杉山知之氏

3Dの普及は思った以上に速いはず
日本メーカーの腕のみせどころです
デジタルハリウッド大学
学長
杉山知之氏
Tomoyuki Sugiyama

建築音響学を長く専攻してオーディオにも深い造詣をもち、「季刊オーディオアクセサリー」誌を始めとする音元出版のさまざまな媒体でも活躍して来られた杉山知之氏。デジタルコンテンツ制作のクリエイターを養成し、広く名をとどろかせる「デジタルハリウッド」の学長として、映像やコンテンツなど様々な発信をする杉山氏に、AVとオーディオのホットな話題を語っていただいた。

 

パソコンという存在はもう古い
だから「ネットオーディオ」です

映像表現の可能性を拡げる3D
ノウハウ模索し確立させていく

── 杉山先生にはまず、昨今大きな話題となっている3Dについてお伺いしたいと思います。その可能性や魅力をどうお考えですか。

杉山 3Dについては、まず制作側がノウハウを確立させる途上にあると言えます。実写もCGも、これまで独自に3Dコンテンツ制作に取り組んできた人たちの技術を共有し、どう応用していくかという段階です。作り方がうまくないと見ている人間がめまいをおこしたり、気持ち悪くなったりしますから、その点の追求も必要ですね。

3D映像というのは、もともと、それが立体に見えてない人もいるわけです。そういう部分を踏まえた上で訴求する方が、誤解なく普及するのではないかと思います。

とはいえ、3Dはこれからのエンタテイメントの1つの方向性です。今、家庭用ゲーム機のCPUが恐ろしく高性能になっていて、ゲーム関係者は立体でやりたいわけです。有名な作品を含め、ゲームコンテンツはどんどん立体映像化されています。また映像がそうなってくると、さらに立体音響的な音の録り方やミキシングの仕方が必要になります。

── 制作側もいろいろな苦労がありそうですね。

杉山 つくる側はコストも含めて大変ではあります。しかしゲームではCGで相当に追求してきた画づくりの部分にそれほど凝らなくても、別の次元での3Dの楽しみ方を提供できるわけですから、一概に大変なことばかりとも言えないのです。立体ならではの新しい見え方、遊び方を追求できますね。

3Dの普及については、思った以上に速いと思いますよ。それは日本のメーカーにとって、ここが腕のみせどころ、海外メーカーとテレビを差別化させるチャンスだからです。日本のメーカーはやはりすごいと思いますね。3D時代になれば、60インチクラスのテレビが主体となってくるのではと思います。映画もそうですが、ゲームのディスプレイとしても、大きい方が表現が広がりますからね。

── オーディオの方のテーマとしては、パソコン(以下PC)とオーディオとの融合というものがあります。「オーディオアクセサリー」誌では杉山先生に、「ネットオーディオ」と表現していただきました。あらためてこれについてご紹介いただけますか。

杉山 1982年にCDが出てからコンテンツのデジタル化が始まりましたが、それ以来僕らは16bit/44.1kHzという世界を、アナログチックな機械を使ってよりよく再生しようと延々と努力してきました。しかしこの28年間でPCはどうなったかというと、少なく見積もっても10万倍の能力をもつようになっています。今や普通のノートパソコンでも、16bit/44.1kHz の再生程度では負荷はかからない、それどころか昔だったら1億円レベルの調整卓で行ったようなプロレベルの信号処理もやすやすとできるほどになっています。こうなると、オーディオの次のスタンダードとして24bit/192kHzが見えて来ます。

PCを使うことで面白いのは、デジタルの信号処理を使って音をいじれることです。CDが出てから10年間くらいはまだデジタル録音やマスタリング技術が確立されず、せっかく音楽はいいものなのにいい音になってないというようなソフトがたくさんありますね。そういう音源に対して今のPCを使えば、データの補完技術を使ってデジタル信号をアップスライドさせ、かなり高いクオリティに仕上げることができるのです。

マッキントッシュ用のアプリケーションで「Amarra(アマーラ)」というミュージックプレーヤーがありますね。パラメトリックイコライザーが3つ入っていて、帯域が狭いような昔の音源であってもちょこちょこといじればそれなりの音にしてくれるのです。いい音源を自分で、しかも手軽につくることができる。現在の最高技術を駆使して録音した音源をハイサンプリング、ハイビットの配信で入手し、再生するのも素晴らしいですが、今自分が持っているCD音源を自分好みの音に調整して聴けるというのが楽しいのですね。

── PC、ネットワークが音楽に果たす役割は大きいですね。

杉山 大容量ハードディスクの存在も重要です。今や一般家庭にも10TBくらいのハードディスクが存在することはめずらしくありませんが、それくらいあれば自分の音楽ライブラリーを全てデジタル化しストックすることもできます。また今後はコンテンツを手元に溜めておくことはだんだんなくなるかもしれませんね。有名な某社が巨大なクラウドサービス用のデータセンターを建設中だそうですが、ここと配信システムが結びつけばライブラリーなど手元になくても好きなときに引き出せばいいわけです。

また音源をいじるということでは、部屋によって出てくる定在波の問題もそれで解決できます。パラメトリックイコライザーで余計な音をピンポイントで抑えて、自分の部屋に合わせたセッティングができてしまうのです。どんな環境であっても、よりよく音楽に対峙できます。こういう啓蒙をまたするべきときが来たかと思いますね。

