千歳喜弘氏

ものづくりの真髄は「FUNs」に在り!
買う前から期待を意識できるブランドにする
日立マクセル(株)
代表取締役社長
千歳喜弘氏
Yoshihiro Senzai

ユニークな技術を活かしたモノづくり力で、新しい商品を続々と市場へ送り込むマクセル。その背景にあるのは「FUNs」のスローガンを掲げた現場主義と徹底した差別化だ。社長就任から1年、新生マクセルのさらなる躍進へ向けた意気込みを、千歳喜弘社長に聞く。

 

ちょっと楽しい、ちょっとうれしい。
その“差”が大切になってきます

商品は主義主張
“思いの塊”

── 千歳社長は、マクセルがこれまで市場に投入されてきた数多くの商品開発を手掛けていらっしゃったそうですね。

千歳 モノづくりが専門の技術屋で、ずっと商品開発を中心に、自分で考えたもの、まさに思いの塊を世に出してきました。ちょっと楽しい・うれしい・美しいもの∞人の周りで役立つもの≠ェ、当社のモノづくりの原点です。そうして続けてきたモノづくりの姿勢は一貫しており、これからも行っていきます。市況が厳しいとよく言われますが、厳しいからこそ、人が喜ぶ、いい商品をつくらなければならないと思います。

── 価格のみが強調される面も見受けられます。現在の市場には何が欠けているのでしょうか。

千歳 日本の場合、効率化や標準化が少し行き過ぎているところがあるのではないでしょうか。もっと一人一人の個性に訴えられるものが、商材として必要なのだと思います。いろいろなものが次から次へとデジタル化されて便利になってきましたが、人間はそもそもアナログでしか感知することができません。その感性へ、もっと力を入れて訴えていく時代になってくるように思います。

絵画でもコピーしたものがいっぱいあります。見た目にはなかなかわかりませんが、本物をそばでじっくり見ると、心に訴えてくるものです。だから本物の絵には深みがある。そこに大きな意味があり、モノづくりでも強く意識していきたいと思っています。

── マクセルのDNAと言っても過言ではない、千歳社長のご来歴をお聞かせください。

千歳 1971年に入社しました。最初に手掛けたのはオーディオカセットテープで、音質にとことんこだわってモノづくりをしてきました。テープ表面の平滑性が高いマクセルのオーディオカセットテープは、高音が透き通っていると世界中で高い評価をいただきました。

次がビデオテープです。色々なものを手掛けましたが、一番苦労したのがVHSですね。3年間ずっと工場に寝泊まりして、家に帰れませんでした。

VHSテープは最初は高価でしたが、その後、価格がどんどん下がっていきます。ある日、子供を連れてハンバーガーショップへ行くと、注文したハンバーガーの価格と、人生をかけてつくったVHSテープの値段が変わらない事実に愕然としたことを今でもよく憶えています。この磁気テープの技術を応用して苦労して開発したのが、その後の放送業務用のデジタルテープです。

次に手掛けたリチウムイオン電池は、従来の電池とは異なる製法の新しいタイプの電池です。リチウムイオン電池の性能や安全性を大きく左右する電極は、粉末状の電極材を薄い金属箔に塗ってつくります。高精度の電池にするには、電極材を均一な粒子になるように溶媒中に分散させて、それを金属箔にむらなく薄く塗る必要がありますが、粒子を均一にして分散させるのは専門分野でしたから、「これは!」と思いました。磁性粉を薄いテープに平滑に塗布するという、磁気テープのときに苦労して開発した技術が共通しているのです。リチウムイオン電池については、マクセルは後発ですが、得意分野の分散・塗布技術を活かすことで、業界でトップクラスの製品ができました。

その後、光ディスクドライブ用の非球面ピックアップレンズなどのモノづくりにも取り組んできました。これらの技術は主にBtoBの製品として開発してきましたが、その技術や製品を横展開したものが、現在のBtoCの商品になるわけです。

どんな商品でも、常に頭の中にあったのは差別化≠キることですね。例えばカセットテープではピアノの高音をいかにキレイに再現するか、ビデオテープではインパクトがあるマゼンタ(赤色)をいかに美しく表現するかを特に意識して開発してきました。最初から商品に主義主張があり、必ず何か仕込みました。デジタルだって、皆同じではありません。差別化することを強く意識して商品づくりをしないと、どんどん商品の幅が狭くなってしまうと思います。当然忘れてはならないのが信頼性です。信頼のマクセルと言われるよう、この点は強く意識しています。

千歳喜弘氏“モノ”を作り、
“価値”を創る

── 先日もテレビ用のボード型スピーカーを発表されましたが、社長にご就任以来、これまでになかった様々な種類の商品が次々に登場しています。

千歳 社長に就任してすぐ、社員に向けて「FUNs」(Footwork,Unique, Niche Top, Speed)というスローガンを掲げました。情報は現場にあります。広く集められた情報も、自分の目で見て、整理することで初めて価値が生まれます。現場の情報から、マーケットが求めるであろうものをきっちり掴み、それをフットワークよく、ユニークで、ニッチトップな価値に高める。この一連の動きを、スピード感を持って実践したいと思います。「こういうものができる」という内側からの発想ではなく、「こういうものが求められている」ということに応えることがより重要になってきます。また、一気に進み過ぎてしまうと、お客様にはわかりにくいので、半歩ずつ半歩ずつというのがポイントですね。

商品化にあたっては、現場から「むずかしい」とか、「できない」といった言葉がよく出てきますが、だからこそ差別化できるのであり、ニッチトップになれるのです。誰でもできる商品をつくっていては意味がない。当社では差別化を意識し、徹底して考え抜いています。マーケットも大きく変わってきていますから、楽しくなるのはこれからです。

