市川博文氏

音がいいのはもはや当たり前
さらなる付加価値で独自性を築く
(株)ディーアンドエムホールディングス
代表取締役 CEエンジニアリングユニット プレジデント
市川博文氏
Hirofumi Ichikawa

デノン、マランツの2大国内ブランドでオーディオ界をけん引するディーアンドエムホールディングス。プレミアムAVから本格参入を果たしたヘッドホンまで、ブランドの方向性を明確に打ち出しつつ、さらなる付加価値を追求していく。同社の取り組みについて、市川博文氏に聞く。

 

シンプルなものを作るのはより難しい
そこに果敢にチャレンジしていく

エンジニア目線から
お客様目線へ

── 市川社長には5年ぶりにご登場いただきました。あらためて御社の近況をご紹介いただけますか。

市川 昨年は、東日本大震災やタイの洪水の影響などもあり、大変な年でしたが、経営的にはまずまずの成果であったと思います。株式会社デノンと日本マランツが経営統合してディーアンドエムホールディングスが設立して10年が経過し、2010年には前身であるコロムビアの歴史も含めてデノンブランドの100年を祝うことができました。

2007年の時点ではデノン、マランツ共にブランドカンパニーという日本の組織とエンジニアリング部門が中心となって商品開発を行っていましたが、現在は、よりグローバル化した組織での取り組みを強化しています。アジア・北米・欧州のマーケティングチームを改めて組織し、顧客ニーズをしっかりととらえて商品アイデアを練り上げ、これを日本サイドにフィードバックする。エンジニアを中心とした日本のチームは、アイデアを商品化するのにベストな技術を提供する。これらの連携で、より顧客志向で完成度の高い商品を提供する体制になっています。プレミアムオーディオを追及する姿勢に変化はありませんが、ラインナップや開発プロセスは以前より幅広く、成長していると思います。

インターネット、ブロードバンドが普及し、ダウンロードやストリーミングのコンテンツがより一般的にお客様に受け入れられています。また、モバイル機器の普及が加速し、いつでもどこでもお客様が好きな音楽を楽しめる環境が整ってきています。このような状況の中で、お客様自身が、オーディオ機器に求める価値観というものも変化しているのではないでしょうか。

我々、デノン・マランツに求められるものは、最終的には、優れた音、音質の良さですが、ある意味それはブランドとして当たり前であり、そこにプラスアルファの価値を提供しないと本当の意味でのブランドの価値を訴求することはできません。今後もさらに成長するために、商品企画、開発戦略やプロセスそのものを、より顧客目線に沿ったものに変えていくつもりです。

── デノンとマランツのブランド展開について、どのような差別化を図っておられますか。

市川 基本的にはどちらのブランドもプレミアムオーディオブランドとしての方針に変わりありません。その中でデノンは比較的幅広いラインナップをお客様に提供し、マランツブランドはどちらかと言えばエクスクルーシブな商品展開をしていくことになるかと思います。どちらのブランドもこれまで同様に優れた技術を最大限活用して差別化を実現することに加えて、マーケティング活動にも注力していきます。この中で改めて両ブランドの個性を確立していきたいと考えています。

今年は、特に多くの新製品を投入しており、まずハイファイのカテゴリーでは、マランツブランドのプレミアム商品、11SシリーズのプリメインアンプとSACDプレーヤーを発表いたしました。この秋にはデノンのリーダーシップモデルもリフレッシュしていく予定で、AVアンプもデノン・マランツ両ブランドで新製品を発売していきます。

新しいカテゴリーでは先日、デノンブランドのヘッドホンとドックスピーカー「コクーン」の発表会をヨーロッパ、アメリカ、アジア各地で開催させていただきました。我々の新しいグローバル化した商品開発プロセスでできた最初のラインナップです。発表会を世界各地で開催したのも、ディーアンドエムの新しい体制や商品創りの方針をお客様に広く知っていただく機会をつくりたいという思いからです。今後もこうした活動を続け、デノン、マランツの認知度をもっと拡げていきたいと思っています。

