HOME > ニュース > 東京フィルメックスディレクター 林 加奈子氏 インタビュー その2

東京フィルメックスディレクター 林 加奈子氏 インタビュー その2

公開日 2003/12/30 00:27
  • Twitter
  • FaceBook
  • LINE
有楽町朝日ホールでのクロージングでの林加奈子東京フィルメックスディレクター
●〜東京フィルメックスディレクター 林 加奈子氏 インタビュー その1からのつづき〜

○7 映画のことはみんなわかっていると思うのは大間違い

− 上映までのアクセスが難しそうな映画も上映されていますが、その原動力はどこからくるのでしょうか?

林: そうですね。難しい、ハードルが高いことばかりやっていますね。でも映画製作でもそうですが、舞台裏がこんなに大変だったんだといっても、それは、もう、だからどうしたのという話で、できたものがどれだけのものかということで評価される世界ですよね。知られていなかったり、上映が簡単でない映画を上映するというのは、やはり映画が好きだからなんですね。映画史的に素晴らしい意味があるもので、世の中に紹介されていないものがまだまだ一杯あって、映画のことはみんなわかっていると思うのは、大間違い。だから、もっともっと映画を知りたいし、映画のことをもっと深く愛したい。そして、それをいろいろな方に一緒に味わっていただきたい。そういう非常にシンプルな発想なんです。

− 未知の映画を上映するまでには、いろいろなご苦労があることでしょうね。

林: 例えば、今回のイスラム革命前のイラン映画の特集をやるにあたっては、実際上映する作品の何十倍のビデオを見たり、リサーチをかけたりということをしています。またこの映画をやりたいと思っても、プリントがどこにあるのかとか、本当に借りられるのかというようないろいろなことがあって簡単に借りられるものではないのです。映画祭事務局の舞台裏というものは、実際には非常に壮絶なというような準備があるんです。けれど、映画祭で映画が上映された時に、観客の方が、すごいのを見たと言ってくだされば、私達は、何よりも甲斐があったということになりますね。

− 作品選定以外のこの映画祭の特色はありますか?

林: 他のところと特に違うというよりも、私達は、まともな普通の映画祭をやりたいと思っているだけなんですね。7,80回、海外の映画祭に行って、それを見てきて、きちっと作り手を支援して、観客の方達に映画を一番いい形で届けたい、そういう映画祭として、あたりまえのことをすることと、そして監督同士が交流できるという、そういう映画祭でなければできないことをやってゆきたいのですね。それが映画祭としてごく普通の姿であると思って、そうしてきたと思います。
 そして、映画祭というのは、とにかく質の高い作品をプログラムすることをまず第一に考えるということですね。

○ 8 アジアから発信する映画祭

− 中心となるコンペティション部門はアジアの若手監督を対象にされています。

林: 東京でやっている国際映画祭としては、まず、アジアの才能ある若手を支援することは、最初のステップとして、ごく自然なことだと思います。ここに出ているのは、未来を担う作家であるということに、私達は確信を持ってやっています。
 名前が出て有名になって、スポンサーがついているなら、私たちが会えてサポートするまでもありませんが、その前の段階で、才能あるこれからの作家たちをきちんと支援していくという、それが映画祭の使命だと思うんです。去年くらいから、観客の方も、この姿勢を理解してくださっているという、その手ごたえを感じますね。 

− コンペ以外でも特にアジアの映画を視野にいれておられますか?

林: アジアの作家たちを視野にいれ、アジアの中の東京から発信してゆくということは、東京フィルメックスとして、大事なことだと思っています。カンヌやベルリンで、欧米の方から見たアジア映画の良さが評価されることは、それはそれで大事なことですが、アジアというのは、本当にひとくくりでは語れないところがあります。だからこそ、アジアの側から、きちっと文化的な意味のあるものを発信してゆきたいと思います。
 将来的には、東京フィルメックスで、アジア映画以外の映画も含めたインターコンペをやることも、あるいは、ありえるかもしれません。どこまでも特にアジアにこだわってゆきたいということではないんですが、今、非常に才能のある人たちが、中国でも何でも、現実にアジアにいるんですね。今も特別招待作品では、アジアに特にこだわっていないので、去年はロシア映画の「エルミタージュ幻想」( ドイツ・ロシア・日本・2002年・アレクサンドル・ソクーロフ監督)をオープニング上映しましたし、クロージング上映は、フランス映画の「月曜日に乾杯!」(フランス・イタリア・2002年・オタール・イオセリアーニ監督)だったんです。ただ、その特別招待作品の枠にも、現実的にアジアの作品に非常に強いものがあるので、アジア映画が入ってきているんですね。

○ 9 観客との信頼関係ができるということ

− 東京フィルメックスの観客の方については、どのような感触をお持ちですか?

林: 今年のコンペ作品9本のうち6本が長編第1作の監督ですから、観客にとっては、全然知らない人が作っているわけです。でも、それを私たちを信用して見にきてくださるお客さんがいらっしゃる。そして、そういう、まだ知られていない監督の作品の上映後の質疑応答で、手ごたえのある質問を投げてくれるという、そういう、この映画祭の観客の良さは、特筆していただきたいぐらいです。
 今回、大賞受賞作を作った監督や、作品賞受賞の監督は、それまで誰も知らなかったわけです。でも、賞が発表される前の質疑応答の時から、観客の方にひびくものがあったのかなあという、手ごたえをすでに感じましたね。だからこそ、そのようなお客様に対して、失礼なこと、つまりいい加減なプログラミングはできないなあと思いますね。

− 始めから、そのようなお客さんがいらしたのでしょうか?

林: そういうお客さんとの関係は、やはり、積み重ねによって、生まれてきたことだと思いますね。一昨年に特集をしたフィンランドのタビオヴァ―ラも世界的にも、ほとんど知られていない監督だったんですね。そんな風に、東京フィルメックスではコンペの作品も、特集上映も、ほとんど知られていない映画だったり、監督だったりするわけですが、それに、お客さんがついてきてくれる。
 この映画祭では、知られていない監督の作品だからこそ、それをやらなくてはいけないんだと思ってやっています。知られていたら、他のところでもできるわけですから。そうして、ここで、観客が映画を発見してくださるということが、私達にとっては、本当にうれしいことなんです。

− 観客との関係では、どのようなことをされていますか?

林 : この映画祭は、そんなに広告の予算はないですから、たくさん映画祭の広告を打ったり、派手に幕をはって目立つようには現実的に出来ません。ただ、アンケートに答えてくださった観客の方のメールリストは保管して、チラシが刷り上れば、それをお送りしたりとか、そういう出来る範囲の積み重ねをやってきました。

− 映画祭開催期間中では、どうですか?

林: 東京フィルメックスでは、監督と観客の間に、ぎしぎしと境界を作るというふうでなく、お祭りとしての楽しみ方も演出したほうがいいと思っています。事故にむすびつくようなことは配慮して、安全面は考えてますけれど、監督と観客とが交流できるように、観客が会場で監督からサインをいただいたり、監督を囲んで話をしたりということは、ある程度はできるように、それを、ストリクトに規制するということは、わたしたちは、やりたくないのです。それで、監督たちも、良い雰囲気を感じてくださったようです。

○10 期間限定の映画祭だからこそできること

− 映画上映後に、監督との質疑応答があることや、受賞作品について、審査員の方のコメントがすぐわかることは、観客にとって、うれしい事ですね。

林: 映画を見た後で、その映画について話し合ったり、意見を言い合うという事が、すごく大事ですね。それが、映画祭でできることだと思うんですよ。個々人で映画をご覧になる場合でも、映画の監督が来日したときのコメントを、後から読んだり、ジャーナリストのインタビューを読んだりすることはできますね。それは自分の好きなタイミングでできます。いつ、誰と映画を見るかも自由なのですけれど、映画祭っていうのは、限定された日程の中で、生の作り手がいらしているわけなんです。

− 映画祭だからこそ、監督と観客の生の交流があるのですね。

林: 期間限定の映画祭だからこそ、映画を見たあと、すぐ手をあげて、映画を作った本人に観客が直接きけるっていう生のものがあるんですね。そういう作り手と見る側の交流の場というか、キャッチボールができる場所を作っていくということが映画祭ならではの醍醐味だと思います。
 それは観客にとってだけでなく、監督にとっても、いいんですね。ああ、日本だとこういう風に見られるのかとか、一般の人から、宣伝のためのヨイショ記事じゃない率直な反応がかえってくることで、こういうふうに見る人もいるのかとかですね、そういうことがわかるわけです。そうやって、観客が映画に近づくことが、映画祭のお祭りとしての大事な部分ですね。映画に近づいていく演出をしてゆくことが大事な役目だと思います。

○11 監督を刺激した日本の観客の反応

− 来場された監督の反応はどうでしたか?

林: 例えば、今回、ユー・リクァイさんの「オール・トゥモローズ・パーティズ」(2003・香港/フランス/韓国/ブラジル)という作品を上映しましたが、これはSFっぽい設定で、近未来のアジアを描いた映画です。中国を中心として、モンゴルや韓国語をしゃべる地域というのがあって、それらが、ボーダーレスで、国境のない形で描かれているんですよ。この作品の上映後の監督との質疑応答の時に、一般のお客さんの方から、監督の作り上げた近未来の中で、日本はどこに位置しますか、それから、日本を描かなかったという理由を知らせてくださいという質問があったんです。
 監督の回答は、日本はアジアの大陸とは離れている島国で、それだけでも非常に複雑なものがあり、日本を描くだけで2時間くらいかかってしまう。それで、今回は日本を入れないで、ほかの地域だけにしぼったと回答されていました。この質疑応答の後で、監督自身が、この日本のお客さんからの指摘は、非常におもしろかったと、おっしゃっていましたね。アジアの中での日本という位置づけについて、映画を見た観客だけでなく、それを作った監督自身にも、質疑応答により、感じることがあったんだなあと思いましたね。

○ 12 コンペティションは自分にとっても切実な場

− コンペティションは、林さんにとっては、どのような意味がありますか?

林:コンペ作品は約10本(本年は9本)です。審査委員は、私達が本当に信頼できると思われる方5人にお願いしています。私達はコンペの作品ならどれが賞を受賞してもおかしくないと思って構成して選んでいますので、本当にこの人に私達が選んだ映画を見て欲しいという思う方に依頼をします。華やかだ
からとか、映画祭の宣伝に効果的だとか、そういうことが優先順位になって依頼しているものではありません。私にとっては、審査会というのは、自分をジャッジされていることでもありますね。何でこんなの選んだのなんて言われたら、私が批判されていることになりますから。ですから、審査会は作品の監督にとってだけでなく、私にとっても、切実な神聖なものですね。それとともに審査会での結論とか、流れというものは、わたしにとって、映画祭を続けていくうえで良いアドバイスになることですし、勉強になることです。

〜東京フィルメックスディレクター 林 加奈子氏 インタビュー その3へつづく〜

(2003年12月3日 取材・構成 山之内優子)

この記事をシェアする

  • Twitter
  • FaceBook
  • LINE