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ガンダムファン・ケースイが突撃インタビュー

福井晴敏氏に訊く『ガンダムUC』−【後編】“大人VS子供”ではなく、“大人=子供”の物語

2010/03/18 インタビュー・構成:鈴木桂水
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前回から小説『機動戦士ガンダムUC』の著者であり、アニメ版の制作にも関わっておられる作家の福井晴敏氏にお話をうかがっている。今回はガンダム好きである筆者が「一ガンダムファン」として作品についての疑問や、福井氏の作品に対する思い入れなどを伺った。(前編はこちら

■「宇宙世紀」を包み括る「『ガンダムUC」』の時間軸

━━ 『ガンダムUC』はアムロとシャアが登場する『機動戦士ガンダム』(以下ファーストガンダム)以前の物語から始まり、『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』(1988年 劇場作品)以降の時代から本編が展開します。時間軸をここに持って来たのは何故ですか?


福井氏:本作のターゲットは、いま30代、40代になっている第1次ガンダムブーム世代です。この世代の人たちは自分を含めてアムロやシャアが活躍したいわゆる「ファーストガンダム」に一番思い入れがあると思います。そういったユーザーの“引き”を考えた時に、アムロやシャアが居るかもしれないと思える時代を物語の舞台にしようと思いました。「もしかしたら、あの2人は生きているかもしれないなぁ」という雰囲気を漂わすには、アムロとシャアが登場した最後の作品『逆襲のシャア』から3年後位の世界がいいのではないかと考え、時間軸を決めました。

━━ まったく異なる世界/時代ではダメだった、ということですね?

福井氏:いまガンダムの世界を描くのであれば、我々の世代なりの一つの総括みたいなものにしたいと思っていました。もしファーストガンダムから300年位先の話をやるのだったら、まったく新しい世界を創るのと同じになってしまいます。それと、「ガンダム」の公式年表を見ると宇宙世紀0100年に「ジオン共和国解体」というイベントがあります。そこから逆算して結果的に0096年にしたのです。というのも、時代をここに設定すると、ジオン公国を支配したザビ家の子孫「ミネバ」(=ガンダムUCのヒロイン、オードリー・バーン)がヒロインに適した16歳〜17歳という年齢に設定できます。彼女が宇宙世紀0079年に生まれていることは、動かす事のできない事実ですから。

◇  ◇  ◇
いきなりコアな話で恐縮だが、ぜひついてきていただきたい。ガンダムの世界の年表を下記にまとめたのでそれを参考にしつつ、インタビューを読んでいただければと思う。

ガンダムの世界の年表

そもそもガンダムとは1979年にテレビ公開された『機動戦士ガンダム』が原点になっている。人口爆発により地球上に住みづらくなった人類が、宇宙にスペースコロニーを建設しそこへ移民している、という時代が舞台だ。このスペースコロニーのひとつが「ジオン公国」を名乗り、宇宙に移民した「スペースノイド」の自治独立を求め地球圏へ攻撃を始める。このジオン公国率いる「ジオン軍」と、地球圏を守る「連邦軍」の戦いを描いたのが最初のガンダム(=『機動戦士ガンダム』、いわゆるファーストガンダム)で、この戦争は1年戦争と呼ばれている。主人公の「アムロ・レイ」とジオン軍のエリート「シャア・アズナブル」の戦いが描かれている。『機動戦士ガンダム』は本放送中では視聴率が伸びず、放送が打ち切られたが、その後再放送やガンダムのプラモデルが発売されると、じわじわと人気が出てブームになった。そのブームの渦中にいたのが現在30代から40代の世代で、いわば「ファーストガンダム世代」ということになる。

『ガンダムUC』では「なぜ人類は宇宙に移民したのか?」「なぜジオン公国は独立戦争を始めたのか?」という、ガンダムの世界の根幹の部分から語られている。ガンダムは続編の『機動戦士Z(ゼータ)ガンダム』、『機動戦士ガンダムZZ(ダブルゼータ)』と話が進み、それぞれバックボーンとしてアムロとシャアの物語が展開する。そして映画『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』で、両者の戦いには一つの区切りがつけられる。この1年戦争から続くガンダムは、「宇宙世紀シリーズ」とくくることができる。『ガンダムUC』の本編では『逆襲のシャア』以降の世界が描かれているので、「ファーストガンダム」世代を含む多くのファンの興味を引く内容になっている。

『ガンダムUC』の主人公、バナージ・リンクス

『ガンダムUC』のヒロイン、オードリー・バーン

「宇宙世紀以外にもガンダムはあるのか?」と思われるだろうが、これが山ほどあり、ちょっとやそっとじゃ説明できない。それぞれの作品には、ガンダムと呼ばれるモビルスーツ(人が搭乗するロボットのこと)が登場するのだが、設定や世界観など宇宙世紀シリーズとは全く異なっている。それゆえ、インタビュー中に「宇宙世紀」という言葉が登場している。ちなみに「ミネバ」とはジオン公国を率いていたザビ家の血筋を引く唯一の生存者。「ファーストガンダム」のなかでも、出生について触れられているエピソードがある。では、インタビューにもどろう。

◇  ◇  ◇

━━ ファンの多いガンダムの続編をアニメ化するにあたって気をつけた事は?


