井下 源氏

誰よりも早くスタートを切り
新たな分野を提案していく
パイオニア(株)
常務執行役員
ホームエレクトロニクス事業統括部長
井下 源氏
Gen Inoshita

2010年にプラズマディスプレイ事業を撤退、厳しい構造改革に取り組みながらオーディオ事業の再建を図ってきたパイオニア。ブランドアイデンティティとしてオーディオの「いい音」を追求しつつ、関連する新たな分野へも果敢にチャレンジを行っている。4月1日より同社のホームエレクトロニクス事業統括部長に就任された井下氏に、近況と手ごたえを聞く。

 

PC、ネットワーク、クラウド
それぞれの考え方を進めていく

数々の困難に見舞われても
ついに成し遂げた構造改革

── 以前本誌にご登場いただいた時は大きな構造改革に着手されておられましたが、ここまでの経過はいかがですか。

井下 私が最初にホームエレクトロニクスの事業に携わった頃の一番の問題は、ディスプレイ事業でした。当初パナソニック様とプラズマディスプレイを共同開発していく方針でしたが、リーマン・ショックもあり構造改革をもって、この事業から撤退しなくてはならない状態となりました。ビデオ系の事業も赤字を抱え、自社設計による開発費の回収ができないため、内部での開発製造をほとんど止め、OEM、ODMで商品を揃えつつ、ディスクドライブは基本的にシャープさんとの協業でPDDMという会社をつくり、事業として進めていくかたちをとりました。

こうしてスタートした構造改革では、固定費を大幅に削減するとともに、利益率が高いカーAVやプロSVの事業を推進しながら、パイオニアというブランドの存在をゆるぎないものにし、当社がアイデンティティとしているオーディオ事業を立て直しながら再び黒字化を目指したのです。

しかし、当社はテレビとビデオの事業に注力していたため、オーディオ事業は衰退し、商品も売上げもほとんどない状態でした。ここから数年間で売上げを一気に上げて予定される固定費をまかなうために、まず商品数を増やさなくてはなりません。OEM、ODMといった手段も使って商品数と売上げを拡大し、固定費を確保してようやく利益が出る状態になってきたのです。設計、開発からすべてを行うこれまでの垂直統合型の事業構造自体をすべて変えました。ここ数年間、オーディオ事業担当の社員は大変な苦労をしましたが、いよいよここまで来ることができました。

── リーマン・ショックで大打撃を受けつつも何とか立ち直ろうとしている間、東日本大震災が起き、タイの洪水が起き、ドル安、ユーロ安と次々と難題が降り掛かりました。

井下 東日本大震災では、ホームAV商品にチップを提供していただいていたルネサス エレクトロニクス様が被害を受けましたが、それでもルネサス エレクトロニクス様が当社を気にかけ、部品供給を早い段階で再開してくださったおかげで、我々としてはあまり影響を受けずに済みました。タイの洪水では、カーAVの工場が甚大な被害を受けました。迅速な対応で代替部品を使ってある程度は生産を再開できましたが、会社全体としては昨年11月29日に発表させて頂いた通りの見込みです。

こうした数々の問題がありましたが、どうにかすべてを解決しました。ここまでの構造改革に加えて通常以上の労力を強いられてきましたが、こうして解決できたのも社員の苦労のたまものです。

関連部署が一丸となり
ホームエレクロトニクスに集中

── いよいよ2014年度に向けた新たな中期計画が動き出しました。新組織も発表されましたね。

井下 新組織でホームエレクトロニクス事業統括部が新設され、私は統括部長の立場になりました。実質的には強力な部長たちが動いてくれているわけですが、ここにホームAV事業部とともにプロSV事業部が存在します。またヘッドホンを扱うCSV部もプロSVと一緒になりました。

プロSVとCSVでは海外部門を含めた営業部門がもともと事業部の中にありますが、ホームAVの場合は、国内営業部門はパイオニアマーケティング、海外は現地法人が担当しております。さらに海外を日本側でサポートする海外営業という部門が別にあったのですが、これがホームAV事業部の中に入りました。またAV開発部や、生産、品質を担当する部署も一緒になっています。つまりホームエレクロトニクスという事業全体に関わる人員が、ひとつになって運営していくということです。私が担当する事業の範囲自体は従来とほぼ変わりません。

