小野守男氏

商品開発、営業、サービスまでを徹底
お客様に選んでいただける力、「受選力」
(株)タムロン
代表取締役社長
小野守男氏
Morio Ono

デジタルカメラグランプリ2011SUMMERで新設された交換レンズ総合金賞を受賞したタムロン。定評の高倍率ズームレンズをはじめ、お客様目線を貫き、率先した商品開発は、市場からも常に注目される存在。その強さの秘密がどこにあるのか。そして、デジタル化で環境が大きく変化する中での市場創造への意気込みを、同社・小野社長に話を聞く。

 

交換レンズの原点はレンズに触れ、
画角の変化を見ていただくこと

一ユーザーとしての
強い思いを結実

── 創業60周年記念モデルとして開発された「18−270o F/3.5-6.3Di・VC PZD(Model B008)」が、デジタルカメラグランプリ2011SUMMERで交換レンズの総合金賞を受賞されました。

小野 この商品に込めた自らの思い、タムロンの思いが伝わり、とてもうれしく思います。このモデルの前に、「AF18-270o F/3.5-6.3 Di・VC(Model B003)」という商品を発売していました。しかし、大きくて重いのが、難点でした。18-250o(Model A18)という過去に発売したレンズがあって、どうにかして同じ大きさにできないか。そうすれば常用で持っていけるのにという強い思いから、B008はまず大きさ在りきで商品化をスタートしました。

B003は、オートフォーカスがDCモーターですから、やはり超音波モーターを採用したい。しかし、従来の超音波モーターだとどうしても大きくなってしまうため、それならばモーターも新しく考え直そうと新開発したのが「Piezo Drive」です。手ブレ補正機構も従来のままではどうしても小さくできないので、新しいムービングコイル方式を採用。光学設計は徹底して小型化を目的に、再設計しました。

一ユーザーとしての自分が使いたいレンズ、ユーザー目線のレンズを全社をあげて作り上げることができました。小さくて軽くなり、しかも、性能も上がっていますが、価格はそのままです。

── 市場でも大ヒットしていることが納得できますね。タムロンのレンズに対する哲学、思想についておきかせいただけますか。

小野 会社のポリシーとして、「競争力」という言葉を撤廃しました。競争力とは、商品が競争相手よりも軽い、安い、性能がいいなど、他社との比較になります。しかしお客様は、大きさは半分にしてもらいたいのかもしれないし、値段をもっと下げてほしいと思っているのかもしれない。また、大きく重くなっても構わないから、もっと性能を上げてほしいという要望があるかもしれない。そうしたお客様のニーズが、競争力という言葉の前に、忘れられてしまうのです。

ですから、競争力という言葉の中には事業はないという考えを社内に徹底しました。代わりに標榜したのがお客様に選んでもらえる力、「受選力」です。この考えを、商品開発から、営業、サービスまで、全てに徹底させています。お客様目線で、他社とは関係なくやっているからこそ、B008のような商品も出せるわけです。ここが当社の根幹になります。お客様が何を望んでいるのかです。そこを目指せば、自ずと売上げにもつながってきます。

小野守男氏
92年に発売されたタバコの箱のサイズの画期的な28-200oレンズの原型となった方眼紙を手に話をする小野社長

高倍率ズームの伝統は
身近な失敗例から始まった

── 高倍率のパイオニアとも呼ばれていますが、高倍率レンズに対するこだわりは特に強いですね。

小野 私が開発本部長をやっていた当時、仕事で子供の卒業式に出られないことがありました。当時はダブルズームの時代でしたから、妻に2本のレンズを預けて、きちんと1時間くらいレクチャーをして、写真の撮影を託しました。

ところが出来上がってきた写真を見ると、きちんと撮れていないわけですよ。ワイドで子供が豆粒のように撮れているので、「これは何?」と聞くと、「歩いて入場してくるからレンズ交換している時間などなかった」というわけです。「昨日、使い方を教えただろう」と言うと、「それなら、1本で撮れるレンズを作ってよ」と開き直られてしまいました(笑)。
そこで、妻からこんなことを言われたと経緯を話して、28-200oのレンズを1本でつくることを決めました。すると当時の社長が、「どうせつくるのならタバコの箱の大きさにしなさい」と方眼紙を輪にして、このサイズにしなさいと具体的に指示が出ました。いまでも原型となった方眼紙の輪は保存してあります。

その後、図面はできましたが、ものがつくれない。当時としては10倍厳しいミクロン単位の精度が要求されたからです。しかし、絵に描いた餅に終わらせることなく、技術革新を重ねることで、2年後の92年には量産化を実現しました。実は、業績的にも大変厳しかったときで、このレンズがまさに救世主となり、業績も画期的に回復することができました。

── 現在、事業における写真用レンズの構成比はどれくらいを占めていますか。

小野  カメラレンズがOEM含めて60%。あと、監視カメラ用レンズ、ビデオカメラ用レンズ、コンパクトデジタルカメラ用レンズ、車載カメラ用レンズ、ケータイカメラ用レンズなど、光学系を中心に、レンズと言われるものはほとんど手掛けています。