アムロ的・シャア的要素が盛り込まれ一目でガンダムだとわかるイメージイラスト(ジャケット写真とは異なります)
福井氏:私は小説の著者ですが、アニメ版に関しては一人のスタッフとして本作に関わっていますので、その立場からお話しします。アニメもターゲットは「ファーストガンダム」のファンが一番多いと思います。「ファーストガンダム」しか観ていないという人も多いはずです。「昔ガンダムが好きだったけど、最近のガンダムは見ていない」− そんな人達を、もう一度ガンダムの世界に呼び寄せられるようにするにはどうしたらいいのだろうか? この部分こそが本作の成功の鍵だと考えました。

まず、パッケージを見ただけで「シャア」的なもの、「アムロ」的なものが出て来るのかな?と想わせるものでないといけないということで、キャラクター設定は安彦良和さんにお願いしました。メカニックに関してはガンダムのプラモデル「マスターグレード」で数々のモビルスーツをリファインしてきたカトキハジメさんにお願いしました。

━━ 映像化に関して福井さんはどのように関わられたのでしょう?

福井氏:小説から「やりましょう!」と言ったのが自分なので、作品全体について、内容はもちろん売り方まで含めて意見を出しています。全体をコントロールしている訳ではありませんが、「こうした方がより良いのではないか?」といった提案をしています。

━━ 小説では「ファーストガンダム」に対するオマージュのような展開も見受けられますが、そこは意識されたのでしょうか?


福井氏:意識はしていませんし、同じところは何も無いと思います。「ファーストガンダム」と『ガンダムUC』では、物語のフォーマットがまるで違います。というのも『ガンダムUC』は一年戦争のようにふたつの勢力が戦争しているという世界ではなく、「正規軍」がいて「テロリスト集団」が存在するという、現実世界とあまり大差が無い世界が舞台です。ですから「ファーストガンダム」が「戦争モノ」なのに対して、『ガンダムUC』は「冒険モノ」になっています。主人公が一か所に居ないで一人で「敵」と「味方」を行き来する「ゲリラ的」な存在です。なので、ストーリーに「ガンダム的」なイベントを意識的に挿入していかないと「ガンダム」でなくなっちゃうな、という考えはありました。オマージュと取られたのは、そういう要素ではないかと思います。

━━ 父親と子供の関係がストーリーの軸として描かれていますが、そこに対するメッセージがあれば教えてください。

福井氏:いままでの「ガンダム」は父親の存在が希薄でした。たとえば親と子供が対立して、子供が親を乗越えて行くとか、許すとか、そういう過程が全く無く、いきなり死んだり、生きていたと思ったら狂っていたり(笑)。意図的に「ガンダムの世界」から父親がオミットされていたんですね。その代わりに母親(母性)の存在が大きくあって、そこからどう逃れるかという「乳離れ」の話が、思春期の読者をターゲットにしたこれまでのガンダムの話だったと思うのです。

しかし『ガンダムUC』の主なターゲットとしている30代・40代は、いま「父親」になっています。そして「乳離れ」はとうに終えている。では何がテーマとしてふさわしいだろうか? − そう考えたときに思いついたのが、「父親からの目線」でした。


「ファーストガンダム」に接した青年期の我々は、子供の目線から大人を見上げていました。その頃の我々にとって大人は参考にする対象であったり、あこがれの対象であったりしました。しかし大人になり立場が変わってみると、“大人から見た大人の世の中”はもう少し複雑で難しい。もちろん「難しいよね」という話は前のガンダムでもしていたけれど、我々は難しいという事は解り切っているので、その難しいなかで今、何ができるのか問いたいと思ったのです。『ガンダムUC』は、若者が成長していく話であると同時に、大人が自分を「内省」していくという話でもあります。主人公のバナージは、毎回色々な大人と出会います。そういった大人と自分自身を対比することで、バナージは内省し、その事を糧にして次のステップに進むのです。“大人VS子供”という図式ではなく、大人と子供イーブンにやっていこうというのが、本作の特徴です。

━━ 大人や父親の目線にこだわる理由は何なのでしょうか?

福井氏:いままでのガンダムは父親の存在感が無かったが故に、大人になったいま作品を振り返ると「自分が父親の立場だったらどうだったか」という視点が抜け落ちていたと思うんです。一足飛びに「人類はニュータイプにならなければダメだ!」という結論にいってしまう。それだと今の我々から見た時に身に迫る話にならない。だから、大人の言い分というのをきちんと描いたうえでやりましょうというスタンスでした。それと…小説の連載を始めたときに、ちょうど自分も父親になったということも大きいと思います。自分に子供がいなければこういう物語にはなっていなかったでしょう。子供が大きくなってきた今だと、また違った物語になったでしょう。

『ガンダムUC』には「父と息子」、「父と娘」に関するストーリーが多くちりばめられている。数ページしか登場しない脇役にも父親とのエピソードが語られている。本作のバックボーンとなる要素だと感じていたが、筆者はこのお話をうかがって、その意図が理解できた。

━━ 登場するモビルスーツの選択やデザインのアイデアはどういった経緯で決めたのですか?

福井氏:これはカトキさんとミッチリやりましたね。宇宙世紀0096年位の軍事情勢を考慮して、連邦軍にはこんな兵器や部隊があって、敗戦したネオ・ジオンはビンボーだからこんなのしか無くて……といった感じで。本作のためにカトキさんに新しく描き起こしてもらったものもあれば、カトキさんが習作的に描いていたデッサンから「これが合うんじゃないの?」と選んだりなど、試行錯誤しました。基本的にメカについての細かい部分について自分ではチンプンカンプンなので、全面的にカトキさん任せでした。それだけにメカ好きのガンダムファンもうなる機種が登場していると思います。

バナージが乗るユニコーンガンダム

クィン・マンサを彷彿とさせるモビルスーツ、クシャトリヤ

━━ 宇宙世紀以外のガンダムはご覧になっていますか?

福井氏:一応ネタがかぶらないようにチラチラとチェックはしています。ガンダムはその時代の中高生に対するコンテンツです。なので大人が見てもしっくりこないかもしれないですね。そういう意味では、今回の『ガンダムUC』はむしろ異質な作品です。当時小・中・高生だったガンダムのお客さんが大人になっていて、その人たちをターゲットにしている訳ですから。

━━ ファーストガンダムの作者である富野由悠季さんは、ガンダムのほかに数々のSF作品を書かれました。今後、ガンダム以外でロボットが登場するような作品を書く予定はありますか?

福井氏:とくに予定はありません。ジャンルにとらわれずやって行きたいですね。

━━ 『ガンダムUC』のアニメは盛りだくさんの内容なので、小説で描かれている背景などが省かれている部分が多いですよね。

福井氏:呎の問題で全ては映像化できないので、これは仕方のないことです。人からは「心地良い説明不足」の作品といわれています。アニメを見て『ガンダムUC』の世界をより深く知りたい方は、ぜひ小説を読んでいただければと思います(笑)

━━ アニメ版は今後小説とは違うストーリー展開をするのでしょうか?

福井氏:前半はそのまま進めます。しかし、後半は物語の前後を入れ替えたりすることになるかもしれません。小説を読み終えた方にも楽しんでいただけるように考えていますので、ご期待ください。

◇  ◇  ◇

福井氏にインタビューをする前は、「きっとものすごいガンダムマニアなんだろうなぁ」と思っていたのだが、お話をうかがうと、ガンダム好きでありながら、一歩引いた目線でビジネスとして捉えておられるのに感心した。好きだからこそ、ガンダムの商品価値を知り尽くしている。その上でのビジネス戦略。これにガンダムマニアが乗らないわけはないだろう。ただ、ビジネス一辺倒でないことは、小説の『ガンダムUC』を読めば伝わる。本作にはガンダムマニアがじつに居心地よく過ごせる時間が流れている。これは福井氏が、『機動戦士ガンダム』というシリーズや、同じ時代を過ごしてきた世代に対する愛情を持っているからだろう。小説の結末については賛否あるが、アニメ版の後半には動きがあるかも知れないとのこと。結末はどうなるのだろう? いまから気になるが、まずは2010年秋にリリース予定のアニメ版次回作を首を長くして待つとしよう。

【タイトル紹介】

(C)創通・サンライズ
機動戦士ガンダムUC BD第1巻(BCXA-0223)¥5,040(税込)
以下続刊(全6巻構成)
● 映像:MPEG-4 AVC/H.264(1080p)
● 音声:日本語・英語ドルビーTrueHD(5.1ch/2.0ch)
● 字幕:日本語・英語・仏語・西語・中国語(広東語・北京語)
● 特典:特製スリーブ(初回生産分のみ)、特製ブックレット
● その他:BD-LIVEでの特別コンテンツ視聴が可能

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