浜田泰人氏

多様化するニーズや
複雑化する環境にいち早く対応
“あまねく”手段で確かな情報をお届けする
日本放送協会
理事 技師長
浜田 泰人氏
Yasuto Hamada

迫り来る4K8K時代。圧倒的な高画質のみならず、同時に進化するサービスも見逃すことはできない。関連市場の活性化を鼓舞する新たな時代の到来に、コンテンツの側から果敢にリードする日本放送協会。“これから”をどのように展望し、取り組みを展開するのか。浜田泰人理事・技師長に話を聞く。

 

「ハイブリッドキャスト機能付」というノボリで
店頭でも注目いただけるサービスにしていきたいですね。

8Kは日本だけの話題でなく
もはや世界の関心を集めている

── 2014FIFAワールドカップブラジル大会では、8Kのライブによるパブリックビューイングをブラジル国内の3会場と日本の4会場で実施され大変注目されました。

浜田NHKはブラジルで開催された「2014 FIFA ワールドカップ ブラジル」において「FIFA TV-NHK 8K project」として、現地5会場9試合を8Kで制作し、ライブによるパブリックビューイングを実施しました。8Kカメラ3台に、4Kスーパースローカメラ2台、さらに、8K中継車、音声中継車、伝送車、機材車などを、日本からブラジルまで船で持ち込んで行ったものです。ブラジルは国土も広大で、例えば、ナタールからブラジリアまでの移動距離はおよそ2500qもあり、しかもそれを3日間で移動しなければならなかったので事前に入念なシミュレーションを行いました。それでも想像以上に大変ではありましたが、大きなトラブルもなく、ほぼ計画通りに行うことができました。

今回、様々な技術的チャレンジをしています。そのひとつは8K制作です。今のハイビジョン(2K)はすでに安定したシステムで、画づくりも含めて完成領域にありますが、8Kの高解像度による映像制作は、これからノウハウを積み上げていかなければなりません。持ち込んだ機材も開発段階のものですが、今回の8K制作を通じて、かなり実用化への感触を掴むことができました。ライブ伝送においても多くのテーマをクリアすることができたと考えています。

ブラジルはじめ世界のスポーツ・メディアの多くの方々に8Kをご覧いただくとともに、新聞やWEB等にも取り上げられ、8Kが日本だけでなく、世界の“関心の的”になってきたと実感しています。先ごろブラジルで行われた放送機器展「SET Expo」に出席しましたが、ここでも8Kへの関心は高く、世界的には今、4Kの制作が立ちあがった段階ですが、“8Kと言えば日本”との認識をいただいており、会場でも数多くのインタビューや質問を受けました。

「2014 FIFA ワールドカップブラジル」で活躍した8K中継車
「2014 FIFA ワールドカップブラジル」で活躍した8K中継車

── 昨年2月には、ケーブルテレビを活用した8Kの伝送実験の成功を発表されています。BSも含め、今後の伝送路についてはどのようなお考え、見通しをお持ちですか。

浜田今年の6月2日から、CS124度128度衛星を使用した4K試験放送が開始されましたが、ケーブルテレビ、IPTVでも同じくスタートしています。言うまでもなく、8Kも衛星だけでなく、ケーブルテレビでもきちんとサービスを提供できることが重要です。一方、8Kのために多くの改修費用をかけずに、例えば、現行の施設に大幅な変更を加えることなく8Kを送れるようにすることも考慮していく必要があると考えています。

放送技術研究所(以下、技研)でも研究開発を進めており、今春開催した技研公開2014では、開発した複数搬送波伝送方式で、東京都調布市のJ:COMのケーブルテレビ局から、実際のケーブルテレビ施設で運用している約100のチャンネルのうち3チャンネルを使って送信した8K信号を、東京都世田谷区の技研で受信し、視聴できることを、研究成果として公開することができました。

また、総務省の「4K・8Kロードマップに関するフォローアップ会合 中間報告」が9月9日に公表されました。2016年にBSを使用して4K8Kの試験放送を開始することが国のひとつの目標として設定されました。現在実施している衛星セーフティネットが来年3月に終了しますので、その空き周波数(BS17ch)を使って行うことになります。

2018年までに行う実用放送に向けては、BS17chのトラポン1つでは、8Kなら1ch、4Kなら最大3chの送信しかできません。今後、どういった伝送路を活用できるのかについては議論を重ねて行く必要があります。現在使用している東経110度BS・CS右旋円偏波に加え、左旋円偏波を新たに使用するアイデアもあります。一方で、現在のBS・CSアンテナは右旋円偏波専用であることもあり、多角的な検討を行っていかなければなりません。

── 1月には熊本県人吉市で、地上波による8Kの伝送実験にも成功されていますね。

浜田8Kの最大のチャレンジであり最終的な目標は、やはり、地上放送で実現することです。長距離伝送の実験を行った人吉市は、盆地で周りを山に囲まれた、電波の干渉が比較的小さく、また、高い建物等による遮蔽も少ないことから受信環境としては恵まれた条件にあります。今後なるべく早い段階で、より厳しい環境でも実験を行っていきたいと考えています。

地デジへ移行し、周波数としてもかなり混雑している中で、どのようにして新しいサービスを導入していくのか。クリアすべき課題は少なくありませんが、困難なテーマを前にチャレンジ精神旺盛に挑んでいくのが我々技術者に課せられた役割です。実現に向けてひとつひとつ階段を昇っていきたいと思います。例えば、圧縮技術もおよそ10年スパンで倍のレベルになりますから、可能性はさらに膨らんでいくに違いありません。