── どのように楽しくなっていくのでしょう。

千歳 現在のような不安定な社会や生活は、これまで経験したことのないものです。そこで自分や家族の幸せを考えたとき、求めはじめるのはやはり、「心の安らぎ」ではないでしょうか。映像を観る時、音を聴く時、切り口はいろいろあります。テレビを見ている人には少しでもいい音、本物に近い音で聴いてもらいたい。スマートフォンを使う人にはバッテリーの心配をせずに使ってほしい。そんな、ちょっと楽しい、ちょっとうれしい。その差が、大切なのだと思います。

── 一見ちょっと≠ナすが、知れば知るほど大きな差になる。

千歳 そう思っていただけるちょっと≠、寝ても覚めても絶えず考え続けています。

── 先日、発表されたばかりのスピーカーでも、実際に商品を見ると、その仕上げから作り手側のこだわりがひしひしと伝わってきます。

千歳 外観がキレイ、美しい、素敵だということは重要です。人を起点にして、かなり細部まで意識しています。人の五感に訴えなければならないからです。また、「安心」「安全」「信頼」も大切なキーワードですから、品質保証にもこだわりを持って取り組んでいます。リチウムイオン電池でこれまでにリコールゼロなのは、大手ではマクセルだけだと思います。品質的に他所よりワンステージ、必ず上にある。「マクセル」ブランドは、そうしたことも表現しているのです。

「検査」という言葉がありますね。粗悪品ができるかもしれないからコントロールする意味で使われますが、マクセルの工程は間違ったものをつくらないのが前提ですから、「間違いなくできていましたね」と確認するための「検査」なのです。一千万個つくろうが、一億個つくろうが、一人のお客様に届く商品は1つですから。

新しい商材を導く
“次目線”からの発信

── 壊れたら買い替えればいいという考え方もありますが、やはり、いいものをずっと長く使いたい気持ちが人の本音としてあります。

千歳 マクセルでは、誰もが扱いやすく、個性を発揮しやすい商品を数多く手掛けています。それを手にとった誰もが、「マクセルの商品は品質がいい」「マクセルの商品はなにか楽しみがある」と、買う前から意識し、期待していただけるブランドに育てていきたいですね。

もっと時間軸の拡がりがあるビジネスができるはずです。そこをお客様にご理解いただくための、店頭に対するサポートも重要になりますし、また、伝達するだけではなく、マーケットにある情報もきちんと得る、双方向の動きが大切です。販売店様との関係もさらに深めていかなければなりません。

マクセルの営業マンには、これを徹底して実践するように言っています。私は「地域密着型営業」と呼んでいますが、世界中でこれを実践していきたい。大切なマクセルのブランドを背負っている営業マンは、お客様に商品の情報をきちんと伝達し、満足できるお買い物をしていただくためにも、もっともっと勉強が必要です。

我々はモノもつくりますし、売るための環境もつくります。これからますます、そうした丁寧な活動が重要になってきます。

── これからまだまだ、我々がびっくりする商品が数多く出てきそうですね。

千歳 毎日新しい発想が浮かんできます。大切なのはやはりお客様目線ですね。そのための情報は現場にありますから、私も販売店様や当社の工場など、年がら年中、現場をよく見て歩きますね。週末は近くの販売店様に必ず足を運びます。朝・昼・晩、平日、休日でお客様も違います。

店頭を見ていると、お客様が思いもしなかった商品を選ばれることがあります。そんな時は、お店の方にお断りして、理由を直接お聞きするのです。デザインなのか、ブランドなのか、それともPOPが目に止まったのか。現場には、人間が幸せを感じるヒントがいっぱい詰まっています。

── 売り場もまた、過渡期を迎えているのではないでしょうか。

千歳 今だけではなく、「これからこんなマーケットになりますよ!」という視点で、もっと発信してもいいのではないでしょうか。昔、ビデオテープもデッキも、発売当初は高価でなかなか売れませんでした。そこで、「これからどう進化していくのか」「何故、テープに映像が記録できるのか」といった販売店様での勉強会を、日本中を駆け回って行ったものです。流通の方も大変熱心に勉強されていました。

これからは、商品の内容をいかにお客様にわかっていただけるかがとても大切になります。反対に、そうした体制をきちんと整えることができれば、市場も大きく変わってくる。新しい商品のマーケットをもっと早く立ち上げられれば、次の商品も早く出すことができます。

── きちんと説明することができれば、さらに新しい商材の姿が想像できますね。

千歳 そうした意識を強くお持ちの販売店様も多いと思います。「シンプルにして安く」という流れがまだ主流ですが、これからは、それだけで通用するようなマーケットではなくなってくると思っています。新しい流れにフィットする商品を早く発売したメーカー、それを努力して真剣に取り組まれた流通が生き残ると見ています。

これから時代が大きく変化していきます。そこへ、きちんとお応えしていくことが我々メーカーの責務。説明が必要なむずかしい商品がどんどん増えてきて、これまでとは異なる店頭展開になると予想しています。だからこそ、面白くなってきます。販売店様と一緒に力を合わせ、魅力溢れる市場を創っていきたいと思います。

◆PROFILE◆

千歳喜弘氏 Yoshihiro Senzai
1948年4月2日生まれ、京都府京都市出身。1971年日本大学理工学部卒業、同年 日立マクセル(株)入社。磁気テープ事業や二次電池事業、光学部品事業を経て、2011年4月社長就任。趣味はゴルフ、植木。好きな言葉は「着眼大局 着手小局」「莫煩悩」。

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