── 成長戦略についてお聞かせいただけますか。

井下 いよいよ成長に向けて、全社的に動き出します。増収、増益を狙う中で、既存商品、市場創造商品、ネットワークでコミュニケーションを図る新分野の商品、あとは教育や健康・医療といった分野の何らかの商品をご提案したいと思っています。すでに「フェミミ」という商品を、ボイスモニタリングレシーバーというコンセプトで訴求しています。昨年11月29日には、光ディスクのレーザー技術を応用して、血流センサーの開発も発表しました。またNHKさんと共同開発したHEED-HARPデバイスを応用した医療用高感度カメラも開発しております。一方で音や映像の技術を用いて安らぎを得られるものも考えています。これらは色々な会社と協業しながら、BtoBで展開して参ります。

もともと開発志向の私としては、構造改革の中でも住宅オーディオのACCO、ダンサー向けオーディオのSTEEZといった種をまいておりました。STEEZではおかげさまで流通の皆様にも、一緒にオーディオを盛り上げたい、新しいジャンルをつくりたいとご賛同いただき、ほとんどの法人様が展示してくださっています。

今後もただ音を聴く、画像を見る、というだけではなく、もう少し違った捉え方のできる分野をつくっていきたいと思います。今後こうした領域の商品を、オーディオ、ビデオだけでなく違った訴求で、他社に先駆けてやっていきたいと考えます。

新しいお客様、特に若者層にアピールするところでは、プロSVのDJ演奏の技術をホームAVに応用して新しい商品をつくっていきたいと思います。今はPCで音楽を聴くだけでなく、音を楽しみながらさまざまに遊ぶ傾向があり、それを助ける周辺機器の存在があります。PC中心、ネットワーク中心の考え方、クラウドの考え方を進めていき、新しい商品を作りたいと考えます。

今回我々は、カーオーディオも含めて会社全体で「MIXTRAX」というPCソフトウェアを提案しています。STEEZでは「MIXTRAX」で楽曲解析した曲を転送していただくと、ダンスミュージックに使う際のジャンルに合ったつながりや、曲のスピード調整などが違和感なくできるようになっています。当社のWEBサイトに入っていただくとアプリケーションがダウンロードできます。

今後は機器を売るだけでなく、そうした差別化されたソース源を供給していけると考えます。そうした他社とは違った新しい音楽の聴き方をつくっていきたいと思っていますし、これを他のさまざまな商品にも応用していきます。「街でも家でも車でも、笑顔と夢中が響き合う」という当社の企業ビジョンがありますが、どこに行っても当社の商品を使って新しい音楽の聴き方を体験できる状況にするのがパイオニアの目指していくところです。

そして既存のオーディオ分野、特にピュアオーディオについてはCDのようなパッケージメディアにこだわらず、配信などの音楽データも含めてさまざまなソースが対象になり、「いい音」という切り口を重要ポイントとして訴求していきます。

井下 源氏ネットワーク対応を重要視
いち早く商品を送り出す

── 昨今話題となっているネットワークへの対応は重要です。

井下 ホームAVにもプロSVにも関連しますが、今まで音楽ソースの主流となっていたCDなどパッケージメディアに加え、ネットワークでコンテンツが配信される状態を念頭において商品開発をしていきます。これをどう扱うかはAV開発部でまとめていき、ここでは新しいニーズを探る活動もしていきますし、アップル様との交渉にもあたります。またクラブ関係への対応もいくつもの別々の組織が行っていましたが、ここに集約してユーザー様の迷いを払拭します。こうした開発について非効率だった部分を改善し、他社に勝つためのスピードをもってやっていきます。

