山木和人氏

市場を勢いづけるのは、
「いい写真を撮りたい」という
“気付き”の提案
(株)シグマ
取締役社長
山木和人氏
Kazuto Yamaki

ハイエンド商品へのこだわりを一貫し、デジタルイメージング市場での存在感を見せつける「SIGMA」。山木和人社長は、デジタル化を背景に、写真に接する人・機会が増える流れを大きなビジネスチャンスと捉えると同時に、“差別化”の一層の重要性を指摘する。市場創造へ向けての意気込みを聞いた。

 

各メーカーが知恵を絞り、次々に
面白いものが出てくる揺籃期

ハイエンド製品を支え続ける
日本のものづくりへのこだわり

── 08年のリーマンショックに始まり、東日本大震災、原発問題、さらに、昨今の円高の影響など、ビジネスを取り巻く環境は厳しさを増しています。

山木 自分が生きている間に本当にこんなことが起こるのかという激動を、驚きを持って目にしました。これまで、当たり前のように信じていたことが揺らぎ始め、経済システムを含め、色々な面において見直しを行うべき時期を迎えているのだと思います。

── 企業では海外への工場移転など、国内空洞化の懸念も指摘されており、カメラのレンズについては、国産にシフトしている印象が強いのですが、状況はいかがですか。

山木 日本メーカーをはじめとして、海外への技術移転はかなり進んでいます。きちんとした指導も行い、機械も最新のものが導入されていますから、相当に力はつけてきているのではないでしょうか。しかしその一方、ハイエンドの製品については依然として、現場の力に依存している部分が非常に大きくなっています。

これは、ハイエンド製品は少量多品種型のため、ひとつひとつのロットが少なく、それぞれに材料や加工条件も異なってくるからです。気候条件に左右されることもあり、それらを見極め、コントロールするためには、長年の知識やノウハウを身に付け、きちんと判断できる力を備えた現場の人の力が必要不可欠となります。出稼ぎで2年、3年働いたら帰っていってしまうような人が多い現場では、数をつくるボリュームゾーンの製品には対応できても、ハイエンドの製品にはなかなか対応できないのが実情です。

また、ハイエンドの製品は単純に設計性能が高いだけではなく、官能的な要素がとても重要になります。それを提供するためには、ふだんからいいものにふれ、何がお客様に喜ばれるかを社員全員が理解している必要があります。こだわりの商品は数字では表れないスペック以外の部分が大変重要になります。

── 御社は米国、ドイツ、フランスなど海外子会社はありますが、生産拠点は福島県の会津工場ですね。

山木  単純に日本だから凄いと言うことはできませんが、今、申し上げたような背景を考えますと、特にハイエンドの製品については、日本の工場のものづくりにおける優位性や素晴らしさがあることを確信しています。

写真の世界に一気にはまる
潜在顧客層の背中をひと押し

── デジタルカメラ市場では、これまでの一眼とコンパクトに加え、新たにミラーレスという市場が膨らみはじめました。

山木 非常に喜ばしいことですね。私自身は携帯電話ではあまり写真は撮らないのですが、さらに、スマートフォン市場が拡大し、さまざまなアプリケーションで写真の楽しみ方にも幅が出てくるなど、写真を楽しむ機器が広がることは、いいことだと思います。どこが食った、食われたではなく、全体として、写真を撮る人は間違いなく増えてくるし、楽しみ方も多様化してくる。その結果、写真文化が発展することになります。一人1台コンパクトカメラがあればよしではなく、「一眼まではちょっと…」という人もミラーレスなら持ちたいとか、いろいろな使い分け、選択肢が生まれ、多彩な楽しみ方が提供できるのは非常にいいことですね。

── カメラ好きでもないのに、普通の人が撮影できるものを複数持っているのが当たり前になってきました。

山木 カメラは他の家電商品とは違い、ホビー的な要素があり、こだわりの機能やデザイン、ちょっとした違いなどをお客様が評価していただけるとても魅力的なビジネスです。そこでは、多様性があることは間違いなく必要で、いろいろな提案ができることは、お客様にとっても、業界にとってもいいことだと思います。

── フィルムカメラの時代のカメラ店という趣から、デジタル化で流通も一変した感があります。

山木 私は、デジタル化でユーザー層が確実に広がったという捉え方をしています。女性や若い方も、一眼を含めたハイエンドのカメラでも撮影するようになりましたし、コンパクトカメラもごく普通に誰もが持っています。ショット数も格段に増え、なにより、インターネット等で作品を発表する機会が増えたことで、フィルムカメラの時代に比べると写真を楽しむ人は物凄く増えたと思います。

最近は単焦点レンズを楽しむ人が増えています。キットレンズでは飽き足らない方がお買いになられている。これも典型的な例のひとつと見ています。依然として、一眼レフではキットレンズを買ってそのままという方が圧倒的多数ですが、カメラ雑誌に掲載されている写真を見て、「わたしもこんな写真を撮りたい」と思いながら、キットのレンズではなかなかうまく撮れず、不完全燃焼のお客様も少なくないと思います。そうしたユーザーに、レンズを変えればこんな写真も撮れます、こういうアクセサリーをつけるとこんな楽しくなります、ソフトウエアを使えば写真の印象がイメージ通りに変えられますなど、ちょっと背中を押してあげるだけで、一気に写真にはまってしまいそうな潜在顧客層がかなりいらっしゃると思います。