そのうち、カメラ用交換レンズの海外売上比率は8割程度で、だんだん高くなっています。欧州市場が堅調ですし、最近では、中国やタイ、インドが伸長しています。今後、ロシア、ブラジルが大きく成長するでしょう。タムロンではロシアとインドに駐在員事務所を構えており、将来的には現地法人化も見据えています。売上げも一気に上がり、将来的には日本と同じくらいの規模になると見込んでいます。

成長株ミラーレス一眼は
交換レンズが進化を加速する

── 国内市場のトピックスとしては、ミラーレスを含めた一眼エントリー層が拡大してきています。ただ、レンズ交換が可能なカメラを手にしながら、実際にレンズを交換している人は少ないと見られていますが、この点についてはどのように見られていますか。

小野 これからは確実にそちらへシフトしていくと思います。それが、本格派の一眼のユーザー層を奪っていくものなのか、コンパクトのユーザー層を奪っていくのかはわかりません。ただ、現時点においては、一眼は引き続き堅調で、コンパクトからのステップアップが断然多くなっています。今後、参入ブランドも拡大してくることは確実ですし、本格一眼への影響も避けられないと思います。

── コンパクト市場については今後、スマートフォンとも競合してくることが予想されます。写真を撮るためにカメラを持つことの価値をユーザーに認めてもらうためには、ある程度、モノとしての存在意義のあるところへ持っていかなければなりません。コンパクトの付加価値を高めるチャレンジを各社行っていますが、ミラーレス一眼の存在意義はますます高まっていくのではないでしょうか。

小野 ミラーレスも、交換レンズでいいものが出れば、市場はもっと活気づくはずです。せっかく本体は小さくなったのに、レンズをつけると重たい、バランスが悪いという例も少なくないですからね。タムロンとしてももちろん、今後、ミラーレス一眼のレンズにも力を入れていきます。

業界が一丸となり
写真文化の創造へ

── 東日本大震災に伴う市況環境および御社への影響についてはいかがですか。

小野 対応策も奏功して、影響を最小限にとどめることができました。青森に工場が3つあることか?ら、当初は、売上げが相当ダウンするのではないかと覚悟しましたが、震災直後に物流と部品調達のプロジェクトチームを立ち上げ、物流対策では、青森空港からの空路、さらに、東北道が使えないことから、日本海周りの陸路を確保しました。一時的な落ち込みは避けられませんでしたが、東北道の回復に伴い、3月末にはプラスに転じることができました。また、レンズそのものの需要も伸長しています。カメラメーカーからのカメラの供給が不足したことから、その売上げをレンズの販売増でカバーしようという動きが店頭で見られたためです。

一方の部品調達では、半導体やガラスなど、計画停電で生産が落ちるところへ担当者を常駐させました。取り合いになるのはわかっていましたし、自動車メーカーや家電メーカーなど、大手に対抗するのに電話では話になりませんからね。とにかく直談判で、もらえるまで帰ってくるなというわけです。また、半導体に関しては、どちらかというと関西や九州方面からの購入が元々多かったことも、被害が少なかった理由のひとつと言えます。

── それでは最後に、流通へのメッセージをお願いします。

小野 交換レンズは置いておくのではなく、是非、お客様に説明していただきたいと思います。レンズを見ただけで購入まで至るケースはなかなか少ないと思います。実際にレンズをさわって、カメラに着けて、画角の変化を見ていただくことが原点です。お客様もびっくりすると思います。見て納得するからこそヒット率も高くなる。ごくごく当たり前のことのようですが、これが今、意外とやれていないのです。

その昔は、売り場の天井から飛行機の模型をぶら下げていただき、それで画角変化の凄さを確認していただいたこともありましたし、その場でプリントアウトしてお見せするお店もありました。やはり、価値を理解していただくためには、きちんとした仕掛けが必要になります。

── きちんと説明できれば、必要なものもどんどん出てくる。次の商売へとつなげていくこともできますね。

小野 今回の東日本大震災では、1枚の写真やアルバムの大切さを痛感させられるひとつの機会にもなりました。そういう意味からも、レンズも写真を残すためのひとつのツールとして、もっともっと伸びる商品だと確信しています。

写真業界は、カメラや写真を取り巻くさまざまなアクセサリー群があり、ユーザーをいろいろなメーカーがシェアしながら、写真文化を育ててきました。カメラを買ってそれでおしまいというのでは淋しいですからね。デジタル化した今の流れの中で、改めて、この点についても、業界全体で真剣に考え、対応していくことが必要だと思います。

◆PROFILE◆

小野守男氏 Morio Ono
1948年2月20日生まれ、東京都出身。74年3月タムロン入社、78年3月取締役就任。87年3月常務取締役、99年3月専務取締役、01年1月代表取締役副社長を経て、02年3月代表取締役社長に就任、現在に至る。趣味は旅行、古銭収集、バレーボール、テニス。

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