今回我々がヘッドホンのラインナップを豊富に用意させていただき、市場に本格的に参入したことは、我々が今までオーディオ総合メーカーとして培って来たことの成果をお客様に知っていただく良い機会になると思います。デノン、マランツのブランドはいつの時代でもお客様にハイファイオーディオを体験できる幅広い商品を提供し続けて来ました。これは 我々の特徴の一つであり、ポータブル機器のメーカーとは異なるところです。

例えば、我々のヘッドホンをポータブルプレーヤーに使用していただくことで音の違いに気付かれるお客様は、大変多いと思います。そのようなお客様に、さらに高音質な音楽を楽しむ機会を我々は提案できるのです。また今回のヘッドホンでは、購入されるお客様のライフスタイルやお使いになるシーンを想定したマーケティングメッセージを用意しました。お客様に商品のコンセプトをできるだけわかりやすく伝えることにも努めています。我々は音楽をいい音で、気軽に楽しみたいと考えておられるお客様に、わかりやすくソリューションを提供していくことで、オーディオの裾野を拡大していきたいと思っています。

プレミアムなAVの本質を
シンプルなかたちで

市川博文氏── ドックスピーカー「コクーン」や、ハイコンポF109のネットワークプレーヤーなど、ネットワークの利便性を前面に打ち出す方向でバリエーションに富んだ展開が始まり、いろいろなお客様にリーチできる状況となりました。

市川 ダウンロードコンテンツ、ストリーミングメディアの普及により気軽に音楽を楽しめる環境は日本でも整ってきていますが、まだまだこれから成長する市場ではないでしょうか。この背景には著作権に対する業界の意識の違いもあるかと思います。しかし、お客様にとってネットワークそのものは音楽や映像コンテンツに触れる機会を増やすためのツールにすぎません。我々メーカーにとって肝心なのはお客様に対して、ハードウエアやコンテンツ選びの複雑さを意識させないで好きな音楽を簡単に楽しんでいただける機会・商品をご提供することであり、そこにビジネスチャンスもあると考えます。

一方で、価値のあるものをわかりやすく展開することの壁は高いと思います。シンプルなものを作るのは、複雑なものを作るよりも難しい。これを実現するためには、より高度な技術が必要となりますし、乗り越えなくてはいけないテーマがたくさんあります。これは我々エンジニアがぜひチャレンジしたいところです。コンテンツ選びの複雑さを感じさせず、そして音が良い、これらを両立する商品を市場に提供することができれば、必然的に販売店様でも、もっと手軽に我々の商品を扱ってくださるようになると思います。

メーカー目線、或いはエンジニアの視点で商品の機能を考えると、新しい機能を足し込むことが商品の差別化という発想になりがちですが、これが結果的に逆に差別化をなくすことになる。

例えば我々デノン・マランツのハイファイのステレオアンプが、なぜお客様に受け入れていただけるかというと、非常にシンプルだからなのだと思います。本来アンプの機能とは、いくつかの限られた入力ソースを選択し、その信号を増幅してスピーカーをドライブするということ。差別化ポイントは良い音≠ナあり、相応しい外観です。だからユーザーに受け入れられるのです。

開発する商品の差別化ポイントが本当にお客様にとっての差別化ポイントなのかよく考え、選択し、本当に必要な機能をベストなソリューションで提供する。我々はこのような方針で商品創りを行っていきたいと思います。

── ヘッドホンやドックスピーカーなど豊富な商品で数多くのお客様にリーチして裾野を拡げる。さらにその上のハイファイ分野へ、お客様の吸い上げも図りたいところです。

市川 業界におけるオーディオブランドとしてのデノン、マランツのブランドの認知度は高いと思いますが、一般の方々に対してはそれほど高くありません。今回のヘッドホンのラインナップとわかりやすいマーケティングメッセージの展開は、より多くのお客様、またライフスタイル系・カジュアル系と言ったお客様方にも我々のブランドを理解していただく良いチャンスであると思います。我々が培って来たプレミアムオーディオを新しいお客様に実感していただける機会を、ヘッドホンやドックステーションのラインナップ拡大で実現させ、顧客層を拡大し、ビジネスとして成功させたいと思います。