そこをうまく刺激し、メーカーと販売店とが一緒になって啓発できれば、お客様もより豊かな写真生活を求めるようになり、色々なものが必要になってくると思います。すなわち、われわれのご提案の仕方次第なのです。現状は決して満足のいく状況とは言えず、メーカーの側にも反省点は多々あります。なんとかして、「いい写真を撮りたい」という気付き≠提供・提案し、市場を勢いづけていきたいですね。

山木和人氏幅広いユーザー層へ向け
カメラ本体も積極展開

── 今、業界はカメラ本体の値段がどんどん下がり苦しんでいます。この状況をどのように分析されていますか。

山木 お客様の求めているものに対し、最新ラインナップで対応していくことはもちろん必要です。しかし厳しい言い方をすれば、価格が下落しているということは、差別化がうまくできていないことの裏返しでもあると思います。お客様がシーンに応じて使い分けできるような付加価値を提案できてはじめて、販売台数も伸ばしていけるのではないでしょうか。

今、価格の下落が現象のひとつとして出ていますが、製品の魅力をどう打ち出していくかを突破口に、これから各メーカーが知恵を出し、新しいもの、面白いものが色々と出てくる揺籃期にあります。当社も、いまだにモノづくりは日本だけでしか行っていませんし、強引な値引きや安い価格での体力勝負に勝ち目はありません。常に知恵を絞っているのは、他社の商品とどのように差別化するかです。今後はそうしたことが、さらに重要になってくると思います。

── 差別化という意味では、レンズ以外にも、特徴あるカメラ本体もラインナップされていますが、市場参入へはもともと強い意欲がおありだったのですか。

山木 70年代からフィルムカメラをやっています。写真にとってレンズが一番重要なファクターであるという信念はいまでも変わっていませんが、レンズはシステムの一部でしかないことも事実です。会社としてシステムをもたないことは、どこか(ボディメーカー)に依存していることでもあり、最終的には、「シグマとして考えるカメラシステムとはこういうもの」とご提案することが、創業からの夢であり、それを追求してきたということです。

予算等の関係もあり、毎年新商品を投入することは難しいのですが、2001年にフィルムカメラの「SA9」「SA7」、その後、自然な流れでデジタルの「SD9」を02年に発売し、今日に至っています。特に、08年に買収してグループに入れたイメージセンサー開発メーカーの米フォビオン社とは、本当にいい協力関係が構築できています。写真好きのエンジニアが多い会社で、それまでは携帯電話用のセンサーなどを手掛けていましたが、自分たちの技術は大きな写真用のセンサーでこそ活かせる。しかし、会社の事情でできなかったこともあり、当社が買収した時には大変喜んでくれました。色々な提案が出てきていますので、これからのカメラの展開にも是非、ご期待ください。

── ラインナップ展開の充実を待望するファンも数多くいらっしゃいますね。

山木 時期は明言できませんが、いろいろな方に喜んでいただけるものを揃えていかないと、購入いただけるお客様も限られてしまいます。これからもカメラはずっと続けていきますし、幅広いユーザーの方に使っていただけるものをどんどんラインナップしていく予定です。

写真の持つ大きな可能性に
楽しむファンは増え続ける

── 後半戦へ向けての意気込みをお聞かせください。

山木 レンズの新商品も予定しています。注目いただいているミラーレス用にも、「CP+」でサンプル品をすでに展示し、参入は表明しており、どのようなスペックでいつごろ投入するか、現在準備しているところです。ミラーレスはひとつのジャンルとして確立し、特にアジア圏ではすでにプレゼンスがあり、レンズもラインナップとして揃えていきたいと考えていますので、ご期待ください。

最近、感じるのは、カメラという機器にこだわる昔ながらのカメラファンとはまた異なり、純粋に、料理が好き、ペットが好き、こどもの写真を撮りたいなど、写真から入ってくるユーザーの方が、これまであったバリアを乗り越えて、自分からどんどん楽しみ方を発見していることです。「写真はこうあらねばならない」という先入観がない分、写真をすごく楽しんでいるように思います。

若い人、女性、ご年配の方でもいままであまり写真やカメラをあまりやっていなくて、デジタルで目覚めたという方もたくさんいらっしゃいます。そういう方が自由に写真を楽しんでいる姿を見ると、メーカーとして、これまでアピールできていなかった、うまく主張できなかったことがまだまだあったのだなと気付かされます。と同時に、まだまだ大きな可能性があることを実感します。

── 写真は自分で作るもの。受け身はでない、非常にポジティブなところがいいですね。

山木 写真コミュニティ等もいっぱいありますね。写真というビジネスには凄く大きな可能性がありますし、これからまだまだ大きく発展していくと確信しています。

◆PROFILE◆

山木和人氏 Kazuto Yamaki
1968年3月22日生まれ、東京都出身。1993年 上智大学大学院経済学専攻博士課程前期卒業、同年シグマ入社。00年 取締役 経営企画室長、03年 取締役 副社長を経て、05年 取締役社長に就任。趣味は音楽鑑賞。好きな言葉は、「Back to purity, Back to simplicity」。

back