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ピコピコの時代からハイレゾまで

”ゲーム音楽”はゲームをプレイしていなくても楽しめるのか? 日本ファルコムにズバリ訊いた

公開日 2015/09/08 10:35 季刊ネットオーディオ編集部:押野由宇
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▼デジタルサウンドにおける良い音とは何か

−− 日本ファルコムはハイレゾに対しても積極的に取り組まれていることで知られていますが、そこに至る経緯などをお聞かせ下さい。

加藤:自分がオーディオファンだから、ハイレゾに興味があったのが大きい(笑) そんな自分の考えとして、オーディオの歴史って、生の音をいかに忠実に再生するかを目指してきたところがあると思うんですよ。最初の頃に良い音の代名詞としてHi-Fiって言葉が出てきたけど、これは高忠実度のハイ・フィデリティの略なわけだから。ただ、少しずつその様子が変わってきた。

僕達のやってきたデジタルがルーツの音の出し方があって、それがいわゆる生音と融合してきている。さらにハイレゾの時代になって、良い音とは何を目指しているのか、というところは難しいと思う。生の音に近ければ良いかというと、そうじゃなくなってしまったんじゃないかな。例えばエレキギターなんて、アンプを通さなければどうにもならない。電気楽器の音に対して、生の音って何かを考えると難しい。ボーカルにしたって、マイクを通した音と通さない音、どちらが優れているかって問題じゃないじゃないですか。

そうなってくると、デジタルサウンドをやっている自分達はどこを目指せば良いんだろう。サンプリングにしろ何にしろ、生音に近い音を出そうというのは行き詰まってくるんじゃないかと。もちろんそれはやり切れてないので、まだ幅はあると思いますけどね。

−− 確かに、何を持って良い音とするのかは、非常に定義が難しいですね。

加藤:ハイレゾというキーワードを聞いた時に、そんな考えに至った。だから『軌跡jdkアクースティックス』を作ったんですね。生音と電子・電気楽器が上手く融合した音響空間、解像度の高い心地よい音を目標にするのが面白いんじゃないかと考えたわけです。タイトルもあえて“アコースティックス”ではなく“アクースティックス”にして。“音響”の意を強調しているんです、誰も突っ込んでくれなかったけど(笑)

リアルな音響空間をコンセプトにハイレゾで録り下ろされた『軌跡jdkアクースティックス』

−− ゲーム会社による初めてのハイレゾ録り下ろし音源として話題となりましたが、そういったコンセプトのもとに企画されたタイトルだったんですね。

加藤:例えばベースは生楽器だったりエレクトリック・アップライト・ベースだったり色々試してみた。それでも結局、いつもライブなんかで使っているエレキベースがしっくりきたので、それを採用しています。バイオリンは生楽器だけど、いつも弾いてくれている水谷美月さんに、こんな風に弾いて欲しいという曲を参考として渡してお願いしたり。自分達の好きな音、良い音を追求したんですよ。再生方法をどれだけ良くしても、音源がダメだと良く聴こえない。逆に良い音源であれば、ハイレゾでなくとも良く聴こえるんだよね。それがハイレゾだと、より良くなる。

−− ハイレゾ環境で聴かせていただきましたが、生楽器という意味とは違って、リアリティのある音に感じました。

加藤:『軌跡jdkアクースティックス』は自分のためだけに演奏してくれているような、臨場感をテーマにしたんですよ。だから録音の際にも一歩前に出てもらって、音量のピークに対して余裕を持ってやらないように指示しました。音圧をエンジニアが調整するのではなく、演奏を余すところなく録るつもりで、プレーヤーも録る側も勝負しろということ。もちろんそれでピークを超えたら音が割れるので、大変だったと思うけれど、結果として良い音が録れたと思いますよ。エフェクトなんかも掛けるなと言っていたけど、それは勘弁してくれとエンジニアに反対されたから本当に最小限にして。仕事として予算なんかのしがらみもあって、出来ることと出来ないことがある中でも、あの当時としてはしっかりやり切ったなと。

−− 録り下ろしのタイトル以外で、ハイレゾでリリースされている作品については?