我々は、ヘッドホンやポータブル機器のお客様にもユーザーシーンを絞り込んだわかりやすいコンセプトの商品を提供し、我々のプレミアムオーディオという差別化ポイントを理解していただきながら、ここから良い音≠ニ言う軸でさらに発展していけるよう、お客様を育てなくてはいけません。いずれにしても常に考えなくてはならないのは、ブランドとしての本質です。それはまず、プレミアムオーディオとして良い音を実現すること。その上でなすべきことは何かを常に考えなくてはいけません。そこに到達できたとき、次のステップがさらに裾野を拡げるチャレンジです。

我々が従来築いてきたハイファイ、ホームシアターの商品のラインナップを維持、改善していくと共に、次のチャレンジとしてヘッドホンやドックステーションといったカジュアル、ポータブル、モバイル系商品群の中でも、デノン、マランツというブランドをきちんと認識していただく土壌を作り上げることが優先テーマです。この目標を実現するために、まずは悩み、チャレンジしたいと思います。

音楽が大好き、それを楽しむなら良い音で、というお客様はたくさんいらっしゃると思います。デノンやマランツというブランドを良く知らないお客様に対しても、最終的にはコスト対パフォーマンスのところで価値を感じられる、これだけ音が違うなら出費してもいいと思っていただける、そういう商品を提供することが重要だと思います。それを繰り返すことによって裾野は拡がると思いますし、デノン、マランツに対するブランドの認知が上がってくると思います。

クラフトマンシップが
音に開花する

── 原点である音のよさについて、これを支える白河工場の存在は大きいですね。

市川 昨年の東日本大震災のとき、私どもの白河工場も大きな被害を受けました。復興に際しては、大変多くの方々からご支援をいただきました。この機会にぜひ、皆様にお礼を申し上げたいと思います。他の製造現場と同様、日本国内で商品を生産するのは、白河工場も同様に大変厳しい状況です。しかし、我々プレミアムオーディオメーカーとしてリファレンスとなる製品をエンジニア自らの意図で生産できる拠点というか、エンジニアが培ってきたクラフトマンシップを実現できる工場としての存在意義はとても大きいのです。

時代と共に技術がどんどんデジタル化し、コモディティー化することで出来上がった商品の差別化がどんどん困難になっています。しかし、我々オーディオ業界では、アナログ技術とデジタル技術が混在し、このアナログとデジタルのコンビネーションは良い音≠実現するのに大変重要な要素です。白河工場では開発部門と生産部門が一体化することで開発エンジニアが培って来た技術を生産する商品に直接繁栄させることができる、これがデノン、マランツのプレミアム商品のバリューであり、そのポリシーは今後も維持して参ります。

── コンポーネントにしても、ヘッドホンにしても、プレミアムの部分をここでしっかりとつくっていくということですね。

市川 我々は、顧客層を拡げていくためにこれからもいろいろな商品群にチャレンジしていきます。しかし、どの商品でもプレミアムオーディオというコンセプトは実現していきたい。この目標を実現していくうえでリファレンスとするものを自らが生産できる体制を維持することは大変重要なことではないでしょうか。これがメイドインジャパンとして誇れればなおさらです。

── さらにこの秋以降の商品にも期待がかかります。

市川 オーディオの裾野は拡がっています。その中で我々はさまざまな変化にもポジティブに対応し、いい音とは何かということをお客様にきちんと実感していただける商品を提供していきたい。これを実現し、オーディオをもっともっと活性化していきたいと思っています。

◆PROFILE◆

市川博文氏 Hirofumi Ichikawa
静岡県出身。1981年 日本コロムビア(株)入社。設計部にてデノンの民生機器の企画、開発を担当。初のAVアンプ「AVC-500」「AVC-2000」プリメインアンプ「PMA-2000」など数々のオーディオ、AV機器の開発に携わる。2001年 (株)デノン 商品企画部長、設計部長を経て、D&Mホールディングス設立後の2004年にデノンブランドカンパニーのプレジデントに就く。2007年 D&Mホールディングス執行役に就任。2009年 同社取締役。2011年より現職。

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