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山之内正が見た ベルリンフィル「デジタルコンサートホール」の舞台裏

<後編>運営者が語る「デジタルコンサートホール」− ライブ感を届けるDCHの魅力と今後の展開

2009/11/16 山之内 正
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ベルリンフィルの「デジタルコンサートホール」レポートの後半は、フィルハーモニーのスタジオで行ったインタビュー取材の様子をそのまま紹介することにしよう。ベルリンフィルメディアのマーケティング担当トビアス・メラー氏と、収録の責任者であるクリエイティブ・プロデューサーのクリストフ・フランケ氏にお話をうかがった。(本文中敬称略)

>>【前編:ホールの感動を世界へ − リアルタイム配信を支えるシステム群を覗く



お話をうかがったメラー氏(左)とフランケ氏(右)
■ベルリンフィルの演奏を世界中の人に楽しんでもらいたい

山之内: デジタルコンサートホールのアイデアが生まれた背景を教えてください。


マーケティング担当のトビアス・メラー氏
メラー氏: ベルリンフィルの海外ツアーには各地で熱心なお客さんが来てくださるのですが、特に台湾、韓国、日本などアジアに出かけると本当に喜んで聴いてくださるんですね。その様子を見たときに、なんとかしてその熱心なお客さんと関係を持続できないかと考えたことが、発想の原点にあります。それもただコンサートを聴くだけでなく、毎週のようにやっている定期演奏会を、ヨーロッパからでもアメリカからでも感じ取れるようにしたいという発想で始めたのです。

山之内: アジアなどのツアーの経験がデジタルコンサートホールの誕生に大きく関わっているということですね。ところで、今後、他のオーケストラやオペラハウスが同様なサービスを始めるかもしれませんが?

メラー: それは歓迎したいですね。いまではまだニッチなサービスと思われていますが、他の団体が参入して、そのスタイルが普通になって欲しいと思います。

山之内: そのとき、「デジタルコンサートホール」の一番の強みはなんでしょう?

メラー: それは「ベルリンフィル」であることですね(笑)。魅力のあるコンテンツでなければ人はついてこないので、ベルリンフィルでなければできないことを提供していきたいと考えています。


■インターネットでも高品位なコンテンツを楽しめるようになった


デジタルコンサートホール
山之内: 「デジタルコンサートホール」は実際に体験すると良さがわかりますが、体験できる場がまだ十分とはいえないのが残念です。

メラー: 高画質・高音質の配信はクラシックに限らず非常に新しい試みですから、内容、技術として優れていても、世の中の流れとしてはまだ新しいものなんです。私たちもこのサービスを紹介するときは毎回同じ話をする必要があります。

いまはインターネットが高品位メディアに生まれ変わる端境期といえるのではないでしょうか。いままではインターネットでは高品位なものは提供できないという認識でしたが、これからはインターネットそのものが高品位な媒体として変わっていく時期にあるのです。だから導入段階は難しいかもしれませんが、誰かがやらないと始まらないことですよね。ベルリンフィルは、始めるだけの理由があってやっているんです。

山之内: いまでも画質と音質は高水準ですが、今後さらに向上する可能性はありますか。

フランケ: 2〜3年かかるかもしれませんが、計画はあります。転送レートを上げたり、ロスレス音声を導入することも考えています。その場合はいまのレートに加えてモードを増やしていくことになるでしょう。ただし、基本的には私たち送り手の側よりも、むしろ受け手の側の問題が大きいですね。インターネットの環境がさらに改善して、多くの人が家庭で普通に楽しめるようになれば、変更していきたいと思います。実は、今シーズンからサラウンドの録音も始めているんですよ。ストリームの基準がないのでいまは流せませんが、将来はサラウンド配信も視野に入れています。

山之内: お薦めの再生システムを教えてください。


クリエイティブ・プロデューサーのクリストフ・フランケ氏
フランケ: パソコンをテレビにHDMIで接続し、音声は光接続をお薦めしますが、パソコンにHDMI端子が付いていないことも多いですよね。しばらく先になりますが、インターネットにつながるテレビで見るのが一番手軽な方法ということになるでしょう。

山之内: 音声については、私はUSB-DACを薦めています。

フランケ: 音はCDと同じように広いレンジがあります。オーディオ装置につなぐことを前提にしたクオリティを実現しているので、できるだけ良いシステムで楽しんでいただきたいですね。


■配信裏話 − コンサートの雰囲気をそのまま伝えるために

山之内: ライヴ中継前の準備はどのように進めるのですか?

