英 裕治氏

こだわりにしっかり応えることが重要
そこにお客様は
お金を払ってくださるのです
ティアック株式会社
代表取締役社長
英 裕治氏
Yuji Hanabusa

オーディオとレコーディングの有力商品を展開するティアックが、世界的な楽器メーカーであるギブソン社と資本・業務提携することが発表された。強力なパートナーを得て、音楽を楽しむあらゆるシーンへアプローチし、オーディオ市場を様々に刺激していこうとするティアック。その取り組みと意気込みを、同社の英社長に聞く。

 

ギブソンとティアックが提携して生まれる商品
それは必ず近いうちにお見せします

 

ギブソン社との提携で
大きなシナジーを生む

── 御社はこのほど、世界的な楽器メーカーであるアメリカのギブソン社さんとの資本業務提携を発表されました。

 2005年から弊社の筆頭株主であったフェニックス・キャピタルから全株を引き上げて、最終的に弊社の54.6%の株式についてギブソンに譲渡し、資本提携することとなりました。すでに払い込みも終了しまして、弊社も外資系の会社になったということです。またご存じのとおり一昨年には弊社の一部の株をオンキヨーさんに引き受けていただき、発表の通りすでに高い効果が出ています。

ギブソンのヘンリー・ジャスキヴィッツ会長、オンキヨーの大朏宗徳社長とは3人でよく話をしますが、我々はオーディオ業界、楽器業界と隔てた観念ではなく、音楽全般に関わる業界に共通して属する者という認識をもっております。そこでメジャーなプレーヤーになりたいというのが共通の思いです。三者三様に特徴があり、ギブソンは楽器づくりがメインで、録音する機材はタスカム、それを一般消費者の皆様が再生して楽しむ機材はオンキヨーさんや我々ティアック、エソテリックが手がけており、非常に相乗効果の高い活動ができると思っています。

ギブソンに対しては、勉強させてもらうところも多々あります。我々も他聞にもれず、日本のメーカーの陥りやすいのは、いいものをつくれば売れると発想しがちなこと。そういう意味でマーケティングの考え方など、ギブソンは相当違うなと実感します。

たとえば短期的にものをたくさん売るために値段を下げるのは、今や日本では当たり前ですが、彼らはそういう考え方を全面否定し、「ティアックの商品を売れるのはお前しかいないのだ」と言います。「だからこそ自分が売れると思った商品を、自分が売りたい価値を認めてもらった上で買っていただくべき。それこそがマーケティングだ」と。当然コストもかかってきますが、彼らはそれを踏まえてチャレンジしていくのです。

ギブソン社は今の会長が株式を買い取って以来、M&Aも含めて拡大し、毎年20%近い成長を遂げてきています。当然それなりのリスクもとっていますが、リスクのないところに成長は望めないということ。自分の信じることに対し、目標をどう実現させるかと考えやるべきことをやっていくプロセスが、我々にもいい刺激になります。

── 昨今では、これまでの価値観とは決別して再生するという思いが多くの企業で生まれていると思います。そこに指針を示されるような考え方ですね。

 アップルがここまでの地位を築き上げたのも、革新的な技術が主導してきたというより、お客様の生活を変えるという目的からこたえを導いてきたからだと思います。アメリカの会社はそういうことを大事にしているのですね。

日本の企業が行うのはチェックボックスマーケティングですよね。ABCの商品を並べて、Aの機能、Bの機能、Cの機能を比較し、新たに開発するDの商品にはABCの全機能を入れなくてはと考える。こういうことを続けていくと商品がどんどん複雑になってきて、方向性が見えなくなってくる。そして突然、ある1点にこだわった海外商品が出て、市場を持っていってしまうことになりがちです。

日本の企業にとってそこは反省すべき点で、何でも機能をつめこむことはお客様の望むところではないと思います。我々はレコーディングや再生に関して、世界一のメーカーと自負していますから、そこにきっちりとこだわったものづくり、高音質録音、高音質再生のところにフォーカスしていきたいのです。もちろんお客様にとって便利なものは取り入れていくべきですが、過剰なサービスで必要ないものまで取り込んで、本来の商品の価値を誤った方向に持って行くようなものづくりの考え方はやめる。もっとシンプルにやっていきたいと考えます。

昨今、日本の家電メーカーはどこも苦労されています。たくさんつくって工場をまわさないと利益が出ない。しかしたくさんは売れないので値段を下げる、と悪循環に陥っています。ギブソン社にはそういう考え方は一切なく、必要な値段で自分たちが売りたいものを売るという考えがベースにあるのです。

先日も商品企画の話をして、コストが合わず内容をひとつ変更しようかという時、「お前は何を言っているかわかっているか。お客様の求めているものを無視して値段を下げようとしているのだぞ」とギブソンサイドから言われました。こういう指摘は初めてで、我々もおおいに納得しました。こうして我々が勉強した結果は、今後の商品企画やマーケティングに活きてくると思います。

── ギブソングループとなっての具体的なことは、これから動いていくわけですね。

 まずはオンキヨーさんも加わってのバックヤードの効率化や、1+1+1が3以下になるコスト削減に向け動きたいと思っています。我々は世界中でビジネスを展開していますので、地域ごとで一緒にやっていくなどできるケースがあると思います。

