漆山正幸氏

頭を使い、一緒に知恵を出し合って、
“音の価値観”喚起へ大きな風穴を空ける!
ドルビージャパン(株)
代表取締役社長
漆山正幸氏
Masayuki Urushiyama

音の技術集団から市場創造企業へと変貌を遂げるドルビージャパン。業界で常に課題とされてきた「音の付加価値訴求」。そこへ、メーカー、販売店に加え、“ドルビージャパン”という新しい矢が一本加わり束ねられることで、消費者に対するメッセージも、さらに力強さを増すはずだ。「お客様にとっての最高の経験を愚直に訴え続けていく」と語る漆山社長に、社長就任からの3年間の取り組みと成果、そしてこれからの意気込みを伺った。

音は聴いて見ないとわからない、
そこが悩みの種ですね。

日本法人として
マインドセットを大改革

── ドルビー日本支社が、日本法人子会社である現在のドルビージャパン(株)へ移行する08年に社長として就任されました。これまでの約3年間を振り返っていただけますか。

漆山 私が07年にこの会社に来た当時、社員のマインドセットは、米国本社の言っていることを正しくお客様に伝えること。また、お客様の仰っていることを正しく本社に伝えることで、「ああしたい」「こうするんだ」という社員の意志が、なかなか反映されない企業風土でした。それまでの米国本社の意向もありましたので、仕方がない面もあったのですが、私の社長就任と同時期に本社でも改革が行われたのをきっかけに、欧州や日本などの各組織に対しても、もっと自分のビジネスとしてドライブすることを求められるようになったのです。

それまではお客様に何か問題があっても、「お客様が問題と仰っています」と本社に伝えるのが主たる仕事で、自分の問題として捉え、お客様と共に、問題解決にあたろうとする意識が希薄でした。しかし、これからは自分たちで解決しなくてはならない。そこで、社員一人ひとりのマインドセットを変えていくことが必要になるわけですが、それには大変苦労しましたし、挑戦は今でもまだ続いています。

この会社の全売上げに占める米国の割合は約3割です。残りの約7割は米国以外の売上げです。米国本社の人たちが、日本や中国、ヨーロッパで、今、何が起こっているのか。それをすべて把握し、適切な商品開発や技術開発を行うことなど現実的には不可能に近い。本社のマネジメントも米国だけで全てを把握しきれないことがわかってきました。

そこで、「それでは頼む」と任された時に、今度は我々の気持ちが問題になってきます。自分たちの会社の運命は、出来得る限り自分たちで決めていくマインドセットに変えていかなくてはならない。常に自分の問題として考え、お客様にご提案したり、本社に「こうすべきだ」と言うことが必要になります。そうすぐには変わることはできませんが、少しずつ変化しているところです。

── 御社の技術を提案できる会社も、映画会社にソフトメーカー、ゲームメーカーなど、業種も多岐にわたり、変化してきているのではないでしょうか。

漆山 私が入社した時には、携帯電話のメーカーとお話しする機会などありませんでした。しかし今では、スマートフォンやタブレットに当社のテクノロジーを入れていただくことでどのようなメリットや優位性があるのかをお話ししなくてはなりませんし、モバイル端末やパソコンにオンラインでコンテンツを提供する会社にも、当社の技術を使うと音質や臨場感が向上することを説明しています。3、4年前にはまったくお付き合いのなかったところです。

映画用機器は、代理店を経由したビジネスですが、組織改革に伴い、日本市場に対して責任ある立場になりましたから、日本の映画ビジネスにも責任があり、ここでも守備範囲が広がっています。もちろん、広がりが出る一方、やはりライセンスビジネスの中心は家電であり、従来からのお客様ももちろん大切です。

── 映画や音楽の楽しみ方や、楽しむ機器が広がっていくことは、商機を拡大するチャンスでもありますね。

漆山 ドルビーが目指しているのは、映画館の最高に調整された環境で視聴できる映画体験を、できるだけ損なうことなく、ホームシアターやリビングのテレビ、PCやケータイへ提供していくことです。ここ数年では、オンラインでの視聴やタブレット、スマートフォンでの視聴など、コンテンツを楽しむためのデバイスや方法も多様化してきていますから、それらのデバイスなどにも我々の技術をきちんと届けていくことが必要と考えております。お陰様で、NTTドコモ様のiモードケータイの多くで、ドルビーモバイルが搭載されるようになりました。。

現在、急伸長するスマートフォン市場では、各メーカー様に直接ご紹介しているところで、アンドロイド端末でも、ドルビーモバイルという音の技術を皆さんにご提供しています。物凄いスピードで成長しているタブレット市場、Acer様のタブレットでドルビーの音の技術をご採用いただきましたが、より多くのメーカー様にご採用いただけるよう、さらに力を入れていかなくてはなりません。

“音”は“体験”が決め手
一丸となった訴求が不可欠

── スマートフォンやタブレットへの対応も進められていますが、市場における高音質化に対するニーズをどのように捉えていらっしゃいますか。

漆山  このテーマについては我々も社内でよく議論を行います。「便利であれば、多少は音が悪くても構わない」、「若干でも低音にブーストがかかっていればそれでいい」といった風潮は確かに見受けられます。しかし、ドルビーとしては自分が信じる「これが消費者の皆様にとっての最高の経験になる」と考えるものを、愚直に訴え続けていくしかないと思っています。

音は聴いてみないとわからない。それがとても辛いところではあります。私も自宅でテレビを視聴する時はシアターラックをつけていますが、シアターラックの電源切ってテレビの音だけにすると、「こういう音なのか」としみじみ考えてしまいます。一度いい音で聴けば、元には戻れない。そこをどのように訴えられるかだと思います。メーカーの方も、販売されている方も、そこが悩みの種なのではないでしょうか。