テレビがアナログからデジタルになって画質の向上は一目瞭然ですが、オーディオもネットワークを用いたときの音質の違いは歴然です。192kHz/24bitのハイレゾ音源を当社のネットワークプレーヤー「N-50」を使って32bit拡張処理で聴くと、CDの音を一気に凌駕します。かつてオーディオを愛好された方がこの音を聴けば、感動が蘇ると思います。音楽を聴いて安らぎ、活力を得ることを再びアピールしていけば、オーディオブームはまたつくれるのではと思うのです。

特にAVレシーバーのネットワーク対応は他社に先駆けてやって参りましたし、デジタル化やiPhone対応も率先して進めて参りました。こうした技術、他社に先んじている内容を他の部門でも応用していきたいと考えています。

── AVレシーバーでは、デジタルテレビのお客様にいかに浸透させていくかがテーマになってきますが、こうしたコンポーネントとフロントサラウンドシステムの間には、未だに大きな段差があります。

井下 当社ではAVレシーバーの裾野を拡大するべく、スリムAVレシーバーという考え方の商品を全世界で展開しており、ここである程度の広がりが期待できると考えます。

テレビ対応については、ラック型のサラウンドシステムが市場でまず盛り上がり、昨今ではフロントサラウンドシステム、特にバータイプのスピーカーシステムが盛り上がっています。それらの商品と、AVレシーバーの間を担う部分は大事なカテゴリーであると考えており、我々としても方策を練っているところです。

AVレシーバーは我々がナンバーワンになるための価値戦略ができており、それに向けて着々と実績を重ねています。一方でホームシアターシステムについては、価値戦略をなかなか構築することができませんでした。しかしそう遠くない時期に、このあたりの方策の詳細をお話できるかと思っています。

日本だけでなく欧州でも、ホームシアターシステムで自分の後ろにスピーカーを置かなくてはならないというのは嫌がられます。特に奥様方が拒否反応を示しますね。またAVレシーバーを置けるお宅もなかなかありません。サウンドバーのような手軽な形態で、ここに新たな価値訴求をしていきたいと考えます。

── 薄型テレビの音が聴こえづらいという声は大きいですね。

井下 当社でも、ワイヤレスでテレビの音を飛ばして手元で聴ける、「快テレ君」という商品を出しています。テレビは価格が下がった背景もあり大型化していますから、こうした方向でも新たな切り口が考えられるかと思います。まだまだやらなくてはならないことがたくさんあります。

スピードアップを実現し
次々に新たな提案を

── ヘッドホン、イヤホンやスマートフォン、携帯プレーヤーといった音楽を楽しむアイテムも増えていますね。

井下  ヘッドホンは、DJ用のものをプロSVの分野で作っていますが、一方でCSVでもコンシューマー用のヘッドホンを製造、販売しておりました。今回の組織でこれらのマーケティング部門をひとつにまとめ、これから注力していきます。またプロSVのチャネルは楽器店様ルート、CSVでは家電量販店様ルートとなっていましたが、これらの販路を融合させ、それぞれの商品を扱っていただくことで拡大を図ろうと思います。

── 御社はナンバーワン戦略によって成長された企業です。いよいよ再びその領域に入ってきたということですね。

井下 常日頃から部下に、「(カメであるより)常にウサギでありたい」と言っています。たとえ追いつかれたとしても、最初に走り出せ、と。

私がホームAVの事業に携わってから、商品、特に母体機種と言われるものは2倍以上になりました。しかしまだまだ足りません。今後ピュアオーディオの機器も増やしながら、目先を変えた新しい商品を投入していきたいと考えます。ぜひご期待ください

◆PROFILE◆

井下 源氏 Gen Inoshita
1953年生まれ。1985年3月パイオニア(株)入社、所沢開発部所属。2000年3月ビジネスシステム事業部長 兼 プロSV企画部長、03年4月IEC プロSV部長、05年6月プロSV事業部長。08年6月執行役員 ホームエンタテインメントビジネスグループ事業企画部長、09年4月執行役員 ホームエンタテインメントビジネスグループAV事業部長 兼 プロSV事業部長、10年5月執行役員 ホームAV事業部長 兼 プロSV事業担当、6月常務執行役員 ホームAV事業部長 兼 プロSV事業担当。12年4月より現職

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