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[連載]高橋敦のオーディオ絶対領域

【第79回】宇多田ヒカル「First Love」ハイレゾ音源全曲徹底レビュー!

公開日 2014/03/10 12:33 高橋敦
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■07|Never Let Go

スティング氏の「Shape of My Heart」(映画「レオン」のあの主題歌だ)のあのギターフレーズが引用され、それが最初から最後まで奏でられ続けているという、何とも大胆な曲。

宇多田さんの曲といえば「宇多田印」と言ってもいいような印象的なハーモニーやコーラスも特徴だが、バックトラックがシンプルなこの曲では、そのハーモニーやコーラスに特に耳が行く。簡単な言葉にすればこれも「解像感」ということになるのだろうがそれのおかげで、声が綺麗に分離するので綺麗に重なって綺麗に溶け合う。矛盾する表現に思えたかもしれないが、重なる声のお互いがより明瞭でより透明だからこそ、重なったときに嫌な濁り方をしないといったような意味合いだ。

他には、ディープな音域・帯域も含むベースの沈み込みのクリアさにも向上が見られる。低音のボリューム感を増しているわけではなく(それも少しはあるかもしれないが)、繰り返しているように、空間の余白の確保によって音の見え方がクリアになっていることがその要因だろうというのが僕の印象だ。


■08|B&C -Album Version-

こちらはシングル「Movin' on without you」のカップリングにもなっていた曲のアルバムバージョン。アレンジもミックスも、バックトラックにおいてはベースラインが主役という感じの曲だ。全体においての主役はもちろん歌なのだが、でも僕の感覚としてはベースの活躍に耳が行く。

という説明をすれば未聴の方にも、「シングルの表題曲にはならない感じの曲」であることは何となく伝わるだろう。しかしアルバムにおいてはこういう曲も光る。ややスローなテンポのゆったりとしたグルーブで、終盤に向けてのためを作ってくれている。

そんな役割も踏まえて他のだいたいの曲にも共通する印象をここで述べておくと、特にドラムスは、ダイナミクス確保のおかげか、距離感を半歩引いてその位置からの立体感を高めている。その点はスピーカーで感じられるのはもちろんだがヘッドホンで聴いても、スピーカー再生の「距離感」とはニュアンスは少し異なるが、音が耳に張り付く感触の薄れとして体感できる。


■09|Another Chance

あえて起伏を作らない一定のリズムで、グルーブも特に強くは打ち出していない。メロディも瞬間的な盛り上がりはあるが爆発的なサビがあるわけではない。しかしだからこそ最初から最後まで途切れない切なさを感じさせる曲だ。ボーカルはアルバムの中でも特に感情的に聴こえる。

そのボーカルの表情の描き込みの豊かさは、ハイレゾ版の大きな優位だ。ボーカル単体の描写解像度も上がっているのだろうが、それよりも、音の配置の余裕のおかげでボーカルの周りに余白が生まれていることが大きいと感じる。いずれにせよ微妙な抑揚や息づかいのニュアンスがもっと確かに届いてきてだからずっと切ない。ハイレゾの意義が地味に、しかし強く光る曲だ。


■10|Interlude

20秒ほどの間奏曲。ちょっとしたボーカルと留守番電話のアナウンスと声、レストラン的なざわめきや食器の音などのSEで構成されている。

しかし意外にもハイレゾの威力が最も発揮されたのは何とこの曲だった!

…というようなドラマチックな展開はなく、他の曲に合わせて音量が控えられて整えられたなという普通の印象。次がいよいよ最後の曲だ。


■11|Give Me A Reason

十分に厚いアレンジを施されているにも関わらず、日常のスケッチのような等身大の雰囲気も醸し出す曲。しかし終盤ではコーラスをさらに厚く重ねる等で、エンディングを飾るにふさわしい盛り上がりも見せる。

ここまでに述べてきたハイレゾ版の様々な優位はもちろんここでも発揮されており、特にスペースの余裕については、この曲の特に序盤の少し砕けた雰囲気をより引き出してくれている印象だ。終盤の厚みを感じさせる場面でもその厚みが鈍重にならないのもさすがのポイント。

しかしアルバムを通してきてこの曲にたどり着くと正直、ハイレゾがどうこうとかをあまり念入りにチェックする気が起きない。それだけの「エンディング感」がある曲であり、この場所に置かれたことも納得だ。


…というわけで今回は、宇多田ヒカルさん「First Love」のハイレゾ版をオーディオ的に考察&全曲レビューさせていただいた。なお、本サイトの「優秀録音ハイレゾ音源レビュー」コーナーでは項目別点数付きレビューもしているのでぜひこちらもご参照頂ければと思う。

何はともあれ、これが成功の前例となって、今後も日本のポップスの名作が続々とハイレゾ化するような流れになってくれることを願わずにはいられない。


高橋敦 TAKAHASHI,Atsushi
趣味も仕事も文章作成。仕事としての文章作成はオーディオ関連が主。他の趣味は読書、音楽鑑賞、アニメ鑑賞、映画鑑賞、エレクトリック・ギターの演奏と整備、猫の溺愛など。趣味を仕事に生かし仕事を趣味に生かして日々活動中。


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