ただ最終的にお客様が求めているのは商品で、ギブソンとティアックが提携したことで何が生まれるのか。それは近いうち、1年以内には必ずお見せします。今いくつかの話が具体的に始動していますから、なるほどな、と思っていただけるものが出てくると思います。技術や部品などについても、日本よりもアメリカで先行する情報もたくさんありますし、そうしたものをいち早く取り入れていける強みもあります。

英 裕治氏── ティアック、タスカム、エソテリックなど既存ブランドの商品展開はどうなりますか。

 タスカムはギブソンさんと強く関わり合っていくことになると思いますが、ティアックではオンキヨーさんとのシナジーの比重が大きいと思います。国内でもオンキヨーマーケティングジャパンさんに販売協力をいただいたり、ヨーロッパのオーディオ販売をお願いしたりしています。

ただエソテリックはまったく別次元の存在です。ハイエンドオーディオは独特のもの。技術面で共有できるものはたくさんありますが、ビジネス展開としてはむしろ今の存在感を崩さずにやっていくことが大事だと思っています。基本方針は変わらず、これまでどおりオーディオ専門店様を中心としたビジネスとして展開して参ります。

日本のオーディオ市場は特徴的で、2チャンネルのマーケットが他の地域よりもしっかりと確立されている傾向にあるのです。まだまだ2チャンネル、ハイエンドのマーケットは根強く、ここはしっかりと展開していきたいと考えています。

多様化するニーズに
オーディオはどう応えるか

── ハイエンドのオーディオマーケットは確立されていて、ある程度アプローチがしやすい部分もありますが、やはり問題は新規層の誘導です。昨今、特に若者にとってはスマートフォンが音楽再生機として扱われています。これまでオーディオのソース、レコードやCDの再生機はオーディオメーカーが手がけてきましたが、今やそうでない状況になりつつあり、まずはスピーカーで音楽を聴いていただくことからですね。

 携帯電話、スマートフォンは世の中のインフラとして存在しており、こうした便利なものは我々としてもおおいに利用すべきだと思います。ただ、携帯電話さえあれば録音も録画も、再生もできるからそれだけでいいかというとそうではないですね。高いクオリティでそれらの価値をご提供するところに、我々の領域があるのです。お客様にとってすでに音源が携帯電話やスマートフォンの中にたくさん入っていますから、オーディオメーカーとしてはそれをどうやっていい環境で聴いていただくかをご提案することで、期待にお応えしたいと思います。

ティアックブランドではiPodやiPhoneとの親和性を早くから打ち出して来ましたが、弊社が昨今展開しているReference 01シリーズはそれらを含め、USBオーディオを含むさまざまなソースに対応したコンポとして非常にご好評いただいています。またパッケージメディアではなくストリーミングで入手できる音源、DSDなどハイレゾの再生もネットオーディオの進化で実現しましたが、そうしたものを高音質で再生する機器としてReference 501シリーズも大変好調です。こうした路線をしっかりと確立させて、いい音で音楽を楽しむ環境を引き続き提供していくことは我々の使命だと思っています。

我々にとって今主要となっているお客様は40代以上の方々ですが、もっと若い方たちはやはり携帯電話で聴くのが主流で、彼らに対していかにアプローチをするかは非常に重要なことです。まずじっくり腰を据えて音楽を聴く習慣がない。ただヘッドホンにはお金をかける傾向がありますから、音に対する興味は高いのだと感じます。また一方で、年代を問わず一般コンシューマの方からアナログレコードがインテリア性も含めて注目されてきていますので、新しいアプローチができるのではないかと、注目しています。

ギブソンのグループになったことで、楽器愛好家の皆様を誘導することも期待できます。オーディオにはほんとうにいい音で音楽を聴きたいというニーズのハイエンドの市場がありますが、楽器を楽しむ方には、自分がつくった作品や演奏をできるだけいい音で聴いてもらいたいという欲求があるのです。そこに対する提案が、我々にはできると思っています。それはミュージシャンに限ったことではなく、たとえばお子さんの発表会を記録するようなことでも同様で、そこにひとつの市場があると思っています。

弊社は大メーカーではないですから、大多数の方に欲しいと思っていただけるようなものをつくろうとしても失敗します。むしろ、5000人の中の10人、20人の方にこれが欲しかったと言っていただけるような部分にフォーカスして、そのこだわりにしっかり応えていくことが重要です。それこそが付加価値であり、他社とは差別化された部分であり、そのためにお客様がお金を払ってくださるのだと思います。それを見つけるのは大変なことですが、しっかりと見据えながらやっていきたいと思います。

── オーディオは有望な商材であり、今はチャンスのタイミングです。そこにギブソンさんが加わって、また違う価値が生まれることを楽しみにしています。

◆PROFILE◆

英 裕治氏 Yuji Hanabusa
1961年生まれ。1985年成蹊大学工学部卒業、同年ティアック(株)入社。2001年2月 タスカム部長、2004年6月 執行役員 タスカムビジネスユニットマネージャーに就任。2005年5月 執行役員 エンタテイメント・カンパニープレジデント、2006年6月代表取締役社長に就任、現在に至る。

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