにも興味を惹かれる。

TAGO STUDIO「T3-01」(直販価格62,700円/税込)

ヘッドホンそれぞれの美点を引き出すZX707のポテンシャルの高さ



3機種の再生音は明らかに傾向が異なり、それぞれの個性と資質の違いが浮き彫りになった。HD 660S2は開放型としては珍しいほどベースラインが骨太でリズムに弾力があり、ロックとポップスはもちろんのことエレクトロニック系のリズムにも説得力がある。一方、ヴォーカルは耳当たりに硬さやきつさがなく、適度な潤いをたたえた声の描写に600シリーズならではの良さを実感。暖色系のヴォーカルや弦楽器が大好きというリスナーならぴったりハマるはずで、この声を聴きたいからHD 660S2を選ぶというヴォーカル好きは少なくないと思う。

暖色系のヴォーカルや弦楽器好きにオススメのHD 660S2

T3-01のサウンドは粒立ちと鮮度が前面に出て、ZX707のアグレッシブな一面が顔をのぞかせる。ZX707は基本的にニュートラルなバランスの持ち主で誇張や強調とは対極にあるのだが、ディテールをもらさず再現することでリアルな空気感を引き出すという重要な長所がある。T3-01との組み合わせでZX707から上位機種に肉薄する臨場感を引き出し、ヴォーカルの息遣いや室内楽の演奏者同士の呼吸など、ステージの空気を共有するような感覚を味わうことができた。

ステージの空気を共有するような感覚を味わえるT3-01

この2機種に比べると、MDR-MV1の第一印象は軟水のミネラルウォーターのようにくせがなく、あくまでニュートラルだ。だが、じっくり聴き込んでいくと、情報量は3機種のなかで一番多いのではと感じる瞬間があり、ハッとさせられる。たとえばアンスネスの「1786」からピアノとオーケストラ伴奏で歌うソプラノを聴くと、声とピアノの間に漂う親密な空気やステージ上方にまで広がる余韻が柔らかく上質で、空間の大きさも次元が異なる。耳に意識を集中するほどディテールや内声の動きが浮かび上がり、ピアノのタッチやベースの弦の張力の差など、表情を左右する細部が面白いほど浮かび上がってくる。並行して開発したわけではないと思うが、ZX707との相性はとても良いと思う。

ニュートラルだが情報量豊かなMDR-MV1

HD 660S2とT3-01は付属のケーブルでZX707とのバランス接続を手軽に楽しめる良さがある。MDR-MV1は別途ケーブルを用意する必要があり、今回は試していないが、別の取材で聴いたバランス接続の再生音にはとても良い印象を受けた。

ローカットフィルター用のコイルはポータブルプレーヤーには向かない大型のパーツだが、ZX707はそれをバランス出力だけに用いている。その他の音質改善策とバランス接続ならではの余裕がもたらす安定したエネルギー感は、特にHD 660S2で顕著に聴き取ることができた。T3-01もバランス接続に変えると低音の音色のバリエーションが広がり、ブロンバーグのソロベースの瞬発力や室内楽のチェロの抑揚がひとまわり大きく感じられる。

アナログの音質改善技術はサイズの制約が大きいポータブルプレーヤーでも確実な成果が期待できる。むしろ制約があるからこそ、集中的かつ適切に投入した技術が生む効果が大きいとも言えそうだ。ウォークマンでなければ聴けない音がいまも確実に存在することを確認でき、今回の試聴の収穫はとても大きかった。

ZX707と組み合わせるヘッドホン選びの結論はまだ出ていない。急ぐ理由は特にないので、対象モデルをさらに増やしてじっくり選ぶつもりだ。

前へ 1 2

この記事をシェアする

  • Twitter
  • FaceBook
  • LINE