── コンテンツの高音質配信について、可能性をどうお考えですか。

杉山 24bit/48kHzでコンテンツを配信しようという企業がもっと出てくると思いますよ。普通にマーケティングすれば、一般試聴者にとってはMP3音源で十分であり、高音質のデータなど容量もあり受けるのも面倒だということになるのでしょう。しかし1995年からインターネットが商用化し発展してきた中で、大きく変化してきたことがあります。

音楽のつくり手、特にマスを相手にしていない人は、いいものをつくったらまわりの人々が口コミで評判を広げ、受け手は自ら届けることができる手段を持ちました。コンテンツの送り手側と受け手側の間にいた、広告を打ち販売ルートを確保してきたレコード会社のような存在はいらなくなってきています。

そういう人が高音質配信に着手してくれるのだと思います。何も大げさなシステムを使わなくとも、今は高音質録音、高音質配信ができるのですから。

杉山知之氏── 先生が「ネットオーディオ」と言う言葉で表現されたのもそこですね。

杉山 音楽をつくっている人と我々との間を介在してくれるもの、それはパッケージソフトよりも、これからはネットが主流になるのではないかと思っています。そういう意味でも、オーディオシステムにPCやネットの要素を取り入れていく必要があるのではないでしょうか。またそれを聴くときにも、ネットの技術が必要になってきます。

そうすると、ここしばらくはそういうものを総称して「ネットオーディオ」と呼ぶのがいいと思うんですね。「PCオーディオ」では、いずれPC自体こういうことに必要なくなってしまうと思われるので相応しくない。PCは音楽や映像などコンテンツをつくる人だけが必要として、一般の人には必要なくなるのではないかと思われます。もう存在が古いのです。

── ネットオーディオは従来のオーディオファンが拒絶する場合も多いです。

杉山 説得するには、とにかく音を聴いてびっくりしてもらうことですね。嫌がる人というのは皆、間違いなくネットオーディオは音が悪いと思っているわけですから。だからといってロスレスのデータをひっぱってきて再生するみたいなことをしても、意味がないと思います。従来のオーディオと同等のレベルだからです。しかし、アマーラのようなものを使うと、それ以上の体験ができます。そこを知ってもらうことですね。

── 販売店でも温度差があって、PCやネットオーディオが嫌い、苦手という販売員の方はいます。

杉山 販売店の人が売りたくなければ絶対に売れませんね、何であっても。エバンジェリストみたいな人をつくっていくことです。その販売員さんに心酔して踏み込んでいく、オーディオは昔からそういうものじゃないですか。

雑誌でもどんどん特集をしてほしいですね。そういう時代が来たな、すごいな、という誌面展開でCD以来の大きな波が来た、というような。これまでオーディオはCDが出たということを大きく捉えて、その音をもっとよくしようという方向でずっとやってきました。しかしそれを凌駕するものがついに来たということです。

オーディオ機器の
これからの可能性

── これまでオーディオファンはどちらかというと、いかに原音に近づけるか、雑誌で評論家が表現した音に近づけるかといった方向で模索してきて、自分主体の音づくりというやり方はあまりして来なかったのではないかと思います。その頭の切り替えが必要かもしれません。

杉山 それはメディアの表現の仕方ではないでしょうか。アマーラのようなものはこれからどんどん出てくると思いますが、とにかく介在することで音がよくなることを知ってもらうのです。私自身もよく聴く音楽は全てPCに入れていますし、ほとんどCDプレーヤーを使わなくなってしまいました。CDを探す時間も短縮されますし、画面上で聴きたいものを選べるのは便利ですよ。

もうひとつ言えば、音楽を聴くだけの専用PCを用意した方がいいと思います。PCの特性は何にでも使えるということですが、それが逆にオーディオの世界に埋没する時の妨げになったりもします。わかっている人であれば、秋葉原で買ってきて、最適なシステムを組めます。コンポーネントと同じですね。

── USBを備えたプレーヤーやアンプ、あるいはUSB DACという存在もありますが、そういったものの重要性はどうでしょう。

杉山 これまでのハイエンドのシステムにUSBが付いたものはありませんでしたから、そことPCとをつなぐために、DDコンバーターやUSB DACというものは必要でしょう。さらに今後は、外部サーバーからコンテンツをひっぱってくるようなことにもなるでしょう。コントローラーはスマートフォンでこと足りますし、信号を受けるPCは、棚かどこかにしまわれていればいいわけです。そういう専用機器ができてくるかもしれませんね。フタを開ければ完全にPCなのですが、オーディオ機器と一緒に並べても違和感のないもの。コントローラーも専用でもいいのですが、それはスマートフォンである方がバージョンアップに対応でき、大変なメリットがあります。

さらにiPadみたいなものを使えば、コントローラーとして機能しつつライナーノーツをそこで読むこともできますね。これならオーディオファンにも満足感があるのではないでしょうか。コンテンツをライブラリーから引き出して再生させ、ライナーノーツを呼び出し、イコライザーを出して音を調整するなんていうこともできます。機能はもう揃っています。あとは誰がソフトウェアとしてまとめるかということだけなのです。

── 話題はまだまだ尽きないですね。

杉山 まず体感してもらうこと。CDからの30年、オーディオは次のウェイブに入った、それはCDが高音質化することではなかった、ということです。新しい話題をどんどん楽しんでいきたいですね。

◆PROFILE◆

杉山知之氏 Tomoyuki Sugiyama
1954年東京都生まれ。87年より、MITメディア・ラボ客員研究員として3年間活動。94年10月 デジタルハリウッド設立。04年日本初の株式会社「デジタルハリウッド大学院」を開学。翌年、「デジタルハリウッド大学」を開学し、現在、同大学・大学院・スクールの学長を務めている。

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