iPodのパーフェクト・パートナー誕生

オーディオの名門ブランドから登場したiPod用スピーカーシステム「i-deck」
モニター・オーディオは1972年に設立されたイギリスのオーディオメーカーで、早くからメタル・ユニットの開発に取り組んできたことで知られる。ユニットからキャビネットまで全て自社生産する数少ないハイエンド・メーカーのひとつで、この数年飛躍的に実績を伸ばしてきた。フラッグシップのGold Signatureから、Reference Silverシリーズ、エントリーのBronze、そしてコンパクトなRadiusなど、ハイスピードで高解像度の再現力が高く評価されている。

モニター・オーディオはメタル・ユニットのパイオニアとして著名である。メタル振動板は軽量で剛性が高く、振動板素材としては有力な存在だが、金属固有の共振も起こしやすく設計が難しい。モニター・オーディオではアルミ・マグネシウム合金にセラミック・コーティングを施したC-CAMと呼ぶ独自の素材を開発。共振を抑え、メタル特有のハイスピードなレスポンスを活かすことに成功し、多くの製品に応用している。

i-deckにもまたメタル・ユニットが活用されている。トゥイーターは14mmのリングドーム、ミッド/ウーファーは10cmのメタルコーン。キャビネットはコンパクトだが、ABS樹脂を使用してリジッドに仕上げている。

iPodをハイファイに、というのが製品コンセプトだ。もともとiPodの音は良い。問題はヘッドフォン・アンプなど出力系にあるわけで、だからモニター・オーディオが本気で取り組めばいいものができるはず、という予想はつく。ただサイズがいかにも小さいから、それが不安なのは確かだったが、今回の試聴によってその優れた性能を明らかにすることができた。

低音と高音ユニットを搭載したハイファイ用2ウェイ・スピーカーシステムを採用する
トゥイーターは14mmのリングドームを採用している
動作時には本体正面に配置されたブルーLED表示が点灯する
オーディオの名門ブランドから登場したiPod用スピーカーシステム「i-deck」
『Mr.BOUJANGLES/水橋孝(b)&田中裕士(p) (ウッディクリーク)』
大変水準の高い録音で、ホールの残響とともにピアノの音が明確に刻まれている。音場の空間性もよく捉えられているが、音像のフォーカス、直接音と残響のバランスなど理想的に再現されると極めてリアルである。
『free/LIBERA(東芝EMI)』
ノーリミッター、ノーイコライザー、つまりマイクに入った音を全く操作なしに収めたウッディクリーク・レーベルのCD。強烈なウッドベースはスピーカーを歪ませることも珍しくない。非常に厳しいソフトをどう鳴らすかが見もの。
『シューマン:ピアノソナタ|ダヴィット同盟/浜口奈々(マイスターミュージック)』
ボーイソプラノのコーラスで、ハーモニーの透明度が高く大変繊細なニュアンスに溢れたCDである。低音の馬力は必要ないが、逆に高域の解像力と伸びやかさが試される。棘や濁りは禁物なのだが、そこが難しい。
『マーラー5番/アルミンク&新日本フィル』
これもイコライザーやコンプレッサーを避けた録音で、ライブだけにいっそう臨場感が高い。フル・オーケストラの広大なダイナミックレンジと色彩感豊かなアンサンブルを、解像度の高い音質で再現してほしいものだ。
オーディオの名門ブランドから登場したiPod用スピーカーシステム「i-deck」

最初に聴いたのは浜口奈々の『シューマン〜』だが、思いがけない出方なのに驚いたものだ。スピーカーはとりあえずセンターコンソールに付けて置いてある。大して幅があるわけではないから、ラジカセと同じでスピーカーの周囲に張り付いたような音になるのが普通だ。ところがi-deckの場合そうはならなかった。スピーカーの後ろ側に幅の広い音場ができあがっている。どこか別の場所から音が出ているような印象だ。スピーカーが完全にいい状態で鳴り切ったときこういう出方をする。つまりi-deckは始めから理想的な形に組まれているのである。ピアノの明快なタッチが歯切れよく弾む。音場が広いのは余韻の豊かな証拠だが、それでいて決してぼやけることがない。それに意外なほど低域へ伸びる。量感を誇示するような膨らんだ低音ではないが、引き締まったピアノの音に曖昧さがない。

それならばというのがウッディクリークの『Mr.BOUJANGLES』だ。このウッドベースの深さと立ち上がりのエネルギー。並のスピーカーでは水ぶくれしてしまうか歪むか、時にはびりつくことさえあるほどだが、そのウッドベースをやや軽快な感触ではあるにしてもしっかりと芯のある音にまとめ上げている。音程がにじまない。10cmのウーファーでよくこれだけ出るものだと思う。ベースのピチカートがディテールまで明快に捉えられ、ピアノも骨格の強い音調である。

『free/LIBERA』はボーイソプラノの透明感が生命線だ。しかしこういったソフトはモニター・オーディオの得意なところでもある。実際声の質感が澄み切って濁りを感じない。ハーモニーの重なり方もきれいだが、余韻が伸び伸びと広がっているのがこのサイズのスピーカーとは思えない再現力である。もうひとつ特筆しておきたいのは、少年の声がともすればスリムにすぎて表情がよくわからなくなってしまうことがあるのに対し、このシステムではディテールのニュアンスが豊富であることだ。レスポンスの速いモニター・オーディオの特質がよく表れた再現といってよく、高域でもチリチリした歪みっぽさが全くない。

最後の『マーラー5番/アルミンク&新日本フィル』には、打楽器を含む大編成オーケストラの強奏にどれだけ耐えられるかという興味がある。もちろんこれも合格なのだが、単に大音量でも大丈夫というだけのことではない。楽器それぞれの音色が鮮明で、フォルテでも混濁しない。解像度の高さの表れである。弱音のナイーブな感触も丁寧に描き出す。iPodのポテンシャルを引き出した本格的な再現である。

ともすれば簡便性ばかり強調されるiPodだが、音質面でも有利な点が実はたくさんある。それを活かすには本格的なハイファイ・システムが必要だが、i-deckはまさに期待通り。ぴったりツボにはまった快適な製品である。


今回初めてモニター・オーディオ「i-deck」を試聴したという井上氏。コンパクトなシステムながら驚くほどに解像度の高いサウンドを奏でる本機を「最も質の高いiPod専用スピーカーのひとつ」と評価する

東京都大田区出身。慶應大学法学部・大学院修了。有名オーディオメーカーの勤務を経て、翻訳(英語)・オーディオ評論をはじめる。神奈川県葉山に構える自宅視聴室でのシビアな評論活動を展開、ハイエンドオーディオはもちろん高級オーディオケーブルなどの評価も定評がある。主な著書は『デジタルオーディオのすべて:DA変換技術をわかりやすく解説』(電波新聞社刊)。翻訳では、海外オーディオブランドの国内向けカタログを多数手がける。趣味は5歳より始めたピアノで、本格的な演奏を楽しむ。