4Kと8Kはファミリー
混乱のない環境構築が重要

浜田泰人氏── 4Kテレビが盛り上がりを見せ、市場活性化への期待も高まる中で、NHKのコンテンツ制作への期待の声が高まっていますね。

浜田かつてのアナログ放送とデジタル放送は、受信機を変えなければどうやっても映りませんでしたが、4Kと8Kはファミリーで、4Kの先に8Kがあり、8Kの中に4Kがあります。それは、いわば昔の白黒テレビとカラーテレビとの関係と似ていて、カラーテレビを買えばカラー放送はカラーで映りますし、白黒テレビを買ってもカラーの放送はちゃんと白黒で見ることができました。

4K8Kの場合にも、8Kのコンテンツを受信したチューナーが、つながっているディスプレイが8Kならば8Kのまま出力、4Kのディスプレイであればダウンコンバートして4Kで表示します。現在の4Kテレビも、2Kを4Kに自動でアップコンバートしています。

つまり、ディスプレイは2K、4K、8Kといろいろあっても、チューナーが判断して自動でディスプレイにあわせて出力することで、混乱なく4K8Kを皆様にご覧いただける。そうした環境を構築していくことが重要だと思います。

コンテンツ制作に関して言えば、4K、8Kそれぞれ専用でシステムを揃えるとなると、完全な二重投資になるため、それは避けなければなりません。4Kカメラやモニターは価格が落ち着いてきている一方で、8Kはまだ開発途上にあり、価格も高価です。そこで、例えばドラマのように高度な編集が必要なものは、まず4Kで揃え、しかるべくタイミングで8K化に改修していくシナリオや、パブリックビューイングでもご覧いただいたワールドカップやオリンピック、オペラや紅白歌合戦など、ライブ中心のコンテンツ制作については、最初から8Kのシステムを導入していくことができないかなどの様々なアプローチを考えています。

── 新たなサービスとして「ハイブリッドキャスト」も期待されますが、「NHK Hybridcast」では今年後半の新たな展開を発表されました。

浜田データ放送の使用頻度もかなり高まってきましたが、ハイブリッドキャストはHTML5の採用で、より進化した多彩な表現が可能です。「NHK Hybridcast」は、昨年9月2日から、総合テレビでサービスを開始し、昨年11月にインターネットを利用した新しいハイブリッドキャストサービスについて総務大臣の認可を受け、12月からサービスを拡充し、スマートフォンやタブレットを使って番組に参加できるサービスなどを行いました。また、2月に開催されたソチ五輪では、放送中に見逃したシーンや、もう一度見たいシーンを巻き戻したり早送りして視聴することができるVODサービス「番組巻き戻し再生サービス」を実施しました。

そして今年度後半期には新たにEテレ、BS1、BSプレミアムにもサービスを拡充し、スマートフォンやタブレットなど、セカンドスクリーンと連動した楽しみ方のさらなる提案も行います。是非、ご期待ください。さらに、マルチビューをはじめ、実現されていないサービスもあり、どんどんチャレンジしていきます。各社から対応の受信機も増え、100万台を超えたという話も聞こえてきます。店頭でも「ハイブリッドキャスト機能付き」というノボリでお客様に注目していただけるくらいのサービスにしていきたいですね。

今年度後半期からサービスを拡充する「NHK Hybridcast」。街をより“深く”楽しむことが可能になるBSプレミアム「世界ふれあい街歩き」の画面
今年度後半期からサービスを拡充する「NHK Hybridcast」。
街をより“深く”楽しむことが可能になるBSプレミアム「世界ふれあい街歩き」の画面

── 先般、放送法の改正が行われましたが、今後さらに、どのような新しいサービスの展開が考えられるのでしょう。

浜田いままさに議論を行っているところですが、NODといったオンデマンドのサービスに加えて、ハイブリッドキャスト、らじる★らじるなど、ネットを活用したサービスを行っています。データオンライン、NHKオンラインもあり、さまざまな情報発信を行っています。いつでも・どこでも・誰にでもあまねく放送サービスを行っていく。この“あまねく”という点がこれまでの面積的な意味合いのみならず、伝送路としての意味も備えていくことが大事な視点だと感じています。

英国BBCのiPlayerなど、放送局がネットで情報を提供していくことが世界的な潮流です。今はテレビだけでなく、タブレットやスマートフォンで情報を入手できます。しかも、タブレットやスマートフォンは居間にあるテレビとは異なり、パッと見て、パッと調べられる。そうした端末の使われ方にあった情報提供の仕方も同時に考えていかなければなりません。何かあったときに、テレビがなければネットでということになる。どのような手段においても、“NHKがきちんと確かな情報を届けてくれる”そうした存在で今後ともあり続けたいと思います。

── それでは最後に、有料放送ビジネスでは顧客管理が重要になりますが、NHKでは次世代CASをどのように捉えているのか、お聞かせください。

浜田無料放送においても、コンテンツ権利保護を担保する観点から次世代CASの基盤技術が重要になります。4Kではハイビジョンの4倍、8Kでは16倍の高解像度になりますので、これまで以上にコンテンツの権利保護は大切になると思います。また、コンテンツそのものもさらに高度化することを考えると、次世代CASは重要な技術のひとつです。将来にわたりより高度な秘匿性を持たせ、安全性を維持・改善していく観点から、放送または通信によるダウンロードで、ソフトウェアの更新可能な方式が必要となります。最新技術を活用したCASの実用化への研究にも力を入れて参ります。

◆PROFILE◆

浜田 泰人氏 Yasuto Hamada
1957年、東京都生まれ。1980年 NHK入局、室蘭放送局技術部。1985年 技術本部計画部、1991年 パリ支局、1996年 労務・人事室〔人事〕主管、2005年 名古屋放送局技術部長、2009年 技術局送受信技術センター長、2011年 技術局計画部長、2012年 技術局長、2014 理事・技師長。座右の銘は「全力投球」。

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