フランケ: 通常、ベルリンフィルの定期演奏会は同じプログラムで3回行います。初日午前のゲネラルプローベにカメラチームが来てカメラ位置をプリセットします。初日の本番はカメラチームにとって、事実上のリハーサルになります。2日目は実際に収録しますが、ライヴ中継を行うのは3日目のコンサートです。なんらかのアクシデントがあった場合はアーカイブに2日目の記録を使うことができますが、そのような例はほとんどありません。99%以上は3日目のライヴをそのままアーカイブにします。

山之内: もう少し編集の割合が高いと思っていました。

フランケ: 直そうと思えば直せる箇所はありますが、私たちにはそのつもりはありません。CDとは異なり、コンサートの雰囲気をそのまま伝えることが重要で、それこそが私たちの目的なんです。

山之内: いつも感じることですが、カメラの動きがとてもなめらかですね。

フランケ: カメラマンは音楽的な動きを意識していて、指揮者の演奏にピタリと合った動きでカメラを操作しています。

ズームやパンなどを行うカメラの操作卓

山之内: スタートから1年経ちましたがオーケストラのメンバーの反応はどうですか。

メラー: 誰かが反対していればこの企画は実現していなかったでしょう。オーケストラ全体の支持を得て実現しているという点は間違いありません。実際に1年やってきましたが、ホールで撮るときにもカメラマンがいないなど、集中力を奪うような方法ではないことがわかってきました。これだけのクオリティで提供されているということを、メンバーたちも喜んでいます。

山之内: 指揮者やソリストはどうですか?

メラー: 基本的にこちらから出演をお願いする立場です。彼らの方から断ることもできるんですが、いままでごく一部の契約上の理由を除いて、そうした例はほとんどありません。デジタルコンサートホールを見るのを楽しみにしているアーティストも多いですよ。トーマス・クヴァストフ(※バリトン歌手)はホテルでも見ていると言っていましたし、ドイツカンマーフィルの人たちも楽しみしていると言ってくれました。

アーティストの方が、一緒にサポートしたいという気持ちを持ってくれています。アイデアそのものが将来を向いている、ここに未来があるという認識がアーティストにあることが、成功のカギになるように思います。

山之内: 指揮者やソリストはそれぞれ契約しているレーベルが異なるのに、デジタルコンサートホールではそれを意識しないで楽しめます。

メラー: ラトルはEMI、ペライアはソニー、内田光子はユニバーサルという具合にそれぞれレーベルは違いますが、どのレーベルからも支持が得られています。音楽業界そのものが音楽ソフトを伝えるのに新しい方向を模索しなければいけない時期に来ているので、そのための投資と考えているのかしれませんね。

山之内: デジタルコンサートホールのおかげで定期演奏会のアーカイブが自動的にできるようになったわけですが、今後は過去の演奏会も継続して楽しめるのでしょうか?

メラー: 将来は、これまでのものを全部見られるようにはしたいと思っていますが、それをどんな形で実現するかはいまはわかりません。将来的にはいままでのベルリンフィルの映像、音声がすべて楽しめるようになることが夢ですね。

山之内: 最後に日本の音楽ファンにメッセージをお願いします。

メラー: デジタルコンサートホールは、ベルリンフィルにとても近いところに位置しています。ベルリン在住のお客さんでも年間35回のコンサートにすべて行くことはまずないと思いますが、デジタルコンサートホールなら可能です。ラトルのマーラーやブラームスの演奏が変化してきた過程も刻々と体験することができます。最高水準の演奏を高いクオリティで楽しんでいただきたいというのが私たちの願いです。

山之内: どうもありがとうございました。

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