これまでは、機器の中に入る技術なのだから、われわれが前に出るべきではなく、メーカー様や販売店様を影から支える役割であるとの気持ちがありました。しかし、今は違います。できるだけ、販売の現場の方やメーカーの方と一緒になって、「高音質がもたらす映画や音楽などのエンタテインメントの楽しさ」を、理解していただき、また体験していただくための取り組みに、もっと力を入れていきたいと思います。

漆山正幸氏── 音≠フ価値訴求はずっと苦労してきた課題であり、ドルビーがより積極的な姿勢へ変わってきたことは、店頭においても心強いと思います。

漆山 予算を組む段階から、このような取り組みを行い、これくらいの費用が必要になるが、それによってこれだけのリターンが十分期待できるはずだという話など、この2、3年の間に慎重に検討を重ねながら、社内が活発に意見交換し、話し合えるような環境を徐々に作り上げてきました。メーカー様のイベント等の開催に際し、当社のノウハウも存分に活かして、メーカー様や販売店の皆様と一緒になった活動を行っていきたいと思います。

今年2月にはNTTドコモ様と、東京の新宿ステーションスクエアで、ドルビーモバイルを搭載したケータイで実際に音楽を聞いていただくキャンペーンを開催しました。約2000人の来場者に体験いただいた結果、キャンペーン期間中、新宿地区主要13店舗でキャンペーン期間中に販売されたケータイのうち、ドルビーモバイルを搭載したドコモ製品の販売台数は総販売台数の約45%を占め、NTTドコモ様にも大変喜んでいただきました。

また、東京の六本木ヒルズにあるTSUTAYA TOKYO ROPPONGIでは昨年から、コンテンツホルダー様や機器メーカー様にもご協力いただき、映画の話題作や新作ブルーレイの話題作を取り上げたキャンペーンを展開していますが、こちらも大きな注目を集めており、ブルーレイディスク関連商品の販売にも大きく貢献しています。

思わず息をのむ経験を
様々なデバイスへ提供する

── 市場活性化へ、まさに、総力結集が求められる中で、御社の担う役割も重要になります。意気込みをお聞かせください。

漆山 米国では、3Dへシフトするための投資はすでにピークを迎え、いま議論されているのは、3Dの次に何をするのかということです。例えば、真夏の海で浜辺へ出掛けたら、まぶしくてサングラスがほしくなりますね。でも、真夏のサンサンと太陽が輝くシーンを映画で見ても、サングラスをかけたいとまでは思いません。それくらい、映像として再生できる領域とわれわれが自然に経験しているものにはまだ違いがある。その限界をどう乗り越えていけるかという映像技術に今、積極的な投資を行っているところです。

── 地デジ化で新しいテレビが猛烈な勢いで普及しました。さらにこれからまた置き換えていただくには、新たな驚き≠ェ必要になりますね。

漆山 消費者に対し、次に何を届けていくのか。また、我々が描いたビジョンや提案を実現するためにはどうすればいいのか。そうしたことを、我々だけでなく、メーカー様や販売店の皆様とも、最初から一緒になって考えていくことができる環境や仕組みを、是非、作っていければと考えています。そこで実現した新しい体験を、次には販売の現場でどのように展開し、伝えていけばいいのか。我々がお手伝いできることがあると思います。

── お客様に対する提案、そして、それをきちんと伝えていくために、まだまだやること、やれることがいっぱいありますね。

漆山 ドルビーのロゴマークに対する認知度についても、マークを見たことがある方は増えていますが、何を意味しているのかがきちんと理解されていないことがあります。ドルビーのブランドとしての認知度向上も、我々の課題であり、チャレンジのテーマです。

「ドルビーデジタル」「ドルビーデジタルプラス」「ドルビーTrueHD」「ドルビーバーチャルスピーカー」など、ロゴの数だけでも200以上になりました。しかし、届けたい経験そのものに大きな違いがあるわけではないですから、もう少しフォーカスして、何を意味するのかを整理していくことが大事な取り組みになります。

私は従業員に常々「いただいたお金よりも、お客様の期待を少しでも超えることができれば、お客様には納得してお金を払っていただける」と言っています。そのためにも、皆様が映画館で「すごい!」とびっくりするような体験をご提供するためには何をすべきなのかを、一生懸命になって研究しているところです。そして、その息を飲む経験を、できるだけ損なうことなしに、家庭の様々なデバイスに提供していきたいと考えています。

── エコポイント制度と地デジ化の追い風も止み、お客様の目をホームシアターに向けるチャンスですね。

漆山 メーカー、販売店など、まさに業界が一丸となり、頭を使い、一緒に知恵を出し合って、「便利ならば何でもいい」「音が出ればそれでいい」といった風潮を、何とかして変えていきたいですね。

◆PROFILE◆

漆山正幸氏 Masayuki Urushiyama
1954年生まれ。福島県出身、1977年アルプス電気(株)入社以来、アドビシステムズ(株)のディレクター、日本エクセロン(株)(現日本プログレス)代表取締役社長、ロキシオ・ジャパン(株)(現ソニック・ソルーションズ)代表取締役社長。データリンク(株)取締役副社長を歴任。2007年6月よりドルビーラボラトリーズインターナショナルサービスインク日本支社にてシニアセールスディレクターを務め、2008年3月ドルビージャパン(株)代表取締役社長に就任。好きな言葉(座右の銘)「天は自らを責め、自らを改め、自ら助くる者を助く」。趣味は読書、ゴルフ。

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