加藤:現場ではDATを使うようになってからは48kHz/24bitで制作するのが普通だったので、それってハイレゾで出せるよね、となったんですよ。けれど、ただ出しても面白くないから、現場のマスターデータと同じものを出したのが『「英雄伝説 閃の軌跡」サウンドトラック・オリジナルマスター』。リマスターをしないで、まったく手を加えていないそのままの状態の音楽だから、まさに現場の音だね。

現場の音をそのままに聴くことが出来る『「英雄伝説 閃の軌跡」サウンドトラック・オリジナルマスター』(左)や『「英雄伝説 閃の軌跡II」サウンドトラック・オリジナルマスター』(右)

−− 通常の録音音源はハイレゾ用にマスタリングされていますから、自社で制作されている日本ファルコムならではのタイトルですね。

加藤:加えて、PS Vita(R)は圧縮音源なんだよね。音のデータはサイズが大きくて容量を取る上に、最近はゲームがフルボイス化してきて、その音声データもある。しかも声が変わって聴こえるとダメだから、音声データはあまり圧縮できない。だから曲が一番犠牲になると言うか、圧縮されてしまう。ゲームをプレイしてくれている人はその状態を聴いているわけだから、48kHz/24bitというスペック以上に差が感じられると思いますね。そういう意味でも喜んでいただけると考えて、ハイレゾでリリースしているんですよ。

−− CDクオリティよりさらに圧縮されているわけですから、確かにその違いはハッキリ分かると思います。

加藤:あと、デジタルでハイレゾ、ということに対しては意味が分からないってかなり言われたね。デジタルだからこれ以上音は良くなりませんよ、48kHz/24bitのサンプリングデータを使って作っているのに、それを96kHz/24bit、192kHz/24bitにしてどうなるんだ、と反対された。それで喧々諤々やりあって、最終的にはマスターは96kHz/24bit以上で作る、という取り決めにしました。「えー!?」と社内から声が上がったけど(笑)

石川:去年の年末からですね。それに伴い機材も対応させる必要が出てきて、特にパソコンはスペックが足りなくて、一気に買い替えました。

加藤:ただ、今はこうして良かったと言ってくれていますよ。それは何故かと言えば、そういうことをやることによって、プリミティブな願望として良いものを作りたい、という気持ちが湧いてくるじゃないですか。そういう音で聴かれる、ということも考えると、「これはマズいぞ」となる。出てくる音が良くなると、音楽を作る上でも油断できなくなるんです。それに昔の慣習として残っている、音圧を上げるというスタイルは良くないということの気づきにもなった。1つ1つの音がセパレートして団子にならないようにしないと、出た時に音が濁って聴こえてバレてしまうということが自分で分かっちゃうから。音が良くなると、結果として曲も良くなる。そういった意識面での啓蒙活動に非常に役に立ったんです。

実際、周りでハイレゾ対応のオーディオ機器を使っていたのが自分しかいなかった。そうすると困るのが、音楽関係の人達は感覚的な思考の人が多いから、理詰めで話をしても聞いてくれないんだよね。けどハイレゾの環境を整えて、実際に聴いてもらえるようになったら最後まで反対していた人まで「なんだ、音が良くなったじゃん」って言うようになった。スタジオなんかもそう。プレミックス段階よりマスタリングした後の方が悪くなってしまったことがある。専門じゃないから詳しくは分からないけど、これも結局は昔風のやり方をしていたからだった。音圧を綺麗に揃えたり、上げたり、圧縮したり。それでどんどん劣化してしまうんですね。

石川:最近のサントラだったり、キャラクターソングだったりを聴いていただくと分かるんですけど、音が潰れてないんです。それは、絶対に潰すのはやめようと考えて作っているからですね。これはハイレゾでもCDでも同じです。

加藤:まだ自分達のやってきたことの差として良くなった、というものではあるけどね。でも、良いスタジオで一流のミュージシャンがやっていることに追いついていこう、という気持ちもある。それは、そういった人達に集まってもらって録り下ろしたりすれば、良いものが作れますよ。けれど、それではゲーム会社のビジネスとして成り立たない。ウチはゲームであれ音楽であれ、しっかり採算を取っていることが自慢だし、それは仕事として守らなければならないことですから。

事業でやっている以上、常に大勢の人が動いているわけです。啓蒙と言ったけど、1人が主張してもなかなか進んでいかない。少しずつ少しずつ、というのはもどかしいけど、それでも確かに広がってきているのは実感